疑惑の目
翌日、着々と準備の進んでいく様子に、マレーリア国の人々を始め、ルシフに来た人々は喜んでいた。あの黒き王の恐怖が去り、平和が戻って来た事を実感出来る様子に、彼等の顔に自然と笑顔が浮かんでいる。
準備をしている人々の中に、見知っている顔がちらほら見えるが、敢えて、彼等は言葉を掛けなかった。神々が自ら進んで、祭りの準備を手伝っている…、それを邪魔をしたくなかったのだ。
その中に神々と親しく話す、見知らぬ姿もあった。精霊と思われる彼等の中に、光の神と闇の神、それぞれの祝福を受けている精霊達。
黒髪、菁銀の目の少女と、光髪、空の目の少年と少女。
光髪の彼等は、双子の兄弟らしく良く似ていて、休憩中に同い年らしい、黒髪の少女と話し込んでいる。主に話しているのは、少女同志であったが、少年は傍にいて、時折相槌を打っている。
偶に黒髪の少女と兄弟らしい少年も加わり、その時は少年達と少女達に別れ、話し込んでいた。その微笑ましい姿に、見入る王族が多くいたが、声を掛けようとする強者はいない。
何か近寄りがたい物を、無意識に感じ取っていたのかもしれない。
彼等は、この微笑ましい風景を作っている少年少女達が、新しい神々とは気付けなかなかった。
そんな少女達が、態々駆け寄って行く先は、マレーリア王国の人々の許だった。
特に金髪の双子は、一人の貴族に懐き、楽しそうに話をしていた。その貴族が、ラングレート候だと気付き、眉を潜める者が多かった。
しかし、人当たりの良い優しげな表情と、彼の横にいる国王と紅の騎士が、微笑ましそうに彼等を見ている様子で、他の国の者は何も言えなくなる。
時折、周りを威嚇する様に見る紅の騎士と、只、ラングレート候達の様子だけを微笑ましく見つめ、時には進んで、その輪の中に入る気さくな国王。
あの野心家の、元ラングレート候の血筋とは思えない程、柔らかな物腰に、不信を抱く者が声を掛けた。
「初めまして、ウェルスマーム国の宰相のガナリアス・レイアナ・レムトスと申します。
マレーリア国の方とお見受けしますが、其方の方は…ラングレート宰相殿の御子息でしょうか?」
「初めまして、ウェルスマーム国の宰相殿。
私はマレリーア王国の国王であるエーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マレーリアと言います。
ここにいるのは、私の腹心の部下、バルバートア・ドレア・ラングレートです。
御察しの通り、旧エストラムリア国の宰相の息子で、今は我が国の宰相ですが…彼が何か?」
腹心の部下と言い放った国王へ、驚きの視線を向けた。ウェルスマーム国でも有名だった、野心家のラングレート宰相…その息子を、新しい国が抱えている。
その事へ意見を述べようとした時、ガナリアスは強い抗議の眼差しを受けた。
発現元は紅の騎士と、ラングレート候の両脇にいる双子の精霊。
特に精霊の子供の眼差しに、抗えない強さを感じた。
だが、ここで怯む訳にはいかず、続く言葉を掛ける。
「彼の父親が何をされたか、御存じで無いのですか?」
「…ああ、あの囚人の事ですか。
あの者はラングレート家と、何の関係もありませんよ。
ここにいる彼は、古くから私に仕えてくれた者ですし、戦が起こる以前に、あの者から勘当を言い渡されています。
御疑いなら、そこにいる紅の騎士に御尋ね下さい。」
さり気なく名指しされた紅の騎士・アーネベルアは、厳しい眼のまま王の意向に沿った。
「レムトス殿でしたね。ラングレート候の事なら、私が保証します。
彼は私の親友で、先の大戦の開戦前に生まれ育った家から離れ、陛下と私を頼ってくれました。ああ、騙されているとは御考えないように。
私は炎の神の祝福を受ていますし、そこのいる彼女達も、光の神の祝福を受けています。その様な者が、野心家で、邪な心を持つ者に懐くでしょうか?」
紅の騎士に言われ、反論の余地が無くなったガナリアスは、寄り添っている双子に目を向けた。彼等に何か言おうとした時、ラングレード候の後ろから声が掛った。
「リーナ様、リシェア様、此処におられたのですか。
…バート殿、御二方の御守り、有難うございます。さあ、御二方、此方へ来てくださいね、母君と父君が御待ちですよ。」
優しい声に反応した双子は、口を揃えて声の主に行った。
「「ルシェ、バートと一緒じゃあ、駄目?」」
男女の違いは有れど見事に重なった声で、ルシェと呼ばれた人物は、窘める様に答えた。
「バート殿に、御迷惑が掛りますよ。
御忙しい方ですから、御二方が御仕事の邪魔をしてはいけませんよ。」
「大丈夫ですよ、ルシナリス殿。
バート…あ…いえ、ラングレート候なら、今暇ですから、連れて行って下さい。」
さり気に送り出す国王に一礼をし、双子に引っ張られたバルバートアは、声の主の許へ向かった。
金色の髪と極薄い緑の瞳の人物…光の精霊と判る彼は、微笑みながら双子とラングレート候を迎えている。その様子をガナリアスは、無言で見つめていた。
両手に捕まっている子供達へ優しい微笑を向け、楽しそうにしている彼に、何かしらの影は見えない。両腕いる双子の兄弟ですら、楽しそうに微笑んでいる。
本当の家族のような光景に、先程の疑いの芽も削がれてしまった。そんな彼に、エーベルライアムが声を掛けた。
「レムトス殿、彼がラングレートと名乗るのは、私が勧めたからですよ。
当時の彼は父親から勘当され、只のバルバートアとして私の右腕になっていました。
そして、改革が成功した時に只のバルバートアでは、国王になってしまった私の傍に置けないので、ラングレートの名を与えたのです。勿論、父親の方は、その名を剥奪しましたけどね。」
事実を平然と教えるエーベルライアムに、ガナリアスは驚いた顔になった。一応調べていた事ではあったのだが、事実と思えない為、放置していたのだ。
しかし、それが事実と判った今、目の前で起こっている光景に納得した。
だが、その光景を見て、何かしら感じる者達もいた。
未だ、あの国への不信感を抱き、戦を始めた子供の行く末を不安に思う輩は、彼等の遣り取りでも、納得いかない様であった。