神々との宴
宴の最中、リシェアオーガの周りには、常にカーシェイクとファース、リルナリーナが寄り添っていた。当の本人はというと、バルバートアとフェルアハールの兄弟の傍を離れなかった。
義理とは言え、兄である二人に再会した喜びで、話が尽きないらしい。
この様子を、彼女の両親は微笑ましく見つめ、実の兄夫婦に至っては、同じ兄弟として彼等を扱っていた。
「…バート、リシェア様を独占するとは…お前らしいな。…フェルも同罪か…。」
炎の神・フレィリーと共にやって来たアーネベルアに言われるが、バルバートアは何吹く風で受け流し、リシェアオーガの方が反論した。
「べルア、バート義兄上とフェル義兄上が私を独占している訳で無く、私が義兄上達を独占しているんです。」
そう言って、義理の兄達の腕をしっかりと捕まえるリシェアオーガに、アーネベルアは驚き、捕まえられた兄達は嬉しそうに微笑んでいた。そんな折、彼等兄弟の後ろから、バルバートの空いている腕に細い腕が絡まった。
「オ…リシェアったら、狡い。私も、お義兄様達と一緒にいるわ。」
もう一人の義理の妹の乱入と、さり気に混ざっているカーシェイクの姿。
彼の姿に気付いたアーネベルアは、不思議に思ったが、直ぐに訳を知った。
「おやおや、リーナもリシェアも、バートとフェルを独占しているのかい?
私の義理の弟でもあるのだから、混ぜてくれないかな?」
「…カーシェイク様…
バートとフェルとは、何時、貴方の義理の兄弟になったのですか?」
アーネベルアの口から洩れた言葉に、カーシェイクはさらりと答えた。
「リシェアの義理の兄達だから、私にとっても義理の兄弟だよ。まあ、私の方が年上だから、義理の弟達になるのだけどね。
今度、ハルトの方にも会いに行くよ。」
この場にいない、もう一人の義弟の名を告げ、対面を宣言するカーシェイクに、バルバートアは微笑みながら、是非、義妹達とも来てほしいと告げていた。
兄弟が増える事は、バルバートアにも、カーシェイクにも、嬉しい事だった。
何かと、世間の風当たりが強いラングレート家にとって、かなり強烈な後ろ盾が出来た事は、アーネベルアにとっても嬉しい事だった。
しかし、その上を行く発言が、彼等の後ろから掛った。
「あら?リシェアの義理の兄弟の方なの?
…カーシェも、リーナも狡いわ。私も参加させて…駄目?」
優しげな女性の声…リルナリーナに似ている声がして、振り向くとそこには、カーシェイクと同じ彩の女性…大地の女神がいた。
彼女の意見に良いですよと、そこに居る数名の声が被さった。承諾を得た彼女は、バルバートアとフェルアハールを確認すると、とある意見を告げた。
「ラングレート家の方々ですね。あの改革で父親だった方が、首謀者として失脚したそうですが、世間は貴方々に冷たくしていませんか?」
優しい女神の言葉に、バルバートアは無言になった。覚悟出来ている事であったが、他の兄弟と思うと、あまり芳しくない状況であったのだ。
彼の様子を見ながら、リュース神は続ける。
「元はと言えば、私達の子であるリシェアの仕出かした事。
その所為で、貴方々に肩身の狭い思いをさせて…御免なさいね。
で、提案なのだけど…今は、御両親はおられない状態なのでしょう?だから私達が貴方々の養親になっては、いけないかしら?」
彼女の思い掛けない重大な提案に、人間の方は驚き、神子達は嬉しそうに微笑んでいた。その提案の理由を彼女は、楽しそうに告げる。
「リシェアの義理の兄弟なら、都合が良いし、今までリシェアを護ってくれた代わりに、今度は、私達が貴方々を護りたいの…駄目かしら?」
大地の女神の提案で、困惑しているラングレート兄弟に、聞き慣れた声が聞こえた。
「何だか、凄い事になってるね。
バード、折角だから受けた方が良いと、私は思うのだが…。未だ風当たりの強い君達の家の事だから、神々の後ろ盾なんて、一番最適なものじゃあないのかな?」
何時の間にか、傍に来ていたエーベルライアムの言葉に、彼の家臣の者達は頷いていた。バルバートアの為人を知っている、友好的な彼等にとって、ラングレート家への確執は、今の家長に相応しくないと思っていた。
父親とは、似ても似つかない人の良さと、他人の為に行動出来る人物。
それは今の、ラングレード家の兄弟全員に言える事だった。しかし、失脚した彼等の父親の所為で、この優しい人物達に辛く当たる者が多い。
父親の様に、今の王を操るのではないかと考え、国に取って本当に有能な彼を、蔑にする輩を牽制するには、リュース神の提案は喜ばしい事だった。
だが、事の重大さに件の兄弟は、考え込んでいた。確かにリュース神の提案は、自分達の風当たりを少なくするが、それと同時に、別の問題が出そうな気がする。
直ぐに決断出来無い事の為、暫し時間をくれる様、彼女に伝えた。少し残念そうな顔をしながら、大地の女神はそれを承諾した。
快い返事を待っているわと言われ、ラングレート兄弟は破顔した。
可愛らしくも美しい、神からの提案を無下にしたくないと同時に、ここに居ない、もう一人の兄弟にも相談したかったのだ。国に帰ってからの返事となるが、思いも依らない方向へ進むとは、彼等は予想出来なかった。
神々との宴が終わり、この光の館に泊まる様、勧められたが、国王以下のマレーリア国の人々は、それを断り、ルシフの王宮へ帰る事にした。
他の王族への配慮という、正当な理由を聞けば、神々も納得し、強要しなかった。
まあ、神々が強要する事はないが、お願いとして言われると彼等も弱い。
特にラングレート兄弟に至っては、可愛い義理の妹達にお願いされて、かなり危なかったのだ。しかし、彼等の立場を明確にした為、彼女等は素直に諦め、また明日に会う事を義兄達と約束して、二人供が抱き付いて来た。
その中の一人であるリシェアオーガは、離れたくない気持ちを抑え、明日、また会えると自分に言い聞かせると、彼等と離れて直ぐに、実兄であるカーシェイクの傍に走り寄って行った。
その姿にフェルアハールは、残念そうで寂しそうな顔をしたが、バルバートアは微笑ましさを覚えていた。
自分達と離れるのが嫌で、我儘を抑える為に実兄の傍へ、甘えに行ったと感じたのだ。
真実を見抜く目を持つ、バルバートアならではの見解であったが、それを自分の弟にも伝えた。
「フェル、あの子も残念がっているよ。
今夜一緒にいる事は無理だけど、明日にまた会えば良いんだよ。あの子はもう、私達の兄弟なのだからね。」
優しい兄の言葉に、納得し、フェルアハールもルシフへと帰って行った。行きと同じく風の精霊と神龍の力を借り、聖地の外、ルシフの王宮の前へと送られた。
夜も遅い時間であったが、王宮では夜会が行われ、まだ人が行き交っていた。そんな中、彼等の姿を見つけた神官が、声を掛けた。
「マレーリア国の方々ですね、御帰りなさいませ。
…彼方で泊られるのかと思いましたが、御止めになったのですね。」
「ええ、国の事を考えると、泊る訳にはいきません。神官様、今宵は着いた早々色々あって、供の者も疲れておりますので、他の国の方との交流を止めておきます。
それと、まだ部屋への道筋が不確かなので、案内をお願い出来ますか?」
本来なら傍に居る者が伝えるべき事を、国王が直々に答えた為、他の者は口出し出来なかった。
国王らしくない彼であったが、神官を相手にしているのなら仕方の無い事。
国王でさえ敬意を払う、彼等神官…俗世を捨てて神々に仕え、その言葉を伝える彼等は、どの国に取って大事な者達でもある。
しかも、このルシフの神官とあっては、更に敬意を払ってしまう。
神々の護る国であるルシフだから、という理由であった。
その夜、彼等はゆっくりと休んだ。
生誕祭まで僅か。
生誕祭での神々の悪戯に思いを寄せながら、マレリーア王国の人々は、来るべき祭りの日を楽しみにしていた。