表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

第五章:その五

 翌朝、いきなり来た脳内の響く“連絡”とやらで目が覚めた。

『あー、総員、聞こえているか?聞こえた者は『尊敬してます』と言え』

 消えて失くなれ。

『ん? おかしいな。確かに届いてるはずなんだが。おい(すず)、波長レベルを滅殺級まで上げ…』

 やだなー王様ったら。尊敬してるに決まってんじゃないっすかぁ。

『おぉ、どうやらちゃんと届いていたようだな。鈴、波長レベルはそのままで頼む、ってなんでそんなあらかじめ魔女が渡してくる林檎の正体が分かっているような目をするんだ。もっとにこやかにいけ、にこやかに』

 反面教師め。

『進君。何か場にそぐわないことが聞こえた気がするのだが気のせいだろうか』

 なんということだ。かなり小声で言ったはずなのに。

『その発言こそ小声で言うべきだがな。まぁ冗談はこの辺にして本題に入るぞ』

 おほん、と王様(仮)が咳をする。あ、いや、さっき王様と言って否定されなかったからもうそろそろ(仮)は外すか。

 とまぁそんなことを思いながら、自室のベッドをのそのそと這い出る。自室に留まらないのは、このまるで脳内にコンサートホールがあるんじゃないかと言いたくなるような響きが、実際のコンサートホールよりも防音対策がばっちりなため、特に周りを気にすることはないからだ。たぶんだが。

『昨日の件についてだが、なんと昨日の夜遅くにそれらしき物体を発見したと連絡が入った』

 早すぎだろう、と思いながら階段を下りる。

『今日手の空いてる者にはその捜索を行ってもらいたい。まだ確実な情報ではないため、手の空いてる者だけな。よって手の空いてる者は『愛しています』、空いていない者は『慕っています』と言え』

 ゲロ吐いて死ね。

『ははは。今他意の感じられる発言をした数名の者は、今度こちらに来たとき手厚く迎えてあげよう。全身から血を噴き出すほど喜べること間違いなしだ。期待しておけ』

 もう人生半ば諦めるつもりで居間に続く扉を開ける。目に入ってきた食卓に並ぶ皿を見る限りでは、今日の朝飯は納豆に白米に味噌汁といったところだろうか。

『まぁともかく、捜索地域は今私に無限の愛を誓ってくれた者のみに伝える。それ以外の者は連絡を切るのでそのつもりで。一度教えたことだが、何か発見したら一度頭で城のイメージを描いてから連絡しろ。ではまた』

 それっきり声がしなくなる。やっと聞くに堪えないドSヴォイスから離れられたということだ。嬉しいことこの上ない。

 俺は椅子に座り、納豆を手に取る。さて、朝飯を頂くとしよう。


「なんでてめぇも走ってんだよ!」

 んなもん遅刻するからに決まってるだろう。

「そうじゃねぇ! なんで並列して走ってんだって聞いてんだ!」

 そのまま返す。

「それは俺もてめぇも朝時計見忘れてて、気付いたときにはあぁやべぇってなってたからで…ってなんで俺が答えてんだよ!? 俺の質問だよ!?」

 ノリツッコミやってる暇あんならちょっと遠回りしてこいよ。いい運動になるぜ。

「もし遅れた場合に言い訳しづらいだろぉが! はっ、もういい。先いくぜ」

 言って谷川はスピードを上げる。負けてたまるか。

「ちっ、しぶてぇやつだ。だが俺の本気には勝てねぇぜ!」

 セリフが古い上に寒い、さらに臭いな。そんな言葉がほいそれと出てくるお前のチンケな脳みそに圧巻だ。

「ぶっ殺すぞ!? まぁいい、どっちにしろてめぇじゃ俺にはついてこれねぇ」

 なめるなよ。

「いいや無理だ。なぜなら…」

 谷川の周囲に風が巻く。っておい、まさか。

「なぜなら俺は狼だからだぁぁぁ!!」

 言ったときにはすでに体表は灰色の毛並みが覆っており、前に伸びた鼻と口、そしてそこから覗く牙が雄々しさと自信を物語っている。ってかほんとに変身しやがった。絶対アホだ。分かりきってたことだが。

「ははは! おっさきー!」

 させるかぁぁぁぁ!…………


 校門前。

「はぁ…はぁ…。へっ、やったぜ、まだ3分もありやがる」

 あぁ、非常に助かった。

 すでに人間の風貌に戻っていた谷川が心底驚いた風な顔で振り向く。目見開いて、口かっぴらいて、まるでアホの代名詞を見てる気分だ。いや、実際にそうだったな。

「うるせぇよ! ってかなんでてめぇがいるんだよ!?」

 理由なら説明したろう。非常に助かった。なんなら一文付け足すか? 運搬ご苦労様。

「てめぇ俺に掴まってやがったな! どうりで少し重いと思ったらそういうことか! くそ、てめえの涼しそうな顔がこの上なくムカつく。謝罪しやがれ、謝罪!」

 私、罪犯シテナイヨ。

「なんでいきなり片言なんだよ!? なんちゃって中国人かよ!?」

 イスラムの方で頼む。

「どうだっていいじゃねぇか!……ってもういねぇし!?」

 俺は足早に下駄箱に行き、下から上へと履き替える。いちいちアホの発言に付き合ってられるほど俺は暇じゃない。遅刻なんぞまっぴらご免だ。急がねば。


 結果的に言うと、俺も谷川も遅刻はせず何とか始業に間に合った。ただ俺よりも谷川の方が僅かに遅れを取っていて、俺が教室に入った直後に、階段を全力疾走で上ってきた谷川と横から現れた白川がヘッドヒッティングをかまし合い、二人して泡吹いて保健室に運ばれて行ったときには正直噴き出しそうになった。やや非道染みた行為である気がして堪えはしたが。

 その後一時間もすれば谷川はすっかり復活したらしく、皺を寄せた眉間にガーゼが付いているという滑稽な顔立ちで教室に入ってきた。どこからともなく小さな嘲笑が聞こえてきたのは言うまでもない。人によって見方はそれぞれだと思うが、俺の場合は突如開いた第三の眼が白め剥いてる状態か、剃っても剃っても生えてくる眉間の眉を隠すためという隠蔽作業のどちらかに見えたため、これまた噴き出しそうになった。というか噴いた。これだけ周りで嘲笑の小さな嵐が起きてるんだ。もはや誰だかはわかるまい。

 結局そのまま止んでは誰かが思い出し笑いで再び噴き出し、それにつられて全員クスクス笑い出すというなんちゃってエンドレスループが続く内に昼休みとなった。今日は授業が身に入ったやつはいたのだろうか。

「そんな総体的な心配するくらいなら少しでも授業に集中するべきだと思うわ。何事も始めが肝心なのは昔から言い伝えられてきたことだしね」

 なんだか懐かしい声がすぐ目の前、頭上から降ってくる。いや、実際に声を聞いていないのはたったの一日なのだが、それを何故だか懐かしいと思ったのは、まぁ世間一般でよくあることにしておこう。

 何かに妥協した俺は顔を上げる。するとそこにはやはり予想通り瑠璃がいた。腕組み仁王立ちというこの姿勢は、もはやそのポーズだけでこいつだと言えるような、言わばこいつの代名詞のようなものにまで成り上がっているやもしれん。

「何をぶつぶつ言ってんのよ。それより面白い噂を耳にしたんだけど」

 瑠璃は何やら試すような騙すような笑みを浮かべる。その人を嘲笑うかのような口端を歪めただけの表情はなんだかメドゥーサを思わせる。と、そんなことはどうでもよくて、

「今なんか軽くひどいことを言われたまま流されたような気がするんだけど」

 気のせいだ。それよりもう平気なのか?

 瑠璃はふぅ、と溜息を吐き、

「あぁ、ただの風邪だわ。へーきへーき」

 と言う口元は皮肉ったような笑みを浮かべているものの、どこかぎこちない感じがある。本当に風邪だったのか?

「だからそう言ってるじゃない。風邪は風邪であって風邪でしかない風邪なの。分かった?」

 さっぱり分からんからもう一度聞かせてくれ。本当に、風邪だったのか?

「……だからそう言ってるじゃない」

 やっぱりな。

 三度目の正直という諺があるように、今の三回目の質問に対し、瑠璃は露骨に表情を暗くした。これが一昨日のことを暗示する以外何であるというのか。やはり結構なダメージがあったようだ。

 瑠璃は顔を俯かせたまま唇を軽く噛んでいる。そういえばあの日の帰りの電車で瑠璃は俺に何かを言おうとしてたがあれは何だったのであろうか。

「そんなことよりも噂よ、噂!」

 急に顔を上げた瑠璃によって俺の疑問はあっさりと回避されてしまった。まぁ俺だって人の嫌がることに無理矢理干渉しようなど、そんな王様レベルのSっ気を所持しているわけではない。それにこの件に関しては、きっと瑠璃が話す決心がついたら話してくれるだろう、と勝手に思いこんでる所存である。

 さて、話を戻すとして、その噂とは?

「これは朝、登校途中に偶然にもはっきり耳に入っちゃった男子生徒二人が話してた内容なんだけど」

 長い前置きはいいから本題に移れ。

「うるさいわね。ちょっと緊迫感を出そうとしただけじゃない」

 そう言って瑠璃はぶすっとした表情になる。どうやら逆鱗に吐息を掠らせてしまったらしい。分かった分かった、それで?

「ふん。気乗りしなくなったけど仕方ないから話してあげるわ。広まるからこそ噂であるわけだし。で、そいつらの話によると、そいつらはどうやら昨日の放課後、学校に忘れ物をしたからって男二人で教室まで、その忘れ物とやらを取りに来たらしいのよ。全く、まだ夕方な上に男だっていうのに一人で学校に来ることもできないなんて、チキンにも程があるわ」

 ……まてまて、よもやそれが本題って言うんじゃないだろうな。

「あんた馬鹿じゃないの?今のは噂も何も事実じゃない。チキン二人が学校の忘れ物を取りに来た。たったこれだけのことだわ。そんなのクラスの新聞係だって記事にしようと思わないわ。問題はその後にあるのよ」

 その後、か。確かこの話の時間帯は放課後。昨日の放課後……いや、まさかな。

「そいつらは何事もなく忘れ物を教室から奪取すると、そのまま特に寄り道をすることもなく学校を出ようとしたんだけど、遂に来たわ。ここで問題発生よ」

 瑠璃の瞳の奥が、田圃に浮かぶ火の玉よろしく不気味に光る。よくない前触れであることは間違いない。間違いないのだが、いやいやまさか。

「そいつらは見てしまったのよ」

 ごくり、と何かを飲む音が自分の喉から響く。

「─────人間の胸座(むなぐら)掴んで今にも襲おうとしてる狼男をね」

 瞬間、俺は目の前が真っ白になるのを感じた。だが、少し後ろにふらっといきそうになったところで何とか踏みとどまる。そうだ、ここで倒れてどうする。過度な反応を示せば自分が当事者だと言っているようなものだ。あれは、特にこいつには知られてはいけない。理由はないが、動物的直感というやつだろうか。

「しかもそのあとすぐに、狼男も人間もパッて消えていなくなっちゃったらしいわ。進、これは事件よ。もう調べるしか道は残さ」

 待て。

「何よ?」

 瑠璃は眉根を寄せ、(あからさま)に嫌そうな顔をする。さて、つい焦って、待てなどと言ってしまったが、別段良い考えがあるわけではない。どうすべきか。とりあえずこのままその非現実的な真実の噂をただの噂にしなければ。

「調べるも何も、そんなのがいたかどうかお前ははっきりと確認したわけではないんだろ?それに狼男を発見したっていうやつらの会話だって信憑性に乏しい。疲労、視力、光彩、見間違える理由なんてたくさんあるだろ。また、億万歩譲って仮にいたとしても、その狼男はお前の前には生涯現れないだろうよ。確率の問題だ。つまり、いずれにせよ調べるだけ無駄だということだ」

 正確には、調べられては困る、だがな。

「あんたの説教は聞き飽きたわ。もういい、一人で調べるから」

 そう言うと瑠璃は頭の上から蒸気をぷんすか出しているかのような歩き方で席に戻っていった。できれば調べて欲しくないのだが、奴にそれを言えば言うほど逆効果なのは今再確認させられたことであり、これ以上刺激せずに狼男さんを見つけてくれないのを願うばかりである。

 さて、余計な心配事が増えてしまったが、そうそうそればかりを気にしているわけにもいかない。何故かと言えば、丁度今俺の腹の中で名前がいまいちはっきりしないことで有名な腹の虫が鳴いたからだ。

 戦いなどする気はないが、腹が減っては戦はできないものらしいので、まずは弁当にありつくことにしよう。

評価・感想・メッセージお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ