第四十八話 インド洋大海戦前編
―――戦艦大和―――
「空母と空母の護衛艦は後方に退避するようにと発光信号を送れ」
山本五十六が宇垣参謀長に伝えた。
「長官?」
宇垣は目を疑った。空母部隊を下げてどうするつもりなのか。
「………全艦に発光信号。椎名少佐救出部隊との合流後に連合艦隊はこれより敵連合軍艦隊と艦隊決戦を挑む」
宇垣は目を輝かせながら信号兵に山本の言葉を伝え、各艦に伝わった。
―――空母瑞鶴―――
「山本長官……。遂にやりますか……」
艦橋で報告に山口も興奮しだす。
元々、山口は水雷及び砲術士官出身であり航空主義者に変わる前は一度は艦隊決戦を望んだ男である。(本来は潜水艦専門)
「艦隊決戦か……。何人の奴らが死ぬのか……」
防空指揮所にいた瑞鶴が呟く。
先程の嫌な予感は見事に的中してしまった。将斗が不時着水した事だ。
「……私はこれくらいしか出来ん……」
瑞鶴は、静かに去り行く艦艇にそっと敬礼する。
『武運ヲ祈ル』
山口が発光信号で大和に送る。
空母部隊は護衛の駆逐艦を伴い、後方に退避した。
―――連合軍艦隊―――
連合軍艦隊は攻撃を受ける前は堂々した輪形陣で航行していたが、基地航空隊の第一航空艦隊と連合艦隊の航空隊の攻撃により至るところで煙が上がっていた。
―――総旗艦キング・ジョージ五世防空指揮所―――
「総司令、しっかりしろ」
友永大尉の自爆特攻を艦橋にモロに喰らったキング・ジョージ五世の安否を確認するためにビスマルクが防空指揮所に現れた。
そこは無惨な光景であった。
キング・ジョージ五世は腹、肩、腕等から血が出ており、そこから動こうともしなかった。
「キング、大丈夫か?」
ビスマルクがキング・ジョージ五世を抱き抱えるとキング・ジョージ五世は泣いていた。
「…ひっく、ひく。…あのジャップ恐いよぉ……」
あれだけ、豪胆な態度だったキング・ジョージ五世も今では見るも無惨な泣き顔を曝していた。
「……死にたくないよぉ…」
「キング、大丈夫だ。魚雷を三発喰らったが沈む気配は全くないぞ」
「……ひっく…ひっく。…本当?」
潤んだ瞳がビスマルクを見る。(翡翠なら一発で抱き着く)
ビスマルクはその瞳に少し怯んだが、ビスマルクも安心させるために微笑む。
「あぁ、大丈夫だ」
だが、それはキング・ジョージ五世だけだ。中に乗っていた人間は堪らなかった。
まず、友永大尉機が艦橋に自爆特攻し、総司令長官のトーベイ大将が戦死。同じく参謀達も戦死していた。
これにより、米、独の両司令長官の会議の結果、米艦隊司令長官のアーネスト・ジョン・キング大将が総司令長官になった。独司令長官のレーダー大将はあまり海戦に慣れていないからだ。独はもっぱらUボートで攻撃しているだけである。旗艦もキング・ジョージ五世から米戦艦ワシントンに代わった。
―――総旗艦ワシントン―――
「何ッ!!敵戦艦部隊がこちらに向かって来るだとッ?」
「はい、偵察に行った水偵からの報告です」
まだ若い水兵がキング大将に報告する。
「奴らめ……、艦隊決戦を挑む気だな」
「総司令長官、どうしますか?」
参謀がキングに尋ねた。
「……いいだろう、やってやろうじゃないか。艦隊決戦だッ!!」
キングの命令を各戦艦に伝えるべく艦橋内が慌ただしくなる。
「……我々はもはや後戻りは出来んッ!!」
キングの脳裏に合衆国市民に盛大に見送られていくのを思い出す。キングはルーズベルトに『勝つまで帰って来るな』と言われ、ほぼ解雇に等しい状況になっている。
それは、独司令長官のレーダー大将もだ。出撃直前、ヒトラーに呼ばれ『負けて帰って来たら貴様は処刑だ』と言われ、もはや後には戻れないのだ。
「空母部隊の状況は?」
「全空母、飛行甲板使用不能ですが、八時間以内に修理が完了する艦は四隻だけです」
参謀が送られてきた報告書をキング司令長官に伝える。
「やむを得んな。空母部隊は少数だが駆逐艦二十を率いて一時後方に退避だ。残りの戦艦、巡洋艦、駆逐艦はジャップと艦隊決戦だ。レーダー射撃の威力を思い知らせてやるッ!!」
「イエッサーッ!!」
参謀が敬礼し、キングの命令は全艦に伝わる。
―――戦艦ビスマルク―――
「艦隊決戦か……。果たしてうまくいくのだろうか?」
キング・ジョージ五世の応急手当を終えたビスマルクは自艦の防空指揮所に戻っていた。
「ビスマルクお姉ちゃん……」
ビスマルクが振り返るとゲルマン系の顔立ちをし、ツインテールの髪型をした少女がいた。
「……オゲインか。どうした?」
オゲインと呼ばれた少女はギュッとビスマルクに抱き着く。
「…だってお姉ちゃん、最近私と遊んでくれない」
プリンツ・オゲインは頬をプクッと膨らます。ビスマルクは怒っているオゲインの頭を撫でる。
「フフッ、済まん。だが、この作戦が終わったらうんと遊んでやるからな」
ビスマルクの言葉に喜ぶオゲイン。
「うんと遊んでね♪」
喜ぶオゲインだが、途端に真剣の顔になった。
「お姉ちゃん、さっきの戦闘覚えてる?」
「ん?日本の戦闘機がパラシュートで脱出したドイツ飛行兵を銃撃した事か?」
こくりとオゲインが頷く。
「何で戦う事が出来ない兵を撃ったのかな?」
「……分からんな」
将斗機が被弾炎上した時、ビスマルクとプリンツ・オゲインの二隻はたまたま将斗機と距離が約五千でだったので一連の事は見ていたのだ。
「……もしかしたら、炎上した戦闘機は部下から信頼されていた隊長だったかもな」
「……お姉ちゃんの愛しの人かな?」
「ば、馬鹿な事を言うなッ!!誰が椎名将斗少佐の事などッ!!」
「あれ?誰も椎名少佐とは一言も言ってないけどなぁ」
ビスマルクの顔がボゥッと朱くなり、オゲインに反論するが嵌められ敢なく撃沈するビスマルク。
「……もう遊んでやらんからな」
「ワァーーッ!!ゴメンだよお姉ちゃんーーーッ!!」
ふて腐れたビスマルクに謝るオゲイン。
二人は何故、将斗の事を知っているのかというと、史実よりも早く昭和十六年の五月に伊八潜がドイツに出発していたのだ。伊八潜は九月に、ドイツに到着した。その時にビスマルク達と出会ったのだ。ちなみに伊八潜は将斗と知り合いである。(飲み友)
ビスマルクは写真で将斗に一目惚れしたのである。
「作者うるさいッ!!」
……すいません。それはさておき、連合軍艦隊は戦艦中心の輪形陣を組むと連合艦隊目指して航行を開始した。
空母部隊は後方に退避した。
―――戦艦大和―――
「宇垣」
空母部隊と分かれて二時間後、山本五十六が宇垣参謀長に声をかけた。
「何ですか長官?」
「敵連合軍艦隊との距離は?」
「大体、二百キロ程です」
連合軍艦隊に零式水偵が接触しており逐一、情報が送られている。
「……三笠に発光信号だ」
「何と送りますか?」
山本の口から驚きの言葉が放たれた。
その後、大和からの発光信号で戦艦三笠は日本の大本営にある電文を送った。
『連合艦隊ハコレヨリ敵連合軍艦隊ヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレモト波高シ』
三十八年前の日本海海戦に打たれた電文とは少し違うが、最後らへんの部分は一緒である。
この電文により、兵士の士気は上がった。
そこへ大和の艦橋に将斗達が入ってきた。
「おぉ、将斗君。具合はもう大丈夫かね?」
「はい、何とか」
左肩に包帯を巻いた将斗は山本長官に敬礼しながら答える。
「後もう少しで敵艦隊と衝突する」
「いよいよですね」
信一の問いに頷く山本。
「うむ、日本海海戦から既に三十八年。まさかもう一度艦隊決戦をするとは思わなかったよ」
皆、山本の言葉に苦笑する。
「なら、今度も勝ちましょう」
宇垣が意気込み。
そして二時間後、連合艦隊は距離五十キロで敵連合軍艦隊を視認。
その時、旗艦大和からZ旗が上がった。
『皇國ノ興廃此ノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』
連合艦隊の兵士の士気は最高潮に達した。
―――戦艦大和―――
「砲撃戦用意ッ!!」
艦橋内に大和艦長高柳義八大佐の怒号が響く。
「照準用ー意」
測距儀と方位盤照準装置が敵先頭艦を睨み、照尺(距離と角度)を測ってゆく。その情報は発令所の射撃盤に送られ、風速や気圧等の諸データを加えて修正された数値が各砲塔へと伝わってゆく。各砲塔はそれをもとに最適な射撃姿勢をとりはじめた。砲術長の黛治夫中佐が照準を敵一番艦に狙う。
「全艦いつでも撃てますッ!!」
伝令が山本に伝える。
「……先に大和、武蔵、信濃の四十六センチ砲の先制射撃だ」
山本の命令はすぐに全艦に伝わる。
「敵艦隊との距離左舷約四万五千ッ!!」
見張り員が報告する。
「まだだ」
防空指揮所で大和が唸る。さらに距離が詰まる。
「距離四万二千ッ!!」
「まだだ」
艦橋で将斗が呟く。さらに距離が詰まる。
「距離三万八千ッ!!」
「高柳艦長。撃ち方始めだッ!!」
「撃ち方始めッ!!」
「撃ぇぇーーーッ!!」
山本が高柳艦長に砲撃開始を命じ、高柳艦長はまた黛中佐に砲撃開始を命じた。
ズドオォォォーーーンッ!!
大和、武蔵、信濃からの四十六センチ砲弾二十六発が敵艦隊に放たれた。
さらに山本は重雷装艦の球磨、多摩、大井、北上、木曽に魚雷発射を命じた。
―――重雷装艦北上―――
「魚雷撃ぇぇーーーッ!!」
バシュンッ!!
バシュンッ!!
合計百二十発の酸素魚雷が敵連合軍艦隊に向かって放たれた。
「安らかに眠りなさい……」
軽巡北上の防空指揮所でポニーテールの髪型の北上が呟いた。
―――戦艦ワシントン―――
「敵艦隊発砲ッ!!」
見張り員の報告に防空指揮所にいたワシントンが笑う。
「ふん。あんな距離から当たるもんですか」
ヒュウゥゥーーーンッ!!
ズシュウゥゥーーーンッ!!
ズシュウゥゥーーーンッ!!
この時、ワシントン以下の戦艦は主砲塔を右舷側へと旋回中であった。
同航戦の体勢となった敵の単縦陣へと主砲塔を向けてたのだ。
そこへ、三隻から放たれた砲弾二十六発が時間差をつけて落下してきた。
それらは、一瞬で海面を沸騰させ、巨大な水柱を立ち上げた。しかも――
「初弾から夾叉ですってッ!!」
ワシントンは愕然とした。
大和、武蔵、信濃の放った砲弾は一斉射目から夾叉―――つまり、その落下範囲内にワシントンを捉えていのだ。
「敵先頭艦再び発砲ッ!!」
見張り員の悲鳴みたいな報告にワシントンは顔を青ざめた。
そして四十六センチ砲弾が再びワシントンを襲った。
ズガアァァーーーンッ!!
戦艦ワシントンに四十六センチ砲弾が命中した。
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