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饒舌 饒舌シリーズep1  作者: 八束天音
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悪戯で気まぐれで饒舌な、ある女の子の雑談 その4

 季節は秋。時刻は昼休み。喧騒の遠い選択教室棟の空き教室、その真ん中の机に突っ伏して、新荷冬芽は寝息を立てていた。俺はそれを認め、放っておいてやっぱり帰るか、それとも入室するかで迷ったが、結局入室した。新荷はなぜか、俺の来訪を後で知っていて、俺が帰ったりしたら、次会ったときに皮肉を言うのだ。新荷の皮肉などその饒舌に比べたらまったく大したものではないのだけれど、それでも皮肉を言われたりするのはなんとなく癪に障る。


 新荷の寝ている机の目の前に椅子の背を前にして座る。その寝顔を眺めてやろうとその顔を覗き込んだとき、突然ぱちりと新荷の目が開いて、目が合った。


「ふわあ、なんだ、トワ君か」


 大きく伸びをしながら、新荷はつまらなそうにそう言った。俺はのけぞって、心臓辺りを押さえながら


「お、おぅ……」と中途半端な返事をしてしまった。びびった。驚かすつもりがこっちの肝が冷えた。罰が当たったと考えるのは実に癪だが、しかし実際現状はその通りである。


「どうしたんだい。こんな遠くまで、ご苦労なことだねえ」


 寝癖のついた髪――といってもコイツの場合、普段の髪型がすでに寝癖のようなものだが――を手櫛で乱暴に梳きあげながら、新荷はにやりと笑う。


「ただの腹ごなしの散歩だよ」


 新荷に会いに来たとでも思われたらやはり癪なので口早に付け加えた。「なんとなく人のいない方へ向かっただけだ」


「牛に引かれて善光寺参りってところかね。信心深いことだ。しかし残念ながらこんなところに来たところで極楽に行けるわけでなし、なんの御利益も功徳もありはしない。ま、あえて言わせてもらうなら、私の話相手を務めるという名誉にありつけるくらいかね」


「名誉っつーか、基本的には迷惑なんだが……」

思わずジト目になる。新荷は俺の視線に全く動じず、にやにやと口の端を上げる。


「照れなくてもいいのに」


「照れていない。事実だ。ありのままの簡潔な感想だ」


「ふん、素直じゃないね。しかし労働者は、たとえ仕事に不満があろうとも、雇い主には逆らうべきでないぞ」


「いつお前が俺を雇ったよ?!」


 じゃあ給料よこせ!


「知っているかい、お金よりも大事なものがこの世にはたくさんあるのだ」


「それを世の労働者の皆様にお伝えできるのか?」


「私のような若輩者がわざわざ進言せずとも、皆様先刻承知の上だよ。知らないのはトワ君くらいじゃないかな」


「そいつはどーも、大きなお世話だ」


「ふふふ、どういたしまして」


 新荷には皮肉が通じないようだ。


「それにしても、昼休みはまだ始まったばかりだというのにもう腹ごなしとは、ずいぶんな早食いだな。何かに追い立てられでもしていたのかな。借金取りとか」


「なんで借金取りが俺の食事を追い立てるんだよ……。いや、普通に食ったよ。俺は昔から早食いなんだ」


「ふむん。トワ君、前から厭世の気があるとは思っていたが、そんなに積極的に死にたがっていたとはね。夭逝が持て囃されるのは偉人だけだからやめたまえよ」


「早食いであって早死にじゃない」


「同じさ。早食いは早死にの元と言うんだよ。煙草に並ぶ早死にの三大原因の一つだぜ?」


「初めて聞いたぞそんな死因」


 コイツは実にナチュラルにホラを吹くんだな……。


「世の中はトワ君の知らない事ばかりだよ」


「そういうお前は何でも知ってるんだな」


「『何でもは知らないわ、知っている事だけ』」


 にやり、となにやら実にうれしそうに言う新荷。どう聞いても、ただ当たり前のことを言っているだけなのに、なぜこんなにドヤ顔になるのだろうか。


「ま、猫の彼女のように万能ではないけれどね。トワ君よりは知っているつもりさ」


 ネコノカノジョが何か知らないが(どうせまた新荷特有の比喩か何かだろう)、何が何でも俺を貶めたい姿勢は変わらないようだ。ここまで一貫されるといっそ清々しい。


「どうせ知識じゃお前にかなうわけないさ」


「論を待たずだ。だけどトワ君、その言い方だと知識以外はダメって風にも聞こえるよ。そこのところは断固提訴したいところだね。知識以外でもトワ君に勝ってるってことを主張するためにさ」


「別に俺は反論しないよ。面倒だし。しかし知識以外なんてどうやって判定するんだ」


「それは簡単だ。実に簡単だ。今すぐ証明して見せよう。私のこの推理力をもってしてね」


「推理力?」


「そうさ。推理とは、知識と観察力と洞察力と分析力、そして想像力その他もろもろ様々な能力の総合的な力が求められる、実に高尚な思考活動なんだよ。今それを披露してあげようじゃないか」


 新荷は胸をそらすと、尊大に足を組み直し、ありもしないタバコを吸うようなしぐさをした。


「……なんのポーズだ、それ?」


「わからないのかい、嘆かわしい。シャーロックホームズだよ。名探偵、みなを集めてさてと言い、ってね」


「みなって言っても俺だけだがな」


「アガサクリスティじゃ誰もいなくなったんだから、独りでも居るだけ僥倖さ。それに私は演説をしたいわけじゃないからね。探偵の推理は、助手が聞いていればそれで十分なのさ。探偵には助手が必須なんだ。シャーロックにはワトソン、明智には小林、金田一には美雪。そして私には君、ってことさ。さあ御立合い」


 よく分からない間に立ち会わされていた。


「そうだね、推理するのは何がいいかな? 君がすぐに回答を解答と判ずることができるものがいいね。となると、そうだな、『君の昼ご飯を当てる』というのはどうだい」


「んなもん、当てられるのか?」


 俺は食べてすぐここへ来た。寝ていた新荷がそれを知るすべはないはずだ。対して新荷はにやりと自信ありげに笑った。ふふん、と腕を組み、指をピッと立てる。


「推理力によってね。さて、考えてみよう。そうだね、まず注目すべきはその早さだな。トワ君が昼休みになってからここに来るまでの時間を考えれば、ものの五分とかかっていない。いくら早食いと言ってもメニューによってはそれが困難だ。つまり、温かすぎるもの、量が多すぎるものといったところかな。ここで弁当は外される。弁当箱のサイズというのはある程度決まっていて、その中に食べ物を詰めるとなると、あまり隙間が多いと見栄えも安定も悪い。スカスカじゃ、中身がぐちゃぐちゃに混ざってしまうからね。同様に、購買でカップめんのたぐいを購入したという線も消える。出来上がるだけで3分かかる上にとても熱いからね。そんなわけでおおむね、コンビニで買った手軽な食べ物あたりだろうと推測できる。更に言えば、腹ごなしというくらいだから、ある程度の食べごたえがあるものだ。そうなるとある程度情報は絞られる。コンビニで買える昼ごはんになる食べ物のうち、すぐ浮かぶのはおにぎり、サンドイッチ、肉まん、と言ったところかな。肉まんは急いで食べるとのどに詰まりやすいから除外だ。そして、導かれる答えは、一つ」


 ここで新荷は間を開けた。たっぷり一拍の時間をおいて、「ふっ」と勝ち誇った笑みを浮かべる。


「つまり犯人が食べたのは、カツサンドだ!」


「誰が犯人か!」


 びしっとばかりに突き付けられた指に思わず突っ込んでしまった。


「てか、おいおい、おにぎりとサンドイッチまで絞っておいてなんでカツサンドまで一気に当てたのはなんでだよ、説明しろ」


「ああ、それは簡単さ。トワ君、唇の脇にソースがついてる」


 良く見れば突き付けられた指は俺の口を指していた。慌てて拭うと、確かに昼に食べたカツサンドのソースが少量ついていた。


「って。それ推理じゃねえじゃねえか」


 このソースを見ればどう考えてもカツサンドだと分かる。今までの推理は全部インチキかよ。


「インチキとは失礼な。探偵に必要な力の一つ、ハッタリさ。どうだい、観念したかね?」


 エアタバコをふかすしぐさをしながら、新荷は得意げに俺を見た。やれやれ。


「わかった、わかった。お前のすごいのはよくわかったよ」


 両手を上げて、降参のポーズをとった。推理力勝負がいつの間にか探偵力勝負になっていることとか、ハッタリは決して評価されるような能力ではないということとか、言いたいことはそれこそ山のごとくだった。しかし何をおいてもこの饒舌がすごいという事は認めざるを得ない。役には全く立たなそうだが。


「わかればよろしい」


 新荷は満足げに、エアあごひげをなでるしぐさをする。今度は何のポーズなのかは、聞かないでおくことにした。


「まあそれはそれとして、そろそろ予冷が鳴るよ」


 新荷の言葉と共に、まさに予冷が鳴り始めた。


「え? あ! しまった、次移動だ」


 俺はあわてて踵を返した。


「じゃあな、名探偵」


「うむ、またね、助手君」


 新荷の笑いを含んだ声を背後に聞きながら、俺は空き教室を飛び出した。

お読みいただき、ありがとうございます。

話ごとに季節がバラバラです。ですが深い意味はありません。背景として、窓の外の季節感があるという程度です。

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