第二章:その一
「……ん?あれ?俺…寝てたのか?って、じゃぁ、夢?何をしてたん…」
!!!??
俺はあまりに驚愕な出来事を現在進行形で体験してることに気がついた。
視界が90度回転してドアが下となり窓が上になっているのは俺が今、自分の部屋の寝慣れたベッドに寝ているからであり、驚くべき事項はそこではない。
問題は今にあるのではなく、今から少し遡ったところにある。いや、少し、という表現は間違ってるな。正確には二年前だ。その証拠たる物品は、現在壁に吊るされている高校入学直前に買った新品の鞄と、この部屋がちゃんと、俺が今日の朝出たときに見た部屋模様と一致しているという事実だ。
一対絶対何がどうなってやがる?俺の記憶は一番新しいところで、冷たいアスファルトに情けなく座っていた、ということであり、それ以降の記憶はいくら頭を抱え込んで悩んでみても一ミクロンも思い出せやしない。本当に何が起きた?
実は何が起きたわけでもなく、ただの夢オチでした、なんてのは空気が冷めるだけの冗談のようなものであり、よって俺にはまったく笑えなく、手についている小石が、ついさっきまで起こっていたことは現実だという何よりの証拠である。
ふと今の時間を確かめたくなり、去年の秋くらいに買ったデジタルの電波時計を探そうと部屋を見回そうとしたところで階段の下から声が聞こえた。
「進、ご飯ー」
どうやら時計を確認する必要は無くなったな。カーテンを閉めているせいで全くと言っていいほど気付かなかったが、外から小鳥の囀りが聞こえていることからも、今が朝だということは一目瞭然だというものだ。いや、一聞瞭然か?
とりあえず今はこんがらがった頭の中の糸を解くより先に、空っぽになりかけている胃に食い物を詰め込むことにしよう。
俺は部屋を出て右に曲がり、手すり付きUターン式連続降下小段差、ようには階段のことだ、を下り、朝から考え事をして目が覚めたとはいえまだ眠い目を擦りながら洗面器までゆっくりと歩き、鏡を見ずに顔を洗い、タオルで拭いた後、鏡を見た。
…ん?何か変だな。毎日見てる顔だ、微細な変化を感じ取ってもなんら不思議ではない。だが何が変なんだ?髪……うん、寝癖ばっちり。目……うん、やる気なし。鼻……うん、あとで鼻をかまなければ。耳……うん、ピアスっぽいのがついてるな。口……うん、どう表現していいかわからな…ちょっと待った。ピアス?ピアスなんか付けた覚えがない。
俺は鏡にグイッっと近寄り、耳についてるそれを目を凝らしてよく見た。なんで取って見ないのかといえば、もし本当にピアスだったら取ったら痛そうだからである。
だがどうやらピアスではなさそうだ。右耳についてるのは2ミリ程の銀色の半球状の物体であり、裏の平面の部分は弱い粘着性を帯びていて、それで付いていたようである。
「あら、それ何?」
突然耳元でしゃべられたら驚くなという方が無理である。引きながら右に振り向くとそこには、起きたばかりのはずなのにまったくと言っていいほど寝癖がついていないストレートの長めの黒髪をボリボリ掻きながら、眠そうな切れ長の目は開いてるのか開いてないのかいまいち不明で、形のいい鼻の下では、同じく形のいい口でそりゃもう台無しだろうと言いたくなるくらいの欠伸をしている、スラッとしたモデル体系…やっぱごぼう体系にしとこう、とにかく線の細い体つきの女が立っていた。
「もしかしてピアスなんかつけちゃってんの?おっしゃれぇ!」
違う。第一最初から間違えてるぞ。これはピアスですらなくて、もしかしたらもっとずっとやばいものかもしれん、なんてこと言えるわけがないのは暗黙の了解ってやつで、じゃぁ誰に了解取ったんだなんてことはきかないでくれよな。
俺は、目の前の目を弓にして俺の顔と人差し指に乗っけたハーフ銀玉を交互に見つめてきやがる脳天気スマイルから、逃げるように一歩下がりながら、
「ちげーよ、姉ぇ{ねぇ}。なんか朝起きたらついてた」
そう、何を隠そうこの脳天気ゴボウ人間は俺の姉だ。ほんとは隠したいことばっかりなのだが、どうせ後々バレるくらいなら勘違いされる前に自分からバラしちまえ、とこういうわけなのであって、自慢の姉だから紹介したいなんて考えはもとよりあるはずがなく、誰に紹介してんのかなんてことは竜宮城で踊る鯛やヒラメ並にどうでもいいことであるわけだからこれまた聞かないでくれよな。
このままこの謎のドーム型を姉に見せておくとなんだが盗られる気がしてきたので、とりあえずもう一度耳につけた。キャッチアンドリリース、釣った魚は元の場所にと同じ考えだ。少し違うか?
このとき俺はまだ随分と眠く、小型銀色おわん形をつけた耳から全身に体の表皮を何かが伝っていくのをうまく感じ取れなかった。
さて、グダグダしてる暇もない。スムーズに事をこなさなければ入学2日目にていきなり遅刻などという不良の代名詞的な行為をする破目になる。まずは朝飯を胃に押し込んで家を出てから快調に自転車を飛ばしつつこの直径2ミリ程の物体について考えることにしよう。
まさかこの謎の物体のおかげで命が助かるなんて、このころの俺が考え付くはずもなかった。