第一章:その三
世間一般で考えてみれば高校の入学式当日なんてのはこれから自分が通い続ける見慣れない校舎に新鮮味と期待と不安を覚えつつ無事何事もなくほっと一息ついて帰ってくるのが普通。と、まぁこんなところだろう。普通なら会ったばかりの他中の女子生徒と肩を並べて帰ってきたりその女子生徒がいきなりあたしは未来人とおしゃべりしたことがあるのよとは言ってきたりはしない。俺はどちらがいいかと聞かれたら普通の方がいいと流鏑馬で放たれた矢よりも早く答えるだろう。誰だってそう答えるに違いない。
だが俺が今日経験したことと言えば何だ?完全に後者じゃねぇか。
やばい、このままこの高校で生活していったらきっと後悔するような気がしてきた。
はぁ…過去に戻りてぇ。
「戻してさしあげましょうか?」
「……へ?」
情けない声をあげつつ振り返ると、そこにあったのはどっかで見た必殺納涼ハンサムスマイル。
えぇっと……どちら様でしたっけ?
「酷いですね、今日会ったばかりなのに。まぁ一日で人の名前を脳裏に焼き付けるのはさほど簡単なことではありませんし、もっとも、劇的な出会いもしくは強烈なインパクトのある登場でもしたのなら話は別ですが。残念ながら僕はあなたに竜さんの一方的親友としか見られてなかったためか劇的な出会い又は強烈なインパクトが無かったようですね。故にあなたは僕の名前を忘れてしまっている。ですが、ここまで言ったらいくらなんでも思い出すでしょう?」
あぁ。そういえばいたな、そんなやつ。教室に入ったあと竜の次に俺に話しかけてきた爽やかスポーツマン系超絶ハンサムスマイル君。うぅむ。笑顔が眩しいですなぁ。
「で、何の用だ?」
本当はバッチリ聞こえてた。だがまだ聞き間違えの可能性が…
「過去に戻して差し上げましょうか、と言ったつもりだったのですが」
なかったね。うん。
くそ、わざわざ露出しててしかも立て札まで建てられてる大型地雷にかかと落としを食らわせて底無しの後悔を味わうようなことをするんじゃなかった。実際に今俺は底無しの後悔を味わいながら思考回路がぶっ飛んで停止中だ。あ、今直った。
さて直ったところで考え直してみることにする。こいつは今確かに『過去に戻してやる』と言った。つまりあれか?タイムスリップさせてやるってことか?おぉー。それはうれしいね。一回やってみたかったんだよな。タイムスリップ。
ってアホか。どうしてこの高校にはこんなやつばっかり集まりやがる。さっきは未来人と話したことがある、で今度は過去に飛ばしてやる、だと?ふざけるのもいい加減にしやがれ。呆れるのを通り越してだんだんイライラしてきた。さっさと帰って寝よう。じゃないと俺の常識が染み込んだこの右拳がこいつか俺自身を殴ってしまいそうだ。
俺は身を翻してその場を去ろうとした。が、俺が歩き始めようと右足を踏み出したとき、
「帰ってもらっては困りますね。これは既定事項です。少なくとも僕らの時間ではね。なのでちょっと強引ではありますが」
俺は聞く耳を持とうとしなかった。帰ってもらあたりまでは聞いていたがあとは聞いていない。これ以上変態に付き合ってられ…あれ?
急に視界が歪む。立ちくらみの感覚に似てるが少し違う。暗くはならずただ見えてる世界がぐにゃりと曲がる。なんだ、なにが起きてる?
「…ぐっ、てめぇ何しやがった…」
足がガクガクいい始めた。吐き気もする。だめだ、立ってられない。
バタッと音を立てて俺はその場に倒れこんだ。
だんだん意識が遠のいて行く中、俺の耳に入ってきた最後の言葉はこうだった。
「すいません。少々苦しいと思いますが、我慢してください。では、いきますよ」
意識が飛んだ。ほんとにそうなのだろうか?意識が無かったら考えることは不可能なはすなのに、現に今俺には思考能力がある。
それにしても気持ち悪い。なんだこの浮遊感は。下りの角度89度のジェットコースターでどこまでも落ち続けてるような感覚だ。おえ、吐きそう。
俺は近くにビニール袋はないかと探していたが、浮遊感はいつまでも続いたわけではなくむしろ今思い返せばあれは一瞬のことだったような気もする。
俺の手は春だというのにまだ寒い夜の空気に晒され冷たくなっているアスファルトを掴んでいた。
「つきましたよ。これを見てください」
某は近所の赤ちゃんを優しそうな目で見守るおばさんのような表情のまま、俺に銀色に光る腕時計のデジタルの数字を俺に見せてきた。左上にあるアンテナのような模様、どうやら電波時計のようだ。俺の目に西暦と日付が写った。
ん?なんかおかしい。俺は目を擦ってもう一度綺麗に並ぶデジタル数字を見た。
「まじかよ…」
なんてこった。そこに当然のように並んでいる数字は確かにこうなっていた。
2004/4/9。
ちなみに今は2006年のはずだった。