光の長龍
しかし、ごく少数の王族はこれを不服とした。
たった一国であったが彼等は跪かず立ったままの姿勢で、その中心となる人物と共にリシェアオーガを見据えていた。
「騙されるな!そいつは魁羅の術を使う。
それに神気を纏わない神など、居る者か!!」
敢えて、龍王の気を纏っていたリシェアオーガへ、異議申し立てをする王族…ラディアフェン国の皇子へ視線が集まる。
傍では、止められなかった臣下が申し訳なさそうに控えており、騎士達も己が主の言動に頭を抱えている様であった。
国そのものの意見で無いと判る周りの態度に、他の王族は苦笑する。
この皇子の噂は各国へ流れており、我儘で自分勝手で、己が正しいと思い込む人柄である事は有名であった為、この皇子へ他国からの婚姻話は持ち込まれる事は無い。どの国も皇太子として欠点のある皇子へ、大切な手駒であり、愛しい娘を嫁がせる気にはならなかった様だ。
賢女と呼ばれる皇女でも、この皇子の馬鹿さ加減に嫁ぐ事を断る位である。
噂の馬鹿皇子を前に、リシェアオーガの後ろから楽しそうな声が聞こえて来た。
「やっぱり出て来たんだね…。御馬鹿なデゥーディストは。
君は何時まで経っても、物知らずで困るよ。周りから言われなかったかい?
今度同じ事を私にしたら、キツイ御仕置きがあるって…ね。」
声の主は緑の髪で紫の瞳の男性。
彼が纏う緑の長衣に描かれているのは、リシェアオーガと同じ月と太陽、緑の蔦と紫の房の果実と開かれた本を模した物…知の神の象徴を纏う彼に、名を呼ばれた皇子は驚愕する。
「別に…貴方への侮辱ではありません。そこの…邪気への…」
「黙れ。」
相当怒っていると思われる知の神・カーシェイクの、珍しい乱暴な口調に、続く言葉を遮られる。怯えた皇子を見つめながらカーシェイクは、リシェアオーガの横へ移動して彼の腰を抱く。
「我が妹に害を為すなら、それ相当の覚悟は出来ているんだろう?
我が剣の露に消えるのと、我が説教を永遠に聞くのとの、どちらか好きな方を選ばせてやる。」
未だ怒りが収まらないカーシェイクの言葉に、件の妹であるリシェアオーガが呆れ顔で口を挟む。
「……兄上……御気持ちは嬉しいのですが…私に此奴を任せて下さいませんか?
この馬鹿者達に、今の私が何であるか、知らしめておいた方が後々にも良い薬になりますから。」
そう言ってリシェアオーガは、兄であるカーシェイクの腕から離れた。
自ら纏う気を光の精霊の物から、神気と龍へ変え、相手を見据える。
神気を纏わない神と断言した皇子・デゥーディストは、驚いた顔のままリシェアオーガを凝視した。
その視線を受け、ふと、彼が不敵な微笑を浮かべると、その姿が変化した。
すると、神々が集う場の上空…そこに金色の長龍が現れたのだ。光の神龍と思いきや、その神龍は、リシェアオーガのいた場所の傍で人型をしている。
もう一度上空を見ると、その龍の色が光の神龍とは違う事に気が付く。
光に当っている部分の眩いばかりの金色の輝きと、陰になっている部分が銀色の輝きを持つ、本当の意味での光の龍であったのだ。
その瞳の色は、空の青…リシェアオーガの瞳の色であった。
『これは我がもう一つの姿…神龍の王・光の黄金龍の姿だ。
これが我が神龍王である事と、この先、邪気に侵される事が無い証となる。』
そう告げると、元の姿の人型へ戻る。
神龍と違い龍人の人型は持たない為、その真の姿は神そのものの姿である。
この姿のままリシェアオーガは、先程の無礼者へと歩みを進める。
彼の纏う物は神気…神龍王と神子の気を微塵形も感じないそれに、皇子は何も言えなくなる。一度怒りを買えば抗う事の出来無い気配に、只、只、怯えるしか出来なかった。
そんな皇子へ、リシェアオーガが話し掛ける。
「己の愚かさを無知さを知らずして、物を語るとは…大した傲慢振りだな。
その様な態度では、周りの者に迷惑が掛ると気付かぬか?」
無表情にも取れる顔で淡々と告げる彼に、デゥーディスト皇子は告げる。
「…周りの者に…迷惑だと…。私に仕える事が名誉なれど、迷惑など…。」
この言葉にリシェアオーガは溜息を吐き、厳しい視線を皇子の周りに巡らす。
「国の為にならない我儘を聞き、自分勝手に振る舞う主を諌める事が出来無い者、仕える者として意味があるのか?
先程から諌めない、ラディアフェン国の者達よ。」
皇子の周りにいる者達への、辛辣な言葉を吐くリシェアオーガに、反論する者はいない。今まで自分達が遣った事を自覚している者達は、俯き、恥じている。
しかし、皇子の意見と同じ者達は、その手を剣に掛けていた。そして…今が生誕祭だという事を忘れた彼等は、事もあろうかリシェアオーガへと掛って行ったのだ。
「デゥーディスト様を貶める者など…例え、神でも許さぬ。」
そう口々に言いながら彼に剣を向け、その命を奪わんとした…が、リシェアオーガは平然とそれを受けめ、剣を抜かずして、向かって来た者達を地に侍らせた。
一瞬にして起こった出来事に周りの者達は、只、驚くばかりであった。
数十人と居た筈の騎士達が全て、動く事が出来無い姿となっている。血を流している者はいないが、彼等全員が動けない様に骨を折られていた。
それを施したのは、華奢な体の新しい神…そんな力があると思えない姿の彼に、騎士達が負けたのだ。これを見ている神々と神龍達、精霊達は納得した顔で見つめ、中には当然と言うような顔付の者達までいた。
戦の神…その名の通りの所業に見ていた人間達は、目の前の神子が確かに神だと確信する。
かの神から声が響く。
「この…愚か者が…我の外見の姿だけで、持てる全ての技量を判断する故に、己が怪我を受ける羽目になるのだ。
我は戦の神、それが意味する事柄が何か判らぬとは……そなた達には武器を扱い、人を護る資格等無い。」
厳しい言葉を吐く件の神へ、楽しそうな声が掛かる。
「リシェア、この者達の処分は如何する?
見た処、二度と武器は持てない様だが…。」
光の神の質問に便乗した、空の神の声も聞こえてくる。
「リシェからは、武器を失わさせる罰を与えられたようだが、俺達七神からも何か、罰を与えないとな。
神を愚弄した罰、その身を持って償って貰おう。」
心から楽しそうな二人の言葉に、リシェアオーガは振り向き、言葉を添える。
「…伯父上、武器を持て無くしたのは、私に剣を向けたからです。
私からの罰ではありません。私が望む罰は………そうですね…今此処で命を断つのは勿体無いので、一応、怪我は治しますが…武器を一生持てない様に施します。
無論、他の者の迷惑を掛けてはいけませんので、自分だけで生きて貰います。
これで如何ですか?」
彼の告げた言葉の意味を察した神々は、承諾の頷きをした。
自分だけで生きて行く…即ち、血族との離別と他人からの隔離。
姿形を変えられ、生き続けろと言われている事に、周りの者達も気が付く。
神々が与える罰でも重い物に当るこれを、目の前の新しい神は何気無く告げたのだ。リシェアオーガに反感を唱えた者達はこれを聞いて怯え、つい、ある言葉を口にしてしまった。
「御許しを…如何か、御慈悲を……。」
彼等から、許しを乞う声が聞こえたリシェアオーガは、再び彼等の方を向き、冷たい視線を浴びせ掛ける。
「そなた達は、その言葉を言った者達に何をした?
更なる危害を加え、その心を、命を、奪わなかったか?」
自分達のした事を何故か知っている目の前の神へ、驚きの視線を投げ掛ける。その様子を楽しそうに見る者がいた。
「馬っ鹿だね~、僕達がいるって事、忘れてるよ。
僕を始め、父様と僕の精霊達は何でも知ってるんだよ。風の情報収集を侮るなんて…ほんと、お馬鹿だね~。」
白い髪と虹色の瞳の少年からの声に、彼等は愕然とした。その追い打ちとばかりに、先程の緑の髪の青年からも声が上がる。
「知の神である我がいる事も、忘れて貰っては困る。
……ったく捨て駒ばかり寄越して、己の安泰を計るとは…一応、国としてだけは、正当な考えを持っている様だな。」
まだ怒りが鎮まっていない知の神の口調に、あの国の者達は震えあがり、神々に知られていた真実にも弁明が出来無くなったのだ。
周りの者達からも、蔑みの視線を浴びた彼等は、自らの命を断とうとしたが、それも果たせない。直ぐ傍居る戦の神からの、怒りの気配に体の自由を奪われたのだ。
「…そなた達の穢れた血で、このルシフを汚す事は許さぬ。
そなた達は我の作る結界の中で、罰が下るまで眠って貰う。」
そう言い終るとリシェアオーガは、彼等を結界の中に押し込め、空中で円となったその結界を己が輝石に閉じ込める。剣より少し大きいだけの青色の結晶を空に浮かべたまま、リシェアオーガは七神の許へ帰った。
そして、それを、祭りの邪魔にならない場所へ移動させ、放置した。