第一章:その一
清々しい春の陽気も今の俺の気持ちと比べちまえば、俺の気持ち>春の陽気と言った感じだろうか。かと言って決して俺の心がオーストラリアのグレートバリアリーフなみの青々しさをほこっているわけではなく、むしろその真逆であり、暗澹たる気分の中、今日はこの高校の入学式である。
なんでそんなに暗いのかって?そりゃあとりわけやりたいスポーツがあるわけでもなく、ある学問が逸脱してできるわけでもなく、特殊能力や不思議な力を持ってるわけでもないのに、さぁこれから高校生活エンジョイしてやるかなんて気持ちは40分割したミジンコレベルの大きさ程もでてきやしないからだ。
長々と続く校長の催眠音波を右の耳から左の耳へと聞き流したあと、どうでもいい各クラスの担任紹介などがあり、すっかり夢の国の住人になっていた俺が中学時代の友達に肩を叩かれ起こされたときには、すでに体育館少数民族となっていた。
昇降口に貼ってあったクラス分けの紙を見たところ、俺はどうやらA組のようだった。まだ眠気眼の俺は体育館を出て渡り廊下をとぼとぼ歩き階段を四階まで体を火照らせながら上り、多少疲れ気味のままA組へと入っていった。
教室に入ってもクラスの視線が集まるなんてスター的またはイジメの対象的現象が起きるわけもなく、クラスのやつらはそれぞれ適当にグループを組んでワイワイガヤガヤやっていた。
「おせーぞ進!」
そう聞こえた方に目をやってみると、そこには小学校からの腐れ縁のアホ面が片手を上に挙げて手首から先で手招きしている。無視するのも可哀想なので(というのは冗談で声をかけてくれるやつがいて少し安心して)しかたなくそいつのいるグループに足を運んだ。
俺がそいつの前で足を止めると、そいつは難しそうな顔で、
「今まで何やってたんだ?はっ!まさか入学早々ナンパしてたのか?」
勝手な妄想は止めてほしい。俺は断じてそんな軽い男ではない。
「んなわけあるか。」
それもそうだなと言わんばかりにそいつはゲラゲラ笑いながら頷いた。一体何がそんなに面白い。
「まあまあ、そんなことより見ろ!新しい親友だ!」
そいつは横にいるやつに人差し指を向けた。というか会った当日に親友っておまえには一体何人の親友がいるんだ?よもや一方的な親友じゃないだろうな。もしそうならさっさと離してやれ、きっと迷惑がってるぞ。
「なにをっ!?こいつは今さっき意気投合した正真正銘の親友だ!」
まあそうカッカするな。一歩踏み出した足を引っ込めろ、顔が近い。握り拳も降ろせ。
「そうですよ落ち着いてください竜さん。進さん…でしたっけ?初めまして。某一樹です。以後お見知りおきを」
どこのセレブの坊ちゃんだみたいな話し方と超爽やかスマイルが何とも言えない絶妙マッチを繰り広げながら握手を求めてきたこいつが竜の新しい一方的親友か。うん。どうやらおれの見解は間違っていなかったようだ。だがまだ疑問が残る。
「そいつらは?」
某が竜の新しい一方的親友なのはよく分かった。だが、某の隣にいるあと二人は一体誰だ?まさかかつあげの最中だとは言わせないからな。
「違いますよ。彼らは僕の友達で今竜さんに紹介してたところです。そうだ、進さんにも紹介しますね。」
そう言って某は左に立ってるメガネくんを紹介してきた。どこか気品のある感じだが、なんせメガネがメガネだ。黒ぶちの幅広メガネのせいで気品40パーセントオフだな。
「彼は僕と同じ学校だった張祐樹くんです。」
メガネくんはメガネの真ん中を中指でくいっとあげてから、
「張だ」
それだけ言うとまたメガネくんはメガネを中指でくいっとあげた。一体一日で何回やるのか数えてみたいものだ。もしかしたらサッカーボールのリフティング世界記録をゆうに超えるかもしれない。いや、そんなことよりも、
「張ってことは中国人か?」
メガネくんはまたメガネの(以下略)あげてなぜか口元をニヤッとさせて、
「ハーフだ」
その一言。何をそんなに誇らしげに言うのかはこの際100歩譲って置いておくことにしよう。某はメガネくんが言い終わったのを見るとニコッと爽快スマイルを張にあびせるが張はまったく見向きもせず、少々がっかり気味になったようがすぐはっと我に返ったかのようにそのとなりを指差して、
「え、えっと、気を取り直して。彼は僕や張とは違う学校なんですが、部活や塾で同じだった谷川昇くんです。」
ほほう。谷や川を登るのか、親はなかなか笑いのセンスを持っているようだななどとは絶対いえるわけもなく、ただ必死に笑いをこらえる他人のペットに対して『ガッツ石松に似てますね』と言う位失礼な俺。
「ちっす。谷川、よろしく。勉強できねぇけど体力なら自信あるぜ」
なるほどその体力は谷や川を登ってるうちに鍛えられたわけかなどとも言えるわけがなく、二度目の口内爆発危機。客観的にいうがほんと失礼なやつだな俺。
その後すぐに担任の白川が入ってきて、全員がささっと席につき今頃になって何緊張してんだこいつらはみたいなことを考えつつも白川の自己紹介を終え、自分たちの自己紹介も無事終え、そのまま今日はとくにやることもなしに帰りということになり、俺が配られたプリントなどを鞄にしまい込んでいると、
「ちょっと」
突然肩をつつかれ低めの女子ボイス。何事かと思い後ろを振り返ると、
「あんた、名前は?」
髪は肩まで程の長さの黒髪、妙に目を輝かしたえらい美人がそこにいた。
「さっき自己紹介したろう。聞いてなかったのか?」
おそらく聞いてなかったのだろう。あんなの聞いてるやつのほうが少ない。
「あんなの聞くはずないでしょ。それより名前は?」
はぁとため息をつきながら言ったそいつはまた俺のことを睨んできた。
「まぁまて。まずこういうときは自分から名乗るものだろう。」
そう、それが常識だ。まずはそっちから名乗ってもらおうじゃないか。
「じれったいわねぇ。」
なにがだ。
「私は夢矢。夢矢瑠璃。さ、次はあんたよ」
はっきり言って偶然のはずだ。それでも俺はこいつに出会っちまった。
あとから俺はこの学校に入ったことを後悔するようになる。なんでこいつに出会っちまったのかと。