護りたい者達
「全く、バートに向かって、あんな事を言うなんて…バートは私の大切な友人兼、有能な部下なのに…。っとバート、ここだったんだね。
あれ?リュース様は兎も角、カーシェ様も一緒ですか?」
何時もの様に独り言で、文句を呟いているエーベルライアムの姿に、バルバトーアが苦笑をする。
国王らしくないその態度は、彼らしい物であり、咎めようにも無理な代物であった。
そんなエーベルライアムの呼び掛けに、リュースが答える。
「そうよ、カーシェの方が先に来て、私が後から来たのよ。
それはそうと…ライアム、ご苦労様。
あの様に警戒心が強い方々を相手するなんて、大変でしょう?
でも、それもあと少しで終わり。明日の生誕祭で、何もかも綺麗に片付く筈よ。
ね、リシェア、リーナ、カーシェ。」
名指しされた子供達は、真剣な顔で頷き、長子が口を開く。
「ライアム、彼等の戯言は今日までだよ。
祭りの後は、先程の様な遣り取りが出来無くなるからね。大丈夫、私達に任せておけば、何も心配は要らないよ。」
にっこりと、何かを秘めたような微笑を浮かべる長子・カーシェイクに、エーベルライアムも安心の微笑を返した。
何か策を施してある知の神の微笑は、誰が敵であるか明確に示している様でもあった。
そんな折、リュースの後ろから声が聞こえる。
「リシェア様。御忘れ物を…あ…失礼しました。」
後ろから掛った声に振り向くと、そこにはルシフの神官がいた。後ろで結わえられた銀の髪と、薄緑の瞳の若き神官。彼の姿に、リシェアオーガが声を掛ける。
「ヴァル、如何した?…?私が?何を忘れた?」
神官の名を親しげに呼び、微笑を添えて駆け寄る。
彼が差し出すのは、青い水晶のような結晶で出来た腕輪。それを見て更に微笑むリシェアオーガから、マレーリア王国の人々は目が逸らせなかった。
優しげで、慈悲に満ちた微笑…神々が気に入った者へ向ける、それ。彼のその表情を見て、ルシフの住民が気に入られている事を知り、更に新しい事実も知った。
「ヴァル…いや、ルシフ・ラルファ・ルシアラム・ヴァルトレア。
それは忘れ物では無く、そなたに贈った物だ。…気に入らなかったのか?」
「え?ウォーリス様の輝石では無いのですか?
…そう言えば、少し色が薄い様な…。」
神官の手の中にある石には、神の気配を感じる為、輝石とは判る。
だが、青い輝石は水の神の物以外、存在しない筈…。
手にしている装飾品の輝石を、何かを探る様にじっと見つめ、ある考えに至った若き神官・ヴァルトレアは、この事を告げる。
「もしかして、これは…リシェア様の輝石ですか?」
尋ねられたリシェアオーガは頷き、それをヴァルトレアの利き腕の反対…右腕に着けた。祝福の金環と同じ位置に着けられ、目を見張る神官へ、リシェアオーガは贈った理由を述べる。
「ヴァルは、ルシフの大神官補佐の一人…
故に、容易に祝福の金環を与えられない。だから、その代わりに感謝の意をも込めて、これを授ける。
……初めて創ったから、上手く出来ているか如何か、判らない。」
不安そうに、己の創った物を見る神へ、神官は微笑みながら答える。
「有難うございます。リシェア様。それに、そんな心配は無用です。
本当に、綺麗な細工ですよ…ルシム・ファリアルと…水の龍ですか?」
大神官補佐の言葉に、リシェアオーガは頷いた。
彼が渡された腕輪は、長龍がぐるりと一周して自分の尾に頭を乗せ、その傍に小さな花がちょこんと乗っている物。
龍が花を見つめて和んでいる様な、可愛らしい姿のそれに、周りの者達も癒されるような感覚を覚え、微笑んでいた。
「リシェアが熱心に作っていると思ったら…、ヴァルにあげる為だったんだね。
自分の装飾品より、先に創っていたから、如何するのかな?って思ったんだけど…納得したよ。」
実兄の言葉にリシェアオーガは答える。
「ヴァルへ一番に、送りたかったんだ。
本当はルシフの皆にあげたいんだけど、それは無理だから、代表でサニフとアス、ヴァルに作ったんだ。それと…エルトとハールに、例の物をあげたい。」
例の物と聞いて、何か判った神々は、祭りが終わってからと、念を押していた。
この遣り取りでエーベルライアム以下、マレーリア国の者達は、この少年神の護りたい者達が誰であるか悟った。
それは七神と同じ、このルシフの人々…リシェアオーガと言う強力な神の守護を得たこの国に、今後刃を向ける者達は災難だとも思った。
リシェアオーガの真意が判ったエーベルライアムは、明日以降の祭りの事を思い出し、彼へ尋ねた。
「そうだ!そう言えば、リシェア様は、祭りの屋台巡りをされるのかな?」
エーベルライアムの突然の質問に、リシェアオーガは驚いた。
そして、周りを見回し、
「暇があったらしたいとは、思ってるけど…出来ない可能性が高いかも…。
出来るのなら兄上達と、リーナ、父上と母上やライアム達と回りたい…。」
可愛らしい欲を言う神子に、エーベルライアムはその頭を撫でる。この序でとばかりに、思い掛け無い事を提案する。
「生誕祭の屋台だったら、夜もやってるよ。
良かったら、私と一緒に回らないかい?」
「陛下…それでしたら、私も御一緒しますよ。貴方に弟を預けると、大変な事になりそうですから。」
関入れず意見を言う、バルバートアにカーシェイクも便乗する。
「バートが一緒なら大丈夫だね。序でにべルアにも、護衛を頼んでも良いかな?」
長兄であるカーシェイクの言葉も加わり、エーベルライアムは苦笑した。
「そんなに私は……信用無いのかな?」
半ば投げ槍の様で、半ば気落ちしている様な彼の言葉に、リシェアオーガも苦笑しながら、真実を答える。
「兄上達は心配性なんだ。だから、フレィの騎士のべルアにも、護衛を頼むんだよ。」
尤もらしい返答を聞いて、エーベルライアムは納得し、その案を受け入れた。
エーベルライアムが提案したこの案が、生誕祭一日目の夜に実行された事は、言うまでも無い。