第二十六話 連合軍の攻撃
―――七月下旬ラングーン―――
『空襲警報発令ーッ!!繰り返す空襲警報発令ーッ!!』
『ウウゥゥゥゥッ!!』
航空基地にサイレンが響き渡る。
「発動機回せーッ!!」
トラックに乗った陸海軍の搭乗員が整備兵に向けて腕を回してる。エンジン起動機をトラックが零戦、隼、鍾馗に向かって疾走し、機体の正面に停車する。
ブルンッ!
整備兵が、プロペラスピナーの先端に起動機を差し込み、エンジンを回転させていく。次々とエンジンが始動していく。零戦隊隊長の東大尉はトラックの荷台から飛び降りると、すぐさま零戦の主翼に飛び乗り、操縦席に飛び込んだ。
「エンジンは快調です!」
始動を担当した整備兵が、操縦席の外から座席ベルトの装着を手伝ってくれた。素早く計器を点検した東大尉はすぐさまに零戦を滑走路に向けた。部下達の機も同時に動き出していた。
滑走路の端に達した東大尉機の左右後方に、二機の零戦がついた。東大尉の零戦は、停止することもなく、いきなり滑走しはじめた。二機の零戦が、主翼が触れ合わんばかりの距離で、東大尉機のあとを追う。三機の零戦は編隊を組んだまま、あっというまに離陸し、車輪の格納を開始した。
「見事だ……」
零戦の離陸を見て驚嘆の声を漏らしたのは、帝國陸軍航空隊第三飛行集団、飛行集団長菅原道大中将であった。
「海軍もやるではないか…」
菅原中将は横に立つ第三飛行団ら飛行団長の遠藤三郎少将に声をかけた。
「そのようですな…」
遠藤少将も滑走路から離陸していく零戦の勇姿を頼もしげに見送った。が、すぐに、その視線を誘導路に向ける。
「我が陸軍も負けてはおりませんぞ」
遠藤少将の言葉にうながされ、菅原中将も誘導路の方角を見た。そこには多数の隼、鍾馗が列をなして離陸を待っていた。
「全機海軍に負けるなッ!!」
陸軍制空隊隊長の藤村大尉が無線電話で部下に声をかけると離陸していった零戦のあとを追って隼を滑走路の端に進め、大空へと飛んで行った。
―――零戦隊隊長東大尉機―――
「一機たりともラングーンに近づけさすなッ!!」
東大尉は無線電話で部下に指示すると愛機の零戦ニニ型の速度を上げた。さて、零戦ニニ型の性能を紹介しよう。
―――零式艦上戦闘機ニニ型―――
最大速度五百八十五キロ。
航続距離三千二百キロ。
武装機首十二.七ミリ機銃×2 主翼二十ミリ機銃×2
海軍基地航空隊用の零戦である。装甲は零戦三二型より少し薄い。
さらに藤村大尉機の隼と鍾馗も紹介しよう。
―――隼二型―――
最大速度五百八十キロ。
武装機首十二.七ミリ機銃×2 主翼二十ミリ機銃×2
航続距離三千キロ。
史実より武装強化になっている。
―――局地戦闘機鍾馗二型―――
最大速度六百十キロ。
武装機首十二.七ミリ機銃×2 主翼二十五ミリ機銃×2
航続距離二千七百キロ。
隼と同じく史実より武装強化型である。
迎撃隊は零戦五十四機、隼同じく五十四機、鍾馗四十五機である。東大尉や藤村大尉達は高度四千を飛行し、辺りをくまなく捜索する。十五分後。
「十時の方向に敵機発見っ!!」
突如、一機の隼がバンクをしだす。東大尉達が見るとそこには二百機余りの敵機が飛行していた。
「東大尉っ!敵重爆は鍾馗隊がやる。戦闘機は俺達でやろうっ!!」
「了解ッ!」
サッと編隊が分かれた。敵戦闘機もこちらに気付いたのか燃料タンクを落としてこちらに向かってくる。
「奴ら、スピットファイヤーとメッサーシュミットじゃないか。航続距離は短いはずだぞ」
東大尉が思わず驚く。
東大尉が驚くのも無理もない。実は、ラングーン沖三百キロに英空母アーガスとイーグルに護衛空母七隻と護衛艦部隊がいた。ここから戦闘機を発進したのである。
「メッサーシュミットの奴、隼のパクりの奴だな」
藤村大尉が呟く。この時飛来したメッサーシュミットは風防が隼に似ていた。実は、これにはヴェルナー・メルダースが関与していた。史実ではメルダースは既に戦死していたが、この世界では違っていた。ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥が薬物乱用の果てに腹上死した。(ドイツ国民には飛行機事故と発表されていた)それがメルダースが戦死する一ヶ月前に起こり、そのあとを襲ったエルンスト・ウーデット上級大将の参謀長になった。
メルダースはメッサーシュミットの航続距離の足りなさに失望していた。その時、まだ同盟国だった日本から陸軍の一式戦隼が数機ドイツに贈られた。この贈られた隼の航続距離が三千キロだったことに目をつけたメルダースは、技術者達にメッサーシュミットの航続距離を二千キロあまりにしてほしいと頼み込んだ。技術者達は悪戦苦闘の末、航続距離二千四百キロのメッサーシュミットを完成させた。さらに風防の視界も悪かったので隼の風防をモデルにした。このメッサーシュミットのおかげで英国とのバトルオブブリテンの戦いを巻き返し、逆に押し返した。この功績によりメルダースは大佐になった。
話しを戻そう。
敵重爆はカルカッタから飛来してきた。重爆はランカスター四十五機にB−17同じく四十五機の九十機。戦闘機はメッサーシュミット五十四機、スピットファイヤーの空母版シーファイヤーも同じく五十四機の百八機が一路ラングーンを目指していが、東大尉達の制空隊と衝突した。鍾馗隊が重爆隊に向かおうとするとメッサーシュミットが邪魔してくる。そこへ藤村大尉以下の隼が突入してきた。
―――藤村大尉機―――
「もらったッ!!」
ダダダダダダダッ!!
機首から放った十二.七ミリ機銃弾がメッサーシュミットの風防に命中する。パイロットに命中したのかメッサーシュミットは火も噴かずに落ちていく。
「隼の真似をしやがって許さねぇッ!!」
藤村は旋回してまた新たなメッサーシュミットの後方につく。
「くらえッ!!」
ダダダダダダダッ!!
グワァーンッ!!
機銃弾が燃料タンクに当たり爆発四散する。
「よしッ!!次ッ!!」
藤村大尉はメッサーシュミットを撃墜するべく新たなメッサーシュミットを求めて戦場をさ迷う。
―――零戦隊隊長東大尉機―――
「藤村大尉もやるな。こっちも負けられんな」
東はそう呟く。その時、シーファイヤーが突っ込んで来る。最初の一撃は向首反抗となった。
東機は敵機の射撃を左へかわした直後に、別の敵機から追撃を受けた。が、これはもちろん計算済みの行動だ。零戦の旋回能力を活かし、追尾してくる敵機を得意の巴戦に引きずり込む。
一方逆に、東機の一撃を左旋回でかわした敵の戦闘機も、既に味方零戦の一機から追撃を受けていた。
東機は既に、追尾してきたシーファイヤーをわけもなく翻弄していた。旋回を繰り返していると必然的に速度と高度が下がるが、彼は敵機が三回目の旋回に入った直後に急上昇に転じた。
零戦の上昇力は実に素晴らしかった。
たっぷり高度を確保した東機は、捻り込みを加えた宙返りで降下に転じ、逆にその敵機の真後ろを取った。その瞬間に、敵機は東機を見失って、完全にうろたえている。まもなく敵機が、後方から迫り来る一機に気づいた。むろん、東機である。敵機は追撃を逃れようとして、しゃにむに左旋回をうつ。が、東は既にそのパイロットのクセを見抜いており、先手を取って機体を左へ滑らせていた。この操作で敵機の運命は決まった。白面のパイロットが思わず叫んだ。
「なぜだッ!シーファイヤーがジャップ機ごときに負けるはずがないッ!」
彼は以前ドイツのメッサーシュミットと戦った経験があり、シーファイヤーの旋回能力には絶対の自信を持っていた。が、既に手遅れだった。
後方約五十メートルにピタリと肉迫した東機が、容赦なく立て続けに機銃を撃ち込む。
ダダダダダダダッ!!
ドドドドドドドッ!!
次の瞬間、英軍の誇るシーファイヤーは裂かれるように尾部を分解させて、海へと落ちていった。
東大尉が辺りを見回すと戦闘機は数機しかいなかった。敵重爆もかなり数を減らしていた。おそらく鍾馗の二十五ミリ機銃の餌食になったのだろう。
「手があいた機は敵重爆を迎撃だッ!!」
東大尉はそう叫ぶと旋回して数を減らした敵重爆隊を目指した。
―――英空母部隊旗艦アーガス―――
「ソマーヴィル長官。戦闘機隊帰投してきます」
「うむ。ご苦労」
副官の報告にソマーヴィルが頷く。
「あれだけの戦闘機を出したんだラングーンのジャップ基地は壊滅したも同然だろう」
彼は用をたしにいった。が、彼が艦橋に戻ると艦橋内は騒然となっていた。
「長官。大変ですッ!戦闘機隊がほとんどジャップに落とされましたッ!!」
「な、何ッ!!それは本当かッ?!」
「間違いありません。残存機はシーファイヤー五機、メッサーシュミット十一機ですッ!!爆撃機も同様です。残存機B−17二十二機、ランカスター十六機だけですッ!!
「て、敵に与えた損害はないのかッ?!」
「敵航空基地を中破にしただけです。後、敵戦闘機を数機程落としたみたいです」
実際、落とされた機は零戦七機、隼八機、鍾馗六機を落とした。搭乗員の半数以上はパラシュート脱出している。
参謀がどうするべきかソマーヴィルに尋ねる。
「長官。どうしますか?」
「決まっている、全艦一斉回頭。セイロンに帰投だ」
数分後、英空母部隊の全艦は一斉回頭をした。回頭を終え、大洋を切り裂く空母アーガスの艦首からは、まるで嗚咽のような濤声が、低く響いていた。
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