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落ちる世界  作者: 掃本将大
声を聴いた
10/13



 狐の泣くのを聴いて、僕は子狐が死んでいるということに確信を持った。狐の声はそれはそれはよく響いた。

 少年達はさすがに時間がまずいのか、「兄ちゃんじゃあね!」「じゃあね!」と帰っていった。やや、いや、だいぶ急ぎ足だったから、結構無理してのこってくれていたのだと思った。時間を気にしていない、なんて嘘までついて付き合ってくれた少年達に「ありがとう」と感謝し、手を振った。少年達も振り返してくれた。僕は嬉しくなってムダに大きく手をふった。少年達もまた大きく振るので、なんだか可笑しくなった。少年達の手はそれなりに小さく見えた。少年達が見えなくなってから僕はリュックサックを地面に下ろした。肩の荷が降りた、物理的にも。

 狐はまだ落ち込んでいるようだった。だが、僕には慰めることも、一緒に泣くこともできなかった。なにせ僕には狐の心が理解できない。いや、きっと悲しいのだということはわかるから、同情できない、といった方が正しいのかもしれない。今の僕には狐を眺めることくらいしかできなかった。

 よし、帰ろう。そう思った時だった。


 「おーい!おーい!」

 和泉さんが来た。いけない、彼女のことをすっかり忘れていた。

 「すみません、忘れてました」

 「いや、連絡できなかった私が悪いよ。こちらこそ、ごめん」

 「いえいえ、とんでもないです…子狐の方は、死んじゃってました…」

 「…うん。私、通行人に昨日子狐が轢かれた、って話し聞いたから…焦って、L○NE見るのを忘れて…どこに消えたのか探してたの」

 「それで連絡が取れなかったんですね…ところで和泉さん、始め子狐がどこかに保護されてるとか思ってましたよね?」

 「ん?ああ、そうだね。狐って犬科で鼻がいいから、自分の子供の居場所くらい分かるはずだと思って。だからどこか遠い所へ行ったか、連れていかれたのかと思ってね。それじゃ狐だけじゃどうしようも無いから人に手伝ってもらおうと」

 「でも結局子狐は近くに居ましたね。狐の鼻が悪かったんじゃないですか?」

 「鼻のいいものだとすっかり思っていたからね。その考えは無かったよ。まあ、あなたが見つけてくれたのだから、手伝ってもらって正解だったよ。…ところで狐はどうだい?」

 「どうだい?って言われても、ずっと落ち込んでるよ、としか……」

 

 僕の言葉のとおり狐はその場を動こうとせず、ずっと落ち込んでいた。それは深淵でも覗くような、覗くよう強制されているような感じだった。よく思えばこの狐は感情が豊かだと思った。僕がなんとなくでさえ何を思っているのかわかるのだから。そうなると、狐が珍しいものに思えて観察した。


 和泉さんも狐を見た。そして、泣いた。声をあげて。


 堰を切ったように泣き始めたものだから僕は困惑した。困惑なんて言葉じゃ僕の困惑ぶりは伝わらないのでは?と思う程の困惑だった。考えてみて欲しい。綺麗な女の子の友人が隣りで泣き始めたのだ。どうしよう?慰めるべきか、抱くべきか、正常な思考ができていない。誰か僕に正解をください、切実に願った。きっと答えをくれる人は女の子の扱いに長けている人だろうが今この場にいない。結局、声をかけるのは憚られたのでそっとした。多分それが正しいのだと思った。そう信じた。

 僕はこのまま帰るのが薄情に思えて其処に留まった。

 そして、失礼だが僕は和泉さんの泣く声を美しく感じた。泣き声を美しいと表現したのは僕にソウイウ性癖がある訳ではない。だって声が、きっと万人が万人打たれてしまうぐらいの、儚く芯の通った、感情の溢れる声だったのだ。声そのものもキレイなのだが、心からの同情というか、全てを理解しているかのように悲痛な…ここまで考えて少し怖くもなった。

 和泉さんの泣く姿は、あまりジロジロ見るものでは無いと自制した。見ていない訳では無いが、描写するのは失礼だろうから省く。上で泣き声を描写しているのはどうなんだ、って?仕方ないじゃないか!描写した後に気づいたのだから!

 

 和泉さんが此処に来たのはきっと狐の声が、悲しい声が、聞こえたからなのだろう。和泉さんが泣いたのは、きっと悲しい声が聴こえ、理解できるからだろう。僕はもうエネルギーが切れかけで、頭が一層回らなかった。だからか、これくらいの事しか考えられぬ。これだけ思考できたのも奇跡に近い。というか、ずっと思考が滅茶苦茶だったなあ。


 まあるい月を見、声を聴きながら僕は何故だろうか、カレーを想った。


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