Thinker 3
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講義を終え、地下鉄の駅で電車を待っているところに、田原から連絡がきた。
「もしもし」
「おう、いまどこ?」
「帰るとこ。駅」
「よかったよかった。これから飲みなんだけどさ、正門前来いよ」
「……珍しいな」
オタクというものはえてしてそうだが、自分の趣味以外に金を使うのを嫌う。僕たちのサークルもその例に漏れず、話したいなら、学食か部室でだらだらと喋ればいいというスタンスのはずだ。わざわざ居酒屋で金を払って、飲みたくもない酒を飲むなんてことは、新歓の時期でしかまず行わない。
珍しい。
だからって行きたくはないが。
「悪い。今日は無理」
「なんでさ?」
理由がなくちゃ断っちゃいけないのかよ。面倒くさい。
「あー」
そう思いながらも、僕は律儀に。
「今日バイトだから」
誘いの断りにもっともよく使われるであろう嘘を、なんのひねりもなくひねり出して、逃げようとした。
だけれど。
「嘘付けw」
当然バレバレで。
「お前のスケジュールはだいたい知ってんだよ。バイトの日は月水金。……だろ?」
「気色悪いな。なんで覚えてんだよ」
「燃えるゴミの日と同じだからさ、覚えやすいの」
「て、わけで」田原は有無を言わさない口調で。「早く来いよ。文キャン正門前だからな」
「……待て」
どうにかして、帰りたい。
「実は金ない。だからバイトって言ったんだよ」
「おいおい水くさいって」ちっ。
「そんくれー貸す貸す」
いいやつだなこのクソヤローめ。
……降参か。僕はこの場で断るのを諦め、ちょっと顔出して、適当な理由で早めに帰る、そんなプランBに、内心作戦を変更した。
その時だった。
「サプライズにしたかったんだが、来てくれなきゃどうしようもないしな」
顔が見えるわけではないが、どこかニヤニヤと田原は言った。
「今日、実はな。新入部員が来るんだよ」
「ああそれで」
飲みなんて、珍しいことを。
「しかもな。聞いて驚け?」
「なんだよ」前置きうぜぇ。
どうせ大したことじゃないだろうに。
「女子だぜ女子ぃ。その新入部員。しかもロリ入ってて、相当可愛い。絶対お前の好みのタイプだよ。俺が断言するんだから、間違いないぜ」
「……」
ほーらやっぱり、たいしたことない。
というかだな。
「お前に俺の、なにがわかる」
「全部」田原は即答した。「わかるさ。俺心理学部だし」
「じゃ、今から向かうから」
「ケー。じゃ待……」
プツッ。
僕は強引に通話を切った。
聞き捨てならないほどに、心外だったから。
会話文に「w」を入れるか入れないか死ぬほど迷いましたw