第二章:その三
「おい」
俺がそう呼ぶと、席に座って真逆を向いている仏スマイルがこっちを向いた。そいつはハッとした表情で、
「あ、お早うございます。どうしたんですか?そんなに険しい表情をして」
三分の一はおまえのせいだ。さぁ、昨日のことについて洗いざらいゲロしてもらおうか。
「はて?昨日のことと言いますと?」
とぼけんな。
某は肩を竦めながら、
「冗談です。ここでは話し辛いですね。ちょうど先生が来たことですし、ホームルームが終わり次第場所を移動しましょう」
同時に白川が教卓の前に立ったため、俺はひとまず自分の席に戻った。
都合良くホームルームは早めに終わり、それと同時に俺は某とアイコンタクトをとった後、顎で方向を示し、教室を出た。
屋上前の踊場が良いでしょう、と言った某の意見に賛同し、階段を登りきった俺達の現在地は、予定通りの場所だ。
「昨日のことと言いますと、過去について、で宜しいのでしょうか?」
当然だ。
「ですが、教えるも何も、過去に行けると言うのは昨日実体験してもらいましたし、何を話せばいいものやら」
じゃぁこっちから聞いてやる。なんで俺を過去に連れて行ったんだ?あの行動の目的が俺にはドラ○もんの四次元ポケットの中にいくつの秘密道具が入ってるのか以上にさっぱり分からん。
「既に答えは言ったはずなんですが、仕方ありませんね。あなたはあの行動によって何がわかりましたか?」
質問に質問で返すな。
しかし、分かったことだと?突然T字路につれていかれて、学ランがまだ記憶に新しい昔の俺を拝んで、気付けば自分の部屋に居た、って分からない事だらけじゃねぇか。
「それを更に短くまとめてみて下さい」
過去に行って、何も分からず帰ってきた。
「ではあなたが分かった事は?」
だから何もわからな……あ。 某は答えは既に言ったと言った。俺らはまだ少ししか会話をしていない。となると答えになりそうな言葉は片手の指で足りるくらいしかなく、むしろ人差し指だけで足りる。
過去に行って戻ってきた。そこから仕入れた新しい知識と言えばなんだ?俺の脳細胞に蓄積されたことの無かった知識。それは、
「過去に…行けること」
俺がそう言うと某は笑みを一層深くして、
「そうです。そしてあなたにそのことを知って貰うこと、それこそがあの行動の目的です」
そう言うと某は、あたかも自分は言うべきことは言ったという感じの満足げな表情に変わり、その表情のままファッションショーのモデルよろしく、踵を返そうとしたがそうはいかないのが現実ってもんだ。
俺が引き返そうとする某の肩を掴むと、何とも怪訝そうな表情が振り返り、
「まだ何か?僕が知っていることは話したつもりですが」
何かありまくりだこの野郎。あの行動の目的が俺に過去に行けることを分からせるためだと?おかげでますます謎が深まったじゃねぇか。
じゃあその深まった謎が何なのかと言えば、俺にそんなことを分からせる、今度はその目的が分からなくなっちまったことであって、それが何なのかなんて毛一本程も検討がつきやしない。
某は片手を顎に置き、悩むような素振りを数秒見せ、
「それは…言うわけにはいきませんね」
俺は更に眉間に皺をよせる。
「いえ、僕の独断ではありません。上からそう言われてしまいまして。僕は一見普通に高校生のようですが、とある組織の一員でしてね。それも下っ端、端末と言った感じです。僕が独断で判断できるようになるのは……そうですね、少なくとも今ではありません」
某は口を閉じると右腕を肘から折り、手首の甲側についてる昨日俺に見せてきた憎きデジタル電波時計を見ると、片方の眉を上げてこちらを見て、
「そろそろ一時間目が始まるようです。早く戻らないと遅れてしまいますよ」
そう言うと某は一度口の両端を持ち上げ、さらに俺の耳を一瞥したあと、踵を返し階段を下りようとしたが、俺の目は今の某の瞳孔の動きを見逃しておらず、よって今頭の中にある三大難解事項の一つを思い出した。
「待て」
某の足がピタッと止まる。さっきの笑顔のまま、
「まだ、何かあるんですか?通学二日目最初の授業に遅刻するというのはできるだけ避けたい事柄なのですが」
某は笑顔なものの、少し眉尻が下がっていてどうやら困っているのは本当らしい。
俺は自分の耳、もとい耳についているなんちゃってピアスを指差し、
「これもおまえの仕業か?」
某は表情を変えず、
「何とも言えませんね。ただそれを外さない方がきっと身のためだ、とは忠告しておきます」
それもお前の上とやらの命令か?
「はい。でも後者には僕の意志も混じっています」
「どうい」
うことだ、と言おうとしたところで一時間目開始の鐘がなり始めた。
「おっと、鳴ってしまいましたね。急がないと」
本日三度目の踵返しを誰の邪魔、主に俺の邪魔なく成功させた某は、羅生門にて老婆に引剥を行って逃げ出した下人に負けないくらいのスピードで階段を駆け下りて行った。
老婆同様、まんまと某に逃げられちまったわけだ。まだ満足した答えは聞けてないのに、某が速すぎたせいで……。
いや、これは言い訳だな。俺が某を捕まえられなかったのは、決して奴の足が速すぎたからではなく、これ以上聞いても現段階では今以上の答えは得れないだろうと、話している最中の某の笑顔から少しずつ感じ取っていたからだ。
一端思考を止めるとちょうど鐘が鳴り終わったところだった。しまった。俺だって遅れるわけにはいかない。急がねば。
走り去った下人を追いかけるわけではないが、おそらく同じであろう目的地に向けて俺は地面を蹴った。
読んで下さった方、本当にありがとうございます。まだまだ小説の世界に足を踏み入れてから幼いもので、自分の文章力の無さにほとほと呆れかえる毎日です。月並み以下の小説かもしれませんが、次からも読んでくれるとありがたいです。評価していただけると、好評、悪評かまわずとびあがるほどうれしいです。よかったらお願いします。