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落ちる世界  作者: 掃本将大
声を聴いた
11/13



 何処かの黄色い曹長とカレー風呂に入っていた。鼻歌をしながら肩までどっぷりと。カレーの素晴らしい香りに酔いながら、我が友とクーックックと笑いあう。何処からか登場したノーズクリップ。2人でつけると、これもまた何処からともなく流れてくるミュージック。そのまま一緒にシンクロナイズドスイミング。さあ盛り上がってきました!緑の蛙や黒いオタマジャクシが点数札を持って僕たちの演技に見蕩れている。ここで大技のジャンプ!そこで大きな音が邪魔をした。グゥー!!!


 自分のお腹の音で妄想がハジけた。いや、夢かもしれない。どちらにしろなんとも馬鹿げていた。あれだけ酔った香りもなにもかも僕の周りにない。僕に残るは空腹感だけ。首が凝っていたので回す。数回回す途中に見えた空をそのまま見上げた。黒かった。月と、星の数ほどあろう星が見えた…よし帰ろう。


 顔を戻すと和泉さんがいた。いたのだ。そして、僕を見ていた。僕はまたすっかり和泉さんを忘れていた。忘れてカレー風呂なんかに入っていたのだ!恥ずかしい!いやん!気持ちわるいか。気持ちわるいな。


 和泉さんはもう泣いていなかった。ただ泣いていたことの分かる顔をしていた。今もまた悲しくなってきたのか顔を歪めてしまった。そんな顔でもキレイなんだからホントお得だなあ。忘れていたのにそんなことを思った。

 落ち着くためか、和泉さんは深く呼吸し始めた。僕の耳にも呼吸の音が聞こえた。それほど深く大きな呼吸だった。効果がでたらしい、整った顔が整った。

 

 「ねえ」和泉さんが言った。

 「どうしたの」僕は返す。

 「帰ろうか」

 「大賛成だ」

 僕らは歩きだした。


 和泉さんの歩幅は小さくて、愛らしく思えた。また僕よりゆっくり歩くので僕は和泉さんのそれに合わせて歩いた。それだけ少し、ほんの少しだが僕の世界が変わって見えた。不思議でステキだ。あれだけ帰りたかったのに、もう少しだけ歩いていたくなった。


 先ほど少年達と歩いたトンネルを和泉さんと歩いた。僕が此処で和泉さんのチアを想像していたのを思い出した。申し訳なく思ったが心で思ったことを謝るのは何か違う。僕だけ気まずくなって和泉さんが見えないように顔を動かした。川の流れる音が聞こえる。僕のさっきの妄想も一緒に流してくれないだろうか。

 ちなみに僕らが歩きだしてから此処まで僕らは口を開いていない。話題が無いわけではなかった。寧ろたくさんと言っていいくらいあった。だが、僕は切り出す勇気も気力もなかったし、その話題にそれほど興味を感じなかった。気まずい空気ではなかったのでそのままにした。和泉さんはわからないが口を閉ざしていた。


 トンネルを抜けいくらか歩いた。僕と和泉さんと狐とが出会った場所が見えた。さりげなく付いてきていたが、よかった。無事戻れたようだ。近くに停めた僕の自転車もそのままあった。


 そういえば、ふと思い出した。

 「狐は、帰ったのかな」声に出ていたらしい。

 「帰ったよ、キミが呆けている間にね」

 「そうか」

 「うん」

 

 自転車に近づいて鍵を開けた。ガチャン!音は思った以上に響き、自転車を守っていたのは私だったんだぞ、と主張した。感謝するのは可笑しいので僕は黙ってハンドルを握ってサドルに跨がった。背中のリュックサックが不快だ。和泉さんは何か言いたげだった。でも言わなかった。


 「さようなら、また月曜日」

 「じゃあね、また月曜日」

 短く交わした。

 

 和泉さんは僕の帰り道と反対の方へ帰っていった。帰る後ろ姿もキレイだった。僕はしばらくそれを眺めていた。

 我に返った。帰宅せねば!ペダルを踏み込みいざ家へ!しかし大変なコトを思い出した。パンクしてやがった。無理やり乗ることもできたが、とても疲れること間違いない。仕方ない、歩いて帰ろうか。僕の口から幸せが逃げていった。

 


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