第四章:その五
ところどころひび割れがあったり、段差があったりするような田圃を突っ切るアスファルトの上なのにも関わらず、バイクが高性能なのか、先ほどガラ空き一般道を高速で走っていたときよりもさらに高速で、なのに振動はあまりなく、すでに見えなくなってしまっているグレーのワゴンを追っていると、直線の田圃道、という風景は、あの男の子がもしグレーのワゴンの中で目を覚ましたらどうなるのだろうか、という仮定を立てているうちにどこかに行ってしまい、気付けばあたりは木がたくさん。しかも曲線ばかりの上りの坂道と来れば、これはもう山道ということで間違いない。
木々のトンネルを潜り抜けながら、まるでトトロのネコバスに乗ったかのような気分を味わいつつ、前に座る某を見ると、前を向いているため表情は確認できないが、それでも十分分かるほど、前進することに必死なようだ。なんだかピリピリした感覚がやつの背中から伝わってくるのは、風で肌が痛いことによる気のせいではないだろう。
横を過ぎる木の形がよく分からないほどのスピードで、車体を右に傾け左に傾け、まるでレースゲームでやり慣れたコースを走るように走っていると、しばらくしたところで急に木々が無くなり、傾斜も無くなった平地に出た。
某はドリフトをかけながら前に進もうとするバイクを停止させたのだが、これまた慣性の力、止まった瞬間掴んでいたサドルから謎の力(慣性の力)で手が引き離され、俺の体は進行方向にすっ飛んだ。そして、
「ぐえっ!?」
なんて声を上げてしまったのは不覚だが、うつ伏せの状態で地面に衝突、さらには数十センチほど砂煙を上げながら滑走したのだから、マークシートできちんと塗ろうとしたら枠から少しはみ出てしまったくらいに仕方のないものだと思ってほしい。それにしてもヘルメットを被っていてよかった。
今の某に文句を言って、果たして返事は返ってくるのだろうか、などと考えつつ俺の発射点を振り返ると、ヘルメットを外した某が俺を……ではなく、俺を挟んださらに向こう側をじっと見つめていた。俺のことは無視かコンチクショウ。
少しは怪我の心配(俺の)とかしやがれ、などと軽く憤怒しながら某の目線の先を見ると、積まれた石灰の袋、一面トタン板の壁、数十メートルの横幅、見たことがあるような気がする建物だと思い、少し考えてみれば、
「工場か」
と結論に行き着くことができた。
とりあえず、寝ているのはどうかと思い、体を起こし、膝立ち状態になると、右横から手が伸びてきた。
答えはだいたい出つつも誰だろうかと思い、手の持ち主を見れば、それはやっぱり真剣顔の某だったため、俺は遠慮せずにその手を握り、自分の体を持ち上げ、しっかりと二足で地面に立った。
いつまでも手を繋いでいるのはいくらなんでも気持ち悪いと思い、手を離そうとしたのだが、何やら掌の中央に違和感がある。BB弾が押し付けられてるような、そんな感覚だ。
掌を上向きにした状態で手を離し、それは何かと確認してみれば、そこにあるのは銀色の直径2ミリほどの半球である。見覚えがある、どころの騒ぎじゃない。実際に見につけ、巨大マントヒヒと闘ったことは、記憶喪失にでもならない限り、忘れられそうにないからな。
このタイミングでこれを俺に渡す理由など、簡単に想像がつく。それくらい危険度が高い相手という事だ。おお、なんかこの思考、まるで正義の組織のエージェントみたいだ。
いよいよ決戦が近い、などとベタな正義のヒーローのようなことを考えながら、これからどうすべきかを某に聞こうと、俺は顔を右に向けた。某はやはり真剣な表情で、一言、
「ここから先はあなた一人で行ってもらいます」
……は?ってはぁ!?おいおい、ちょっと待て、そうは問屋が卸さねぇ!どう考えてもここからが一番重要なところだろ!ドラマや映画で言えばクライマックスだ!なのに主戦力がいかないとは、どんなB級ドラマやへっぽこ映画だろうがありえない話だぞ!
「話せば長くなります。訳あって僕はこの先に行くことが許されません」
それにしたって、おまえが行かなくてどうやってあの男の子を奪還しろと?
「これを使ってください」
そういって某はどこから出したのか、40〜50センチほどの楕円形の筒状の物を俺に手渡してきた。7:3くらいのところに切れ目があることに気付き、なんだろうかと思い、両側を掴んで左右に引っ張ってみると、3の割合の方にくっ付いてきたそれは、随分傾いてきた陽光が反射して眩しい、研ぎ澄まされた刀身である。
「脇差です。相手は殺しても構いません。銀色半球とそれで問題はないでしょう」
本当に問題はないのであろうか、いささか心配なところがある。まだこの銀色半球を使ったのはたった一回きりであり、その性能はよく分かっていない。体が勝手に動く、ということは分かっているのだが。
「今回はマニュアル設定にしてあります。勝手には動きません」
それじゃぁどう闘えばいいって、
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!???」
まだしゃべり途中だったというのに、突如背後に立つ工場の内部から叫び声が聞こえた。声の高さからして、おそらく連れ去られた男の子のものであろう。一体何があったのであろうか。
視線を工場から某に戻すと、某は眉間に皺をよせ、口元を歪ませ、歯が砕けるんじゃないかというくらい、歯を強くかみ締めていた。
「急いで下さい。まだ手遅れというわけではありません」
そういって某は顔を左に向ける。俺も同じ方を見ると、トタン板の途中、穴が開いているところがある。あそこが入り口であろうか。
「さぁ、早く」
こうなってしまっては細かいことは言ってられない。某が行けないというのも、納得できないが認めるしかない。
俺は右手の中にある銀色半球を、前回と同じように耳たぶに付け、体表を伝って全身に何かが広がった感覚を覚えると、一・二回跳ねてみたあとに、まずは入り口まで全力疾走。通常なら数秒掛かるような距離であるが、掛かった時間は一秒もない。
この状態で学校の体力テストを受けたらヒーローになれること間違いなしだろう、と考えながら入り口に駆け込むと、右から、
「現在の転移率28%」
と声が聞こえてくる。右に振り向くと、そこには先ほどのスーツの男達と、白衣の男が数人。そして、彼らが見つめる先には、
「そこか!」
例の男の子が、寝台に寝かされ、手足を拘束されていた。何やらチューブのようなものが数本、胸や腹のあたりから伸びている。
だが、見つけたことで、思わず口に出してしまったのが災いした。俺が叫んだ瞬間、男達は全員こちらを振り向き、そしてそのうち一人が、
「侵入者か!くそ、見られたか。仕方ない、少年!悪いが貴様には死んでもらう!」
するとスーツの男達は全員、スーツの内側に手を入れ、黒いL字型の何かを取り出した。黒く光るそれを、男達は全員俺に向けた。そして、
「ズガゥガガゥガゥンガゥン!!」
一斉に発砲。本来なら、指一本動かすことすら間に合わずに弾丸が届くのだろうが、それが何故か、一向に届く気配がない。それどころか、なんとその弾丸が見えるではないか。しかもスローモーションで。
これも銀色半球の効果なのだろうか。とりあえず、見えている攻撃を避けないやつなど、そういう趣味を持ったやつらだけだ。まずは避けさせてもらうことにしよう。
いくらスローモーションとはいえ、本来なら見えないほどの速さを誇る弾丸なためか、小学校低学年生が全力で走る程度のスピードのそれらを、俺は右に跳んで避けた。
するとどうだろうか。避けた直後に、弾丸が元の速さに戻ったのか、俺の足先を風が掠めて、その直後に背後の壁が衝突の音を立てた。
それが弾丸によるものだと理解した俺は特に後ろに振り向くこともなく、再び男達を見た。
男達は、弾丸を避ける、という人外な行動に驚きを隠せないようすで、一番左のやつなんかアホっぽく口が半開き状態だ。だが、真ん中の男がすぐに表情に険を戻し、再び発砲してきた。
再びスローモーションの世界が視界に広がる中、50m走9〜10秒の弾丸はその数をゆっくりと、だがだんだんと増やしていく。例えて言うなら、真っ直ぐにしか走れない子供達が、針持って突っ込んでくるようなものだ。避けることは容易い。
男達までの距離は約15メートルほど。覚悟を決めた俺は足に力を込める。
それと同時に頭の中に移動と戦闘のイメージが湧き上がってくる。これも銀色半球の効果だろうか。
イメージに素直に従い、右足で踏み込み、前に跳ぶ。
右に軽く身を捻り、まずは一発を避けた。
弾丸は極端なチェンジオブペースで後方へと去っていくが、気にせず再び身を前に。
三歩跳ねたところで一度しゃがむ。
髪の毛を数本奪いながら、急に速度を上げた弾丸が後方へ。
しゃがんだ姿勢からやや左前に左足を出し、それを支点に体を前に押し出す。
弾丸が迫っていたが、さらに左前に身を跳ばすことで回避。
次の一歩で刀を逆手に抜き、避ける必要すら無かった弾丸を尻目に、さらにもう一歩踏み込むことで、一番左のスーツの男の左脇に着いた。
男がこちらを向く前に、右腕の下腕と、左腕の上腕に、自分の腕を突き出すようにして一閃。
腕に斬り込まれ、銃を落とした男の首に、突き出した方の腕でそのままラリアットを食らわし、まずは一人。
左足を支点に、そのまま身を180度反転させ、そのまま右足でバックステップ。
振り返ると、先ほどよりも少し背の高い男がこちらに銃を向けようとしていた。
しかし、それよりも早く身を左回りに再び反転させ、勢いのついた右足で男の顔に蹴りを入れ、これで二人。
着地と同時に、髭の濃い男がこちらに向けて引鉄を引く。
迫る弾丸を避けるために身を上へと跳ねさせ、天井から突き出した鉄骨を踏み台に、前方へと跳んだ。
髭の濃い男は素早く反応し、再びこちらに向けて発砲。
上に向けて放たれた弾丸を、右肩を後方へ下げるようにして身を捻ることでかわし、そのまま仰向け状態に。
足を振り上げ、後方に回転し、着地の寸前に一番右にいた男の脳天に蹴りを入れ、三人目。
着地と同時に身を前方へと跳ばし、一際筋肉質な男の右脇から左肩へと、右フックを食らわすように一閃。
返り血を浴びる前に、さらに左フックを食らわし、男を左へと飛ばすことで、スーツの男の残るは一人。
左脇のあたりで、刀を左手で支え、右手でしっかりと掴み、剣先を相手に向けるようにして、再び右足で踏み込み、体を前方へと跳ばす。
髭の濃い男の右胸へと、真っ直ぐ突き刺さるはずの刀は、しかし男が銃で防いだことによって、その進行を止められた。
一度後方へバックステップを踏むと、男が銃を振り上げ、再び発砲してくる。
近距離の弾丸を、避けれない代わりに刀で弾くが、完全に軌道を逸らすことはできず、左肩の辺りに掠らせてしまった。
火傷のような痛みが左肩から伝わるが、痛がってる暇などない。
男は再び引鉄を引こうとするが、その銃口から軌道を推測し、弾丸が放たれる直前に身を左へと傾ける。
右肩を掠るか掠らないかのところを弾丸が通り過ぎるが、それには目もくれず、男の左横を通り過ぎるように走りながら首元に一閃。
頚動脈を切ったのか、大量の血を噴き出しながら、男はコンクリートの床に倒れた。これでスーツの男は全部だ。
あたりを見れば、血を流したり流してなかったりしながら倒れているスーツの男達以外、寝台の上で寝ている男の子を除けば人らしい影は見当たらない。どうやら白衣の男達は逃げ出したようだ。よし、手間が省けた。
「残すは」
俺は寝台に歩み寄り、また気絶している男の子の、左胸と右肋、さらに鳩尾に繋がれている直径7〜8ミリ程の管を見て、痛そうだなぁ、などと今自分がしたことと完全に矛盾したことを考え、
「よっと」
三つの管を同時に切断した。すると切断したところから水色の液体がちみちみと流れ出しやがるもんだから、一体何をしていたのだろうかと思い、目線で管を上に辿っていくと、天井でその管は左に曲がり、そして壁に突き当たると下に下り、そしてそこにある、なんだかいろんなメーターがついている妙な機械へと繋がっていた。結局何なのかさっぱりわからん。あとで某にでも聞こう。
俺は視線を寝台へと戻し、男の子を抱え上げ、この工場の入り口へと歩き始めた。
そういえば、結局この男の子は誰なのだろうか。某にとっても、俺にとっても関係のある人物。しかも未来で、という称号付きだ。これも某に聞く必要があるな。
いやしかし、この銀色半球の効果は、俺の想像をはるかに絶するものだった。俺の予想では、せいぜい身体能力が飛躍的に上がる程度かと思っていたのだが、まさか感覚すら超人的なものにしてしまうとは、未来の科学力、恐るべし。一度でいいから行ってみたいものだ。もしかしたら本当にネコ型ロボットなんてのにも会えるやもしれん。
それにしても、銃撃は掠るだけでも随分と痛いもんだ。帰ったらすぐに治療せねば。
そんなことを考えているうちに、すでに入り口の前まで来ていて、そして立ち止まっている。
なんで立ち止まっているのかと言えば、入り口から見える外の景色が、あまりにも安心するものだったからだ。
その景色とは、空一面に広がる夕焼けと、そしてそれをバックに、ヘルメットを片手に持った、久々のように感じる仏様の笑顔に、
「お帰りなさい」
その柔らかい笑みから発せられる温かい言葉を追加したやつときたもんだ。これに安心や落ち着きを感じられずにいられるだろうか。少なくとも俺は、かなりの安心を得ることができる。
俺はその安心できる景色に向かって、一言こう言った。
「疲れた」
そして、笑みを作ってもう一言。
「ただいま」
俺は安心の景色へと歩き出した。
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