人の世の安らぎ
一応、今回の話が最終話となります。
「皆様方、御見苦しい所を御見せいたしました。
如何か、今まであった騒動は水に流し、今宵からの祭りを楽しんで下さい。
我等一同、それを望みます。」
先程までの騒動の中心であった神から、優雅に一礼をして告げられた言葉に、招かれた王族達は困惑していた。
その様子にリシェアオーガは顔を上げ、優しい微笑を浮かべた。
慈悲を含んだ神の微笑…そして、
「御安心して下さい、貴方々は我等の守護する者達です。
あれらの様なモノとは違い、我等の言葉を理解しておられます。ですから、何も恐れる事はございません。
善き道を進まれている方々に、我等が害を為す事はございませんよ。」
綴られる言葉に彼等は、複雑な顔をした。そして、この雰囲気と彼の対応に音を上げた、一人の王族が声を出す。
「…リシェアオーガ様、如何か、私達への敬語はお止め下さい。神の御一人である貴方から、敬語で話し掛けられると、何だか、むず痒くて落ち着きません。」
これを皮切りに辺りから笑い声が上がり、場が和んで行く。
祭りに相応しい雰囲気となり、本当の意味での祭りが始まりを告げる。賑わう広場を目に神々も微笑を浮かべ、中にはその輪に参加する者達まで出ていた。
リシェアオーガと言えば、己が創った輝石の傍にいて大きな溜息を吐く。
彼の様子に気が付いたエーベルライアムとアーネベルア、バルバートアは、心配した様子で傍へ駆け寄って来た。
「リシェア様、如何かしましたか?」
先に問い掛けた紅の騎士へ光の神子は、輝石の上で頭を伏せたままで答える。
「…只、疲れただけだ…。
ったく…あの姿になるのに、あれ程多くの力を使うとは…。」
文句を言っている彼へ、更に心配する視線が集まる。
特に父親と母親、実兄に至っては彼の傍に寄って来て、父親であるジェスクが彼の体を抱き寄せる。この行動で、父親が何をしようとしているのか判ったリシェアオーガは、それを拒否する言葉を吐く。
「父上…御気持ちは嬉しいのですが、今、ここで眠る訳にはいきません。
折角、生誕祭が始まったのに、眠ったままで楽しめないのは…嫌です。」
我が子の意見に納得した家族は、何かを彼に渡していた。
母親と父親は、彼専用に作った神の華をあしらった腕輪を、実兄は小さな本を模した飾りがある首飾りを、彼に着けさせていた。
そこからは神々の強い力を感じ、それらが彼の中へと吸い込まれて行くのが判る。
眠らなくて済むと感じたリシェアオーガは、闇の騎士の名を呼んだ。
「アレィ、ちょっと付き合って欲しいんだけど…、あの舞台の上で、ルシフの皆に詩を聞かせてあげたいんだ。」
少年の言葉を受けて、闇の騎士は頷き、曲目を聞いていた。
その遣り取りに溜息を吐く父親へ、エーベルライアムが話し掛ける。
「ジェスク様、リシェア様は本当に、ルシフの方々を愛しておられますね。
彼等の為には、ご自分の命を厭わない位に。」
マレリーア国王の言葉に光の神は頷き、我が子を顧みる。
己の護りたい者達を見定め、元の姿を取り戻し、神龍の王として目覚めた我が子だが、不思議と不憫には思わなかった。
そんな家族の傍に、真っ白い羽が舞い降りた。
「ジェス、リュー、リシェが無事で戻って来て、本当に良かったね。」
男女の区別の付かない、やや低めの声が聞こえ、彼等が答える。
「フェー、やはりあの子は、神龍王の定めを持って生まれたんだな。
だが…大丈夫なのか?」
光の神に尋ねられた時の神は、微笑みながら告げる。
「ジェスも心配性だね。
リシェなら大丈夫。あの子は、最良の選択をしてここに居るんだ。
あの子の選択は一番、安全で、確かな物なんだよ。」
運命の神とも言われるフェーニスの言葉に、エーベルライアムが口を滑らす。
「リシェア様は…重責を持って、生まれられたのですね…・。
逃げ回るばかりの…私とは違うのですね…。」
その呟きが聞こえたのか、バルバートアとカーシェイクの声がする。
「ライアム様、本当にそう思われるでしたら、逃げ回らずに立ち向かって下さい。
貴方なら出来ますよ。勿論、私やべルアも、助力を惜しみませんし…ね。」
「ライアム、気に病む事は無いよ。君は、己の進むべき道を見極めている。
そして、自分の技量と性格を判っているからこそ、今の言葉が言えるんだよ。」
二人の言葉に、フェーニスまでもが乗って来た。
「ライアム、君の運命は既に、最良の道を進んでいるよ。
リシェと同じで、君自身と周りの者達がそれを選んでいるんだ。それに…私達も、君への助力を惜しまない。
君は…君達は、リシェを成長させてくれたからね。」
白き翼の神から告げられ、驚いた彼等は神々を見回す。
一往に頷く神々に、エーベルライアムが溜息を吐く。
「何で…こう、私には、重責が増えて行くのかな?
…今度は神々と懇意にする国の王なんて…重すぎるじゃあないか!」
笑いながら文句を言うエーベルライアムに、己の腹心であるアーネベルアとバルバートアが微笑み掛ける。
「我が主、お忘れですか?
私が貴方を主として選んだ時から、神々と懇意にされていますよ。」
「ライアム様、重いとは思いませんよ。
現に私も、義理の兄弟が神々なのですから。」
二人の従者の言葉でエーベルライアムは、もう一度、大きな溜息を吐き、何かを思い直した様だ。
「今更気にしても無駄なんだね。…ま、リシェア様とリーナ様、フレィ様が可愛いし、懐かれているんだったら…それで良しとするよ。」
特に懇意な神々の名を上げ、己を納得させたエーベルライアムは、いそいそと舞台へ向かった。その姿を従者達は、苦笑しながら見つめていた。
「べルア、バート、皆、何してるんだい?
早くしないと、リシェア様とアレスト殿の演奏が終っちゃうよ!!」
急かされた彼等は、やれやれとばかりに王族らしくない王へ従う。
そんな彼等の姿を残された神々が、微笑みながら見送る。
「ジェスク様のご家族の方々、フェーニス様も…一緒に行きませんか?
神龍の方々は…あ…既に行ってる!!」
明るいエーベルライアムの声が響き渡り、より一層微笑んだ神々が彼の許へ向かう。
合流した彼等は、光の竪琴と闇の竪琴の共演を、祭りを、人々との交流を楽しみ、彼等と共にこの日を平穏に過ごした。
無論、夜には祭りの屋台を楽しむ、エーベルライアムとリシェアオーガの姿も見受けられた。
こうして、世界の守護神たる戦の神は、人々に受け入れられつつあった。
神龍の王として生まれ、その身を神として生きる定めまで負った少年神が、本当の意味で受け入れられるまで、まだ幾年か掛る事になる。
その第一歩がこの生誕祭である事は、後々の神話が語る事。
そして…もう一つの神話も動き出す。
戦の神の冒険を記した神話・戦神の叙事詩は、まだ始まったばかりである。