クリサンセマム
女神さまと彼女と友達になりたい少年騎士
「…何故、あなたはそんなにも私に構うのです」
ぽつり、と呟かれた彼女の言葉に、彼はきょとん、とした。常ならば静謐を湛え、感情の色を見せないその瞳に、薄く憂いの色を見つけ、彼は少し困った顔をする。
「迷惑だった?」
「迷惑、などという話ではなく…」
彼女は言葉を探すように視線を巡らせる。彼は静かに彼女の次の言葉を待っている。
「…女神の立ち位置は、人間のものとは違います。領域を侵す害は排除し、価値あるものは奪い取る。その在り様は暴君と呼ぶに相応しいものでしょう。私は、それで、己の行動は正しいと思っている。人の価値観とは、外れたものであっても…」
彼女は目を伏せ、視線を彼から僅かに逸らした。
「あなたは、私を理解できないでしょう。する必要もない。私とあなたは、同じ敵に立ち向かう同士。同じ陣営にいるだけの存在。それでいいではありませんか」
彼は考えるように少し首を傾げていたが、ふっとはにかみ微笑んだ。
「つまり、僕が嫌われているというわけではないんだね。良かった」
「何故そうなるのですか」
「だって、そうでしょう?」
彼は何を当然のことを、というように小首を傾げ、彼女を真っ直ぐに見て言う。
「僕を嫌いで遠ざけたいのなら、はっきりそう言った方が早い。そうしないという事は、そういうことでしょう?」
「・・・」
彼女は僅かに眉尻を下げた。
「…そんな、心にもないことは、口にできません」
「僕はね、」
彼は彼女の名を音に乗せて紡ぐ。
「君が好きだよ。仲良くしたいと考えているし、あわよくば君の笑顔を見たいと思っている。君が笑ってくれたら、それはきっと白菊のほころぶような、美しいものだろうしね」
告げられた言葉に動揺し少しずつ体温を上げている彼女に頓着せず、彼は続ける。
「君は僕が君を理解できないというけれど、じゃあ逆に君は僕を理解できるの?」
「…理解できません」
「うん。人と人と、神と神だって、きっと理解し合うことはできないのに、人と神では完全にお互いを理解できないというのは事実だと思う。…あ、いや、神同士のことは僕にはわからないから、神同士ならわかるのかも知れないけど。まあ、ともかく…そんな、理解しあえない間柄だったとして、何故それで君を知ること、共に道を歩いていくことを諦めなきゃいけないんだい」
「…私は、人間の…あなた方の輪の中では、異物です。きっと、いつか…壊してしまう。私は、それを望みません。だから私は、輪の外からそれを見守っている方が良いのです」
何かを堪えるように、彼女は薄く眉をしかめる。その瞳には、憂いと諦観とが浮かんでいる。彼は、そんな彼女に、あえて微笑んでみせた。
「起こってもいないことを心配しても仕様がないよ。…神である君から見れば、人間は脆く儚いものかもしれないけど…僕らは、弱いだけのものじゃないよ。打ち倒されたって、きっとまた立ち上がる」
「…ええ、あなたの諦めの悪さはここ数日でよく承知しています」
ほんの少し呆れたような、困ったような顔をした彼女に、彼はにっこりと笑ってみせる。
「それに、僕は他者を理解できる、理解した、なんて思いあがったことはないよ。僕にできるのは、知った事から誤解することだけだ。でも、その誤解で出来た僕の中の君を、可能な限り本当の君に近づけたいと思っている。君の事を、もっと、ずっと、知りたいんだ」
彼女は薄く頬を染め、顔を逸らした。訝しげに彼女の名を呼ぶ彼に、彼女は少し焦ったような早口で言う。
「そんな…そんなことを、軽々しく言うんじゃない。お前は、私を知らないからそんなことが言えるのだ。私が…女神が人に興味を、好意を持ったりすればどうなるかを知らないから…」
「だから、知らないから、知りたいと思うんだって言ってるだろう?」
「知るべきではないのだ。私も、お前も…」
彼はぐい、と彼女に自分の方を向かせ、その目をまっすぐに見る。
「僕は、君を知りたい。君に笑って欲しい。この命が続く限り、君と共に同じ道を歩いていきたい。きっと、君には役不足なんだろうけど…少なくとも、僕を共に戦う同士とは認めてくれているんだろ?」
彼は彼女の手を取って、甲に口付ける。
「我らが正義と勝利の女神。人間はあなたを敬愛しています。だからこそ、あなたの幸せも願っているんです。…僕は、一人離れたところにいるあなたが、寂しそうに見えた。それが、"嫌"だったんです。だから、これは僕の我儘です」
恋愛ぽく見えるが実はそうでもない