プロローグ 1
プロローグ
1
和泉涼はリア充だ。
彼女の髪はまさに、現代の女子高生です、と主張するような明るい茶色で、肩で切りそろえられたセミロング。
少し切れ長で、気の強そうに見える目だが、キュッと下を向く楚々とした鼻、ふっくらとした唇が印象を和らげ、シャープな輪郭と相まって、凛々しい顔立ちの美人さんだ。
身長は160cm半ば。胸は慎ましいが、無いという程ではなく、スタイルも、まあ申し分ない。
誰もが振り向くその美しい造形に加え、運動神経抜群、学業も上の中辺りと、高スペックな人間であった。また、会話術にも優れていた。
恋愛歴はないらしく、部活には所属していない。
しかし、友人は多く、同学年なら、ほとんど友人と言っても過言ではなかった。
友人の「少ない」僕にとっても、彼女は友人であった。
まあ、彼女にとって僕は、数多くいる友人の一人に過ぎなく、多分、卒業してしまえば、彼女は僕の顔も、名前も、さっぱりと忘れてしまうのだ。
そして、僕もきっとそうだ。
別に、僕は彼女の人生に深く関わる気は無かった。
ただ、級友としてのみ、接するつもりだった。それを薄情などと思う輩はいないであろう。
そんな彼女は、前から二つ目、窓際から三つ目の席で今日も楽しそうに友人と談笑していた。
ちなみに、僕の席は一番窓際の一番後ろ。くじで見事引き当てた。思わずガッツポーズをとったよ。
風が涼しいこの席は、とても快適であった。ただそれは、今が春と夏の境であった上、この地域には梅雨が存在しないから言えるのだった。
冬のこの席はハズレだ。雪がたくさん降るのはよいのだ。問題はそこでは無かった。ストーブ、それが問題だった。温度調節がままならず、その周りはとても暑いのだ。冬だというのに!
その上、型が古いためか五月蠅い。授業中であっても、ガタッ、ゴトッと音をたて、とても集中しづらいのだ。やっかましい。とてもやかましい。
この時期にここを引き当てるのがどれほど幸運か、わかってもらえたろうか?
話しが変わるが、今日は掃除当番だった。黒板を担当した。が、服に粉がついてしまった。仕方がない事なのはわかっているのだが、気が沈んだ。
しかも、じゃんけんに負け、5階の教室から1階のゴミ捨て場へとゴミを運ぶこととなった。ゴミを捨てた後は、ゴミ箱を戻すため階段を上らねばならなかった、1階から5階まで。
そんな感じで疲れ、また5階から1階まで下るのが億劫だった。
それで1階の図書室でなく、自分の席で読書していた。
ただ、集中が切れてしまい、少し目を休ませていた。すると、意識してか、しなくてか、彼女達の会話が耳に入ってきた。
「えっ、今日も呼び出されたの!?誰!?誰!!?」
「いや……まだ中見てなくて……」
「えっ!中見たい!!見せて!!」
「私は構わないけど、相手方に失礼じゃない?」
「いいじゃん!毎度の事だし!!」
前述していなかったが、彼女はモテる。
異性にも同性にも。
つまりこの会話は、彼女が恋文を貰い、友人と相談しているのだとわかった。
「あっ、結石君じゃん!背ぇ高くてカッコいいし、いいんじゃない!?」
「えっと……」
「あ、、やっぱり誰とも付き合う気ないのね……」
「いやっ!ただ、学業がどうしても、ね?」
「いいじゃん!涼、優秀なんだし」
「入りたい学校が学校だから、もっと頑張らないといけないんだよ…」
「うーん…そんなもんなの?」
「うん!私にとって今は、恋愛より学業なのだよ!!」
「大変だね……ってか、涼も律儀だよねぇ。ちゃんと会ってから断るなんて」
「いや、まあ、一応好いてくれてる?訳だし?礼儀として?」
「そういえば、L○NEで告ってきた人でもキチッと会ってから断ってるよね」
「ああ…L○NEで告る人は、そういう大事な事は面と向かって言いなさい!って思うけど、会ってみないとわからないことも多いし」
「ああ…まあ、確かにね…あっ! もうすぐ5時じゃん!呼び出しの時間!!」
「あっ!ホントだ!行かないと!」
「待ってた方がいい?」
「いや、先帰ってていいよ」
「おっけい!わかった。後でいろいろ聞かせてね!」
「いやいや、なんも無いって…んじゃ、私は行ってくるわ。また月曜日ね!」
「うんっ、また月曜日!」
二人が教室から出ていった。
教室は僕一人になった。
彼女達の会話を最後まで聞いてしまった。その事になんだか罪悪感を感じた。
まあ、聞いてしまったものは仕方ない、そう割り切った。
別に大した事でなかったようだし…
ただ、反省はしていた。
時計を見た。
午後5時、3分前。
まだ太陽は傾かないようで、校庭から生徒の声が聞こえた。野球部の野太い声だ。元気でよろしいと思いつつ、手元の本が修羅場だったのを思い出し、本に意識を落とした。