光の姫君達
一瞬で付いたそこは、一面に銀の光が満ちていた。月光が下りた様な、柔らかな光が彼等の足元を照らし、行く手を示しているようだった。
「一面の…神の華…。」
エーベルライアムの驚きの声に、周りの者達も辺りを見回した。
白銀の光を放つ、小さな白い花…。
花弁の多いその花は、優しい風に吹かれ、仄かな香りを辺りに散らしている。
その中に銀色の髪を持つ、騎士の装いの男性が佇んでいた。
地上に降りた月の様に輝く髪を、風に弄ばせ、美しい顔には微笑を湛え、その右腰には白い輝きを放つ剣…。殺気はまるで無く、穏やかな気配で、彼等を待っている様であった。
「我が主、マレーリア国の方々を、御連れ致しました。」
その場で跪き、報告をする光の精霊騎士に、目の前の人物が何者であるか、直ぐに判った。
「ルシェ、レア、皚龍。彼等の出迎えと案内、御苦労であった。」
案内役の彼等へ、愛称呼びでの労いの言葉を掛ける、低い声。
あの改革に関わった者であれば、聞き覚えのある声。
マレーリア国の人々もその場で跪き、光の精霊騎士の主に頭を下げた。
「御久し振りです、光の神・ジェスク様。あの時は、御世話になりました。」
マレーリア国の代表として、言葉を告げる国王・エーベルライアムの言葉を、ジェスク神は微笑みで受け取り、己が伝えるべき物を口にする。
「ライアム…我等こそ、世話になった。いや、迷惑を掛けて、済まなかった。」
光の神から告げられた謝罪の言葉を受けて、エーベルライアムは、あの子供の事を思い出した。
先の大戦と国の改革を齎し、邪悪に身を任せていた子供。
黒き緑の髪と瞳の少年は、眼の前の神の預かりとなっている。
その神が謝罪をしたと言う事は、あの少年が神子だという事実を示す。
では、その子は今…?
疑問に思った事を口にする前に、光の神の言葉が続けられた。
「我等が早く、あの子を見つけていれば、そなた達の国と、その周辺諸国に迷惑が掛らなかった…。」
「いいえ、ジェスク様。
あの事が無くても、わが国は、同じ状況になっていたでしょう。
前国王が後継ぎを作ろうとしないまま、王家の直系の血筋は途絶え、他の者が国王となり、今と同じく、新しい国となっていたと思います。
我等の国の事は、神々の非ではありません。どちらにせよ、前王の行いが齎した国の改変に、相違ありません。」
きっぱりと言い切るエーベルライアムに、ジェスクは感謝の言葉を述べた。そして、跪く者達へ立つように促し、他の神々の許へ向かおうと振り向いた。
彼の後ろには、二人の少女が白き花で満杯になった、大きな籠を持って立っていた。長く輝く銀髪を風に靡かせ、真っ直ぐに光の神を見つめる少女達。
その姿に件の神は、表情を崩し、声を掛けていた。
「そなた達、如何してここへ?ああ、リューの提案か。
マレーリア国の者達よ、済まない。少々、時間を取らせる事になる。
…我が娘達が、そなた達へ挨拶しに来たのでな。」
少女達の持つ花篭で、彼女等の意図が判り、無言で頷く彼女等を、マレーリア国の人々の前に導いた。
双子らしい少女達は、お揃いの白いドレスに身を包み、目の前の人々を見つめている。その美しく、可愛らしい姿に、彼等は破顔した。
「「ようこそ、光の聖地へ。マレーリア国の方々。」」
少女らしい高い声が響き彼女等は、微笑と共に花篭の中身を一つ、取り出した。
真っ先に向かったのは、国王であるエーベルライアムの許。屈んで欲しいと、態度で示す少女に従い、エーベルライアムは屈んで、彼女達に視線を合わせる。
先に前髪のある少女が、彼に白き花・神の華の首飾りを掛け、その後に前髪の無い、全て同じ長さの髪を持つ少女が、同じ花の冠を掛ける。
前者の少女は微笑を湛え、後者の少女は緊張の面持ちを見せるものの、直ぐに笑顔になった。エーベルライアムを花尽くしにすると彼女達は、満足した様に彼の臣下の者達へと別れて行く。
微笑を湛えた少女は、ラングレート候と王の文官達の方へ、緊張していた少女は、微笑を添えて、騎士達の方へ向かった。
そして、一人づつ、神の華で出来た花冠を被せて行く。
前髪のある少女と相対したラングレート候は、彼女に耳元で囁かれた。
「初めまして、バートお義兄様。
…判っているでしょうけど、内緒にしていてね♪」
その小さな呟きが、何を示しているのか、彼には直ぐに判った。優しい顔で頷くと、悪戯な目と合う。
似ているなと、バルバートアは思った。
同じ様にフェルアハールにも呟いたらしく、彼も頷いていた。
一方、騎士達の方は、もう一人の少女を暖かな目で見ていた。
笑みを浮かべ、初々しい態度で、自分達の頭に花冠を乗せて行く彼女に、微笑ましさを感じていた。時折、困惑した顔をする少女が愛らしく、彼等の目に映る。
騎士達の保護欲を掻き立てる、件の少女は、最後の騎士である、炎の騎士・アーネベルアの前に辿り着く。
微笑を張り付けたままで、目の前の騎士の頭へ花冠を乗せるが、震えていた手に気付いた騎士は、声を掛けた。
「怖がる事は、何もないよ。私は、炎の神の剣の担い手だから…おや?」
目の前の少女と目が合い、微笑むその顔をアーネベルアは凝視した。何か、心に引っ掛かる彼女の微笑に、彼はそのまま考え込んだ。
じいっと見つめられた少女は、一瞬、困惑した瞳を見せる。その顔にアーネベルアは、答えを見出した。
「…もしかして…オーガ君?」
名を呼ばれた少女は驚いて、視線を逸らせない様だった。
すると、周りからも声が上がった。
「ええええっ、あの子が、この娘だって!!」
「アーネベルア様、冗談はよして下さいよ。」
否定の声が聞こえる中、エーベルライアムは、何かを確信した表情で、オーガと呼ばれた少女に近付いた。
彼の気配に気付いた少女は振り向き、不安そうな顔で、国王と騎士を交互に見ていた。
「もう…判っちゃったの…残念だわ。」
片方の少女の声が聞こえ、その子が不安そうな子に抱き付いた。
「…リーナ、言ったじゃないか。炎の騎士のべルアなら、絶対判るって。」
少女らしい声なのに、言葉使いは少年の物。
聞き覚えのある口調と、高いながらも、良く聞くと覚えのある声。
そして、目の前の騎士の名を愛称で呼んだ。以前と違った姿と態度に苦笑して、立ち上がったアーネベルアは、ある事に気が付いた。
「おや、オーガ君、背が縮んだのかい?」
彼が知っている背丈より、やや低い位置にあった頭へ手を置いて、目の前の子供の姿を良く良く見ると、以前と異なり、美しい少女としか見えない。
先程の光の神は、我が娘達と彼女達を紹介していた。という事は…。
「君は両性体だったのかい?」
「さすが、炎の騎士ね。その通りよ。
オーガは、私と同じ両性体。今はちゃんと女の子よ。」
リーナと呼ばれた少女は、得意げに宣言し、その横でオーガと呼ばれた少女が、溜息を吐く。そして、リーナと呼んだ少女から離れ、彼等に向かって淑女の礼をした。
「旧エストラムリア国で、現マレーリア国の方々、御久し振りです。」
優雅に女性らしい挨拶に、彼等は驚いた。
少年の時もそうだったが、彼女の仕草は優雅で且つ、洗練されている。光の神の血筋だからという理由が、彼等の見解だった。
そのオーガに、先程の風の神龍が近付いた。彼の姿を見つけた少女は、少し微笑みながら声を掛ける。
「皚龍、マレーリア国の方々の案内、御苦労だった。」
短く言われる労いの言葉に、皚龍は膝を折った。恭しく己の頭を垂れ、目の前の少女が彼にとって、高貴な者ものだと他の者達へ知らしめる。
「我が主、其の御言葉、痛み入ります。」
神龍達が新しい神の下に集まった事は、彼等も聞き及んでいた。という事は…この少女は、新しい神という事実。
戦の神の役目を持つ者が、今の神龍達の主である。
だが、アーネベルアは、もう一つの可能性を考えていた。
武器を振るう者の間で、囁かれている伝説…邪悪を葬る為に生まれた神龍達が、一堂に集うのは唯一、一人の下。
かの者は、光輝く髪と水を湛える青き瞳を持ち、男女両方の性別を持ち得る…。
目の前にいるオーガの姿は、それに当て嵌まる。
同じ事をエーベルライアムも思っていたらしく、それを口にしていた。
「オーガ君だったね。君は…神龍王かい?」
その答えを彼女が言う前に、ジェスク神から声が掛った。
「詳しい事は、向こうで話そう。皆が待っている。リシェア、リーナ、来なさい。」
呼ばれた少女達一人は、無邪気に父親へと走って行ったが、もう一人の方は、何か思う所があるのか、その場を動かなかった。
彼女の姿に父親であるジェスクは、苦笑し、再びその娘へと声を掛けた。
「リシェア、彼等となら後で、幾らでも話せる。
今は向こうで待つ者達の為に、急ぐ事が先決だぞ。」
そう言って手を差し伸べるが、リシェアと呼ばれた少女は、何かを訴える目を向けていた。仕方無く、ジェスクは、マレーリア国の者に声を掛けた。
「ラングレート候か、炎の騎士に、我が娘・リシェア……リシェアオーガの同伴を、頼んで良いか?」
名指しされた一人、炎の騎士は困惑したが、その隙に、もう一人の候補であるラングレート候が、彼女の横に来て、
「光の姫君。お手をどうぞ。」
と言って、左手を差し伸べた。
その手に自らの右手を乗せ、少し不満そうな顔をする少女。
「手を繋いじゃあ、駄目?」
以前された様にして欲しい、と望む彼女の言葉でラングレート候は、その手を優しく握った。これで良いかな?と囁く彼に、少女は嬉しそうに微笑んだ。
傍から見れば、恋人同士にも見える遣り取りであったが、実際の所、兄弟のそれ。
その証拠にラングレート候は、少女を子供扱いしている節が、見え隠れしていた。少女の方も、嫌がる節は無く、寧ろ、子供…妹として、接しているように見えた。
彼等の姿を羨ましそうに見るエーベルライアムへ、ラングレート候・バルバートアは、しれっと言い退けた。
「陛下、幾ら羨ましがっても、義妹はあげませんからね。」
元々義弟だったリシェアオーガを、今度は義妹扱いするバルバートア。
彼の態度に、精霊騎士達も風の神龍も、良く見る誰かを思い出していた。
神の華は彼等を仄かに照らし、この先へと誘い、優しく吹く風と共に、彼等を包み込んで行った。