第五章:その一
東口前だと言っていたのに、駅の改札口手前の通路に仁王立ちで腕組みしてるやつがいた。
その状態だけでもそいつが夢矢瑠璃だということはわかるのだが、より確実に本人だと確かめるために遠目に顔を見れば、なんとまぁ眉間に皺寄せご立腹のご容態である。駅の時計を見ればまだ10時5分前であり、それが俺の努力を証明していることも含めて、何故あいつは怒ってなどいるのだろうか。俺は間に合ってるじゃないか。
瑠璃は汗を垂らしながら近づいてくる俺に……ってこれじゃまるで変質者だな。まぁとにかくその視線をこちらに向けると、一度目を大きくしすぐにキッと睨んできた。俺が一体何をした。
瑠璃と残り約一歩の距離まで近づくと、今度は瑠璃が一歩を踏み出してきていきなり俺の胸座を掴んできやがり、顔をぐっと近づけると、
「おそい!」
くっ、一瞬期待してしまった俺の胸の高鳴りを返せ。第一遅いってどういうことだ。まだ集合時間まで5分もあるじゃないか。
「あんたばかじゃないの? 普通休日に集合っていったら15分前行動が基本でしょ? それをあんたは10分もオーバーしてるのよ? 10分よ10分?ちょっと一汗掻いてお風呂でさっぱりするぐらいの時間を私は待たされたのよ? あぁ時間が勿体無いったらありゃしない」
どこの屁理屈世界の常識かは知らんが、生憎この世界この国この世代では、間に合えばいいもしくは2〜3分超えてしまっても融通がきくのが一般常識だ。それに10分ではそんな健康生活の一環のようなことはなかなか行えないぞ。
「うっさいわね。あんたこそ屁理屈世界の住人じゃないの。と・に・か・く! 遅れたからには罰則を与えないといけないわね。そうね……うん、よし、あんた今日私に何か奢りなさい」
黙れ屁理屈世界の女王様。何が『と・に・か・く』だ、何が罰則だ。何故俺がお前に何かも知れないようなものを奢らねばならんのだ。断固拒否するぞ。
「あんたに拒否権はないの。それ以上講義すると罰則に追加条文するわよ?」
ふざけ……、
「はい奢るもの一品追加ー」
くっ……!
「分かったならもう行くわよ。切符は買っておいたから金銭を遣しなさい」
はぁ。自然と溜息が出る。で、いくらだ?
「4万」
ふざけるな!!
時々揺れる車体の中。小さい頃はよく、何故進行方向と逆の向きに身体が持っていかれないのかと疑問に思ったものだが、それも今では慣性の法則というたった5文字で片付けられてししまう。現在電車の中に俺と瑠璃はいた。
「はぁぁ……」
それにしてもさっきの駅でのことは失態だった。どうやらあの4万というのは冗談だったらしいのだが、こいつの場合それを本気で言ってる可能性の方が高く、実際あのときの俺もそう思ってしまったが故に叫んでしまったのが運の尽き。何の運が尽きたのかは知らんが、丁度あのときすぐ隣を赤ん坊乗せた乳母車曳く若女房が通りすぎ、俺の叫び声が引鉄に案の定赤ん坊が泣き出してしまい、泣き叫ぶ赤ん坊をあやす母親に何度も謝る破目になった。しかもそのせいで当初乗る予定だった電車に乗り遅れてしまい、瑠璃によるさらなる追加条文で奢る品が遂に3品になってしまった。あぁ、俺の財布が痩せていく。
憐れみの眼差しを向けていた痩せる予定ができてしまった財布から目を離し、流れていく外の風景を見る。瑠璃によればこれから行くのは隣町らしい。何故隣町なのかと訊いたところ、
「自分達の町だったらとっくのとうに気付いてるはずでしょ。だからまずは隣町から調べるのよ」
とのことらしい。なんだか灯台下暗しな気がしなくもないが、ここでどっかのついさっきまで一緒にいたニコニコ顔は思い出したくないのが本音なため、俺は再び外の景色に思いを馳せた。
ふと瑠璃に視線を向けると、なんとも詰まらなそうな表情で俺と同じように外を眺めていた。
アナウンスが隣町の名を告げると俺と瑠璃は電車を降り、人もそこそこプラットホームを抜け、階段を上り改札を潜り、そして駅を出た。
「よし、じゃぁ行くわよ」
行くってどこに?
「適当に決まってるじゃないの。どこにいるかわからないからこそ未来人なのよ」
なんだその定義は。それじゃただの神出鬼没マンだ。
「何意味分からないこと言ってんの。いいから付いて来なさい。まずはあのあたりから行くわ」
そういって瑠璃が指した方を見ると、その先には大通りがあった。というか本当にまったく計画無しなのかよ。あぁ、先が思いやられる。
「何ぼさっとしてんの。そんなんじゃ今日一日で回りきれないわよ」
気付けば瑠璃はすでにそっちに向かっていた。このあたり全部見て回るつもりなのか、と肩を落としながら瑠璃に追いつき、そして肩を並べて歩き始めた。
当然未来人なんてものは見つかるわけがなく、あっちこっち探して体力的に限界を感じつつあった俺は、走り回る瑠璃に休憩を申し出たのだが、なんとそれが受理されたのは必死に交渉したり時々ぼそっと言ってみたりしながら一時間程経ったあとであり、その間も走り続けていた瑠璃はなぜか疲れを全く見せず、
「そうね、そろそろお腹も空いてきたことだし、昼食にするのも悪くないかもね」
なんていって今度はどこか食べるところを探し始めた。
結局、駅の近くにあった喫茶店で昼食をとることとなり、窓儀のテーブルにつくや否や俺は椅子にぐったりと身を委ねた。瑠璃は頬杖をつきながら、
「情けないわねぇ。あんた何も運動してないでしょ。中肉中背の身体とその体力の無さが物語ってるわ」
なんて可哀想なものを見る目で言ってきやがる。ちっ、誰が可哀想なものだこんちくしょう。確かに体力がないのは認めるが、あれだけの時間歩いたり走ったりしてればたとえ陸上部の奴だって少しは疲れるだろうよ。まったく疲れを見せてないお前が異常なだけだ。
「い、異常……。わ、私は全然普通よ! もうこれ以上ないくらい普通!」
おや? なんだろうか。瑠璃は異常と言う言葉に急に動揺しだした。こいつの性格からしてそんなことは言われなれてるだろうに、一体どうしたものであろうか。
それっきり瑠璃は無言になってしまい、また俺もどうやって話を持ちかけていいものか分からず、結局その沈黙は注文した料理が運ばれてくるまで続いた。
「はむっ……。ん、やっぱりおいしいわ、ここのナポリタン」
瑠璃は食べ慣れた感じでほいほいとナポリタンを巻いたフォークを口へと運んでいく。ここにはよく来るのだろうか。
「ほむっ……。中学のときに歩いてたら偶然見つけてね。それ以来わりと頻繁に来るわ」
言い終わると瑠璃はまたナポリタンを口に運んでいく。本当においしそうに食っているのだが、俺も同じものを食べているはずなのに何故だか食欲があまり湧かない。それもそのはず、今瑠璃が食べているナポリタンこそ、罰則第一条奢りその一であり、その予想以上の値段の高さに疲れが五倍増しになったからである。うぅ、なんだかしょっぱい気がする。
「あんた何泣いてんのよ。そんなに金が惜しいならバイトでもすりゃいいじゃない」
そんな学校の校則を完全無視した発言をするやつが手に持ちストロー銜えて吸っているのは、今度は罰則第一条その二の“トロピカルマンゴーバナナシェイクEX”である。EXってなんだよ! と突っ込みなるところだが、その金額を見た途端俺は白めを剥いて口から泡を噴きかけた。この店は俺と俺の財布に対して風当たりが強い。
しかも困ったことに罰則はまだ第一条その三が残っている。次はどんな高額商品が飛び出すのかと冷や汗一筋待ち構えていると、瑠璃が店内の中央付近に視線を移した途端いきなり立ち上がり、
「……トイレ行ってくるわ」
と言い残しそそくさと化粧室の看板の方へ。それだけのためなのにあんな緊迫した言い方は一体どうしたのだろうかと疑問に思っていると、
「進君だったよね?」
と声がしたもんだから誰かと思い、声のした向かいの席に顔を戻せばどっかで見たことがあるようなないようなといったところの人物がいた。
「私同じクラスの森下真紀。進君と話すのは初めてだね。どうぞよろしく」
どうもさっぱりした性格らしい。それはその一言一言きっぱり言う話し方からも容易に推測できる。俺は彼女と軽く握手を交わした。
「で、早速なんだけど、彼女、どう?普通に会話できてる?無視したり、冷たかったり、暗い雰囲気になったりしてない?」
突然そんなことを聞かれても正直困る。少なくとも無視は今のところないが、あとの二つは微妙に掠っているようなそうじゃないような際どいところだ。
「そう。じゃぁ彼女は楽しそうにしてた?」
あぁ、それなら自信持っていえる。走り回って俺の腕を引っ張っているときのあいつの笑顔は偽者ではないだろうからな。楽しそうにしてたさ。
「へぇ。じゃぁやっぱりもう大丈夫になったのかな……」
そういって森下は考えるような素振りを見せる。一体何が大丈夫になったのだろうか。瑠璃は何か問題を抱えているのか? というか君は瑠璃とどういった繋がりが?
「小中と幼馴染みたいなものね。問題っていうのが正しいのかは分からないんだけど、一応そういうのがあるのよ彼女は」
その問題ってのは?人には話せないようなことなら別に話さなくてもいいけど。
「いやいや、全然話せないようなことじゃないけど、でもこれ聞いたら進君は少し驚くかもしれないよ」
驚く?
「うん。きっと驚く」
俺が瑠璃に関して驚くこと、一体なんであろうか。非常に気になる。話してくれないか?
「分かった。実は彼女ね、高校入って進君と話すまでは誰とも口聞くような人じゃなかったの」
あの天真爛漫そうなあいつが?
「うん。小学校5年生くらいだったかな。彼女、それまでは今の進君が知っているような性格だったんだけど、夏休みが終わってちょっと経ったくらいから急に不登校になっちゃってね。6年生になったらまた学校に来るようにはなったんだけど、以前とは比べ物にならないくらい別人な性格になってたのよ」
さっき言ってたようなネガティブそうなやつか?
「うん。私達が以前のように話しかけても『うるさい』『あっち行って』『私と関わらないで』の三本通し。昼休みになるといつもどこかへ逃げるように教室から出てっちゃうし、ほんとどうしたんだろうと思って、私もクラスの皆もあれこれ手は尽くしたんだけどやっぱりだめでさ。彼女の親にまで理由を聞きに行ったんだけど親すら分からないって言うし、もう打つ手がなくなってからは次第に皆諦めていっちゃったんだ。それに、決定的だったのが呪い魔女事件」
呪い魔女事件?
「うん。あんまりにも彼女が何も答えてくれないもんだからクラスメートの女子が一人キレちゃってさ。彼女のこと殴っちゃったのよ。そしたら彼女、その女子のこと睨んで『関わらないでよ!』って叫んで、そしたらその瞬間殴った女子が全身痙攣し出して倒れちゃってさ。倒れた女子の横で彼女、『私に関わると……死ぬわよ』って」
それで呪い魔女か……。
「もう私もどうにもできないと思ったし、それにあんなの偶然に決まってると思いながらもあの娘の二の舞になるのは嫌だったしね。彼女には触れないことにしたまま月日は過ぎていったんだけど、そんなときに現れたのが」
俺ってわけか。
「そそ。で、こっから先は誤んなきゃいけないことなんだけど、どうしても気になっちゃってちょっと二人を尾行してたの。で、見てるかぎりではもう大丈夫そうなのかなぁなんて思ったわけ」
まぁそこまで理由を聞いたら怒る気も起きないさ。
「ありがとう。で、今それを確かめるために丁度彼女がいなくなったところで聞いたってわけ。もう一度聞くけど彼女本当に楽しそうだった?」
「進」
森下の質問に答えようと口を開きかけたところで突然名を呼ばれる。声のした方に振り向けばそこにいるのは無表情の瑠璃だった。
「進」
瑠璃はもう一度俺の名を呼ぶと俺の腕を掴んで歩き出す。俺は一度森下の方を見た。すると森下は意を決したように頷き、
「あ、あの、瑠璃?その、尾行してたのはあやま……」
瑠璃はいきなり立ち止まる。そして進行方向に顔を向けたまま単調にこう告げた。
「うるさい」
いつもと明らかに違うトーンの声に俺は何も言えなくなる。なんだなんだ、もう大丈夫になったはずじゃなかったのか。
瑠璃はそれだけ告げるとまた歩きだした。腕を掴まれているため、俺も自動的に歩かざるを得ない。森下の方を見ると、彼女が何かを言おうか言わまいか躊躇しているのが明らかに分かる。
結局森下の声を聞くことなく、瑠璃と腕を掴まれた俺は喫茶店を出た。出たところで瑠璃は俺の手を離すと、いつもより歩調やや速めで歩き始める。向かう先にあるのは駅だった。
「瑠璃……」
「…………」
俺が声を掛けても瑠璃が返事をすることはなく、俺たちは微妙な距離を開けたまま駅へと向かった。
「瑠璃……」
俺が独り言として呟いた声にも、瑠璃が反応することはなかった。
読んで下さっている読者の皆様。誠にありがとうございます。突然ですが宣伝です。新しい短編小説を書きました。題名は「幸災の天秤」というもので、幸いと災いの均衡とその崩壊をテーマにして書いた5000文字弱の小説です。まだ読んでいないという方は是非読んでみてください。できれば評価なんかくれたりするともうむちゃくちゃうれしいです。では評価・感想・メッセージお待ちしております。