第四章:その四
白塗りボディの車上にて、かれこれ何十分風を浴びていただろうか。すでに大通りは抜け、市街地を通り過ぎ、気付けば人っ子一人見当たらないような、左右に田園が広がり、先が見えないほど延々と続く一車線道路である。
田園では、植えたばかりの稲がときどきそよ風に揺れてたりなんかして、あたりはこんなに長閑な風景なのに、その中央を突っ切るように走るのは、黒の外車一台、グレーのワゴン車一台、そして俺と某が絶賛乗車中の白塗りバイク。傍から見れば、なんとも似つかわしくない光景である。
そんなことくらい俺だって自覚しているのだが、某は追うことしか考えていないらしく、俺に至っては、なんとかバイクと某にしがみつくくらいの行動で精一杯。なんとも情けないが、こう見えて俺は今、人生の中で、五本指のどれかには入るくらいの必死さだ。あぁ、手が痛い。
それにしても、ヘルメットを被っているとはいえ、必死でバイクと某にしがみついている全身を襲う風と寒さと、そこから来る謎の睡魔に、マジで失神五秒前の俺。だが、なんだかほんわかしてきた頭の中に、雪山で遭難したときのベタな展開が突如浮かび、いかんいかん、ここで寝たら冗談でなく本気で死に至るやもしれん、となんとか身を持ち直した。
そして俺は再び前を見たのだが、何やら前を走るグレーのワゴンの様子がおかしい。何がおかしいのかと言えば、その形状がだ。では、どこがおかしいのだろうか。屋根もビハインドガラスもちゃんとついているし、傷なんかもない。
だがしかし、左側のサイドガラスあたりから、何やら先端に光る何かを付けた太めの棒らしきものが突き出している。おかしいのはこれだ。
俺がそれは何か確かめるべく、目を凝らして、ワゴンから突き出ているそれを見たところ、どうやら棒らしきものの正体は腕であることが判明し、そしてその手が持つ光るものの正体は、
「ズガゥン!!」
だが、俺の思考が答えに行き着く前に、手が動きを見せ、直後に巨大な破砕音のような音が響いた。どこかで見たことがあると思ったが、音でより正確に分かった。光るものの正体は、拳銃だ。ついこの間、二丁も実際に手に取って見た俺が言うんだから間違いない。
いやしかし、おいおい、ちょっと待て。拳銃だと?発砲だと?一般人に銃器保有を認めない日本社会において、銃撃だと?まったくもってありえない、と思いたかったが、ワゴンから出る手が放った弾丸が、どうやらみごとに外車の左後ろのタイヤに命中したらしく、一気に空気が抜けるのと同時に、外車はバランスを崩し、そして、スリップし、回転し、横転しかけたところで、外車は道からタイヤを踏み外し、そのまま左の田圃に転落した。
幸い、田圃がぬかるみになっているため、車が破損することはなく、そのぬかるみが衝撃緩和剤の役目を果たしたらしい。外車がボンネットを田圃に突き刺した直後に、中から5歳くらいの男の子を抱えた中年の男の人と、おそらくその奥さんであろう女の人が出てきた。
三人はすぐに逃げようとしたのだろうが、田圃から出る前に、止まったワゴンから降りてきた、黒スーツにサングラスという、ずいぶんベタな感じに怪しげな数人の男達が、三人のいく手を塞いだ。そして手には拳銃を持っていて……って、ちょっ、まさか人を撃つ気じゃ……!
「さぁ、子供を渡してもらおうか」
そう言いながらスーツの男の一人が拳銃を持ち上げ、子供を抱く父親に銃口を向ける。
「ふざけるな!誰が貴様らなんかに……!」
父親は子供を庇うように強く抱きしめている。
というか、この状況、どう考えても助けを呼ぶか、助けに行くべきというやつだろう。前者は、周りの風景を見れば、無理なことは一目瞭然だ。となると半自動的に後者を選ぶわけになるのだが、そのくらいのことは某だって気付いてるはずなのに、こいつは何故か動こうとしない。某、おまえなら何かしらできるだろ、早く助けに行くんだ。
「いえ、その必要はありません。今はまだ時期尚早です」
何意味のわからねぇこと言ってやがる。拳銃だぞ?人が殺されるかもしんないんだぞ?
「いえ、まだです」
某は俺に背中を向けたままそう言った。
「僕達がすべき仕事はこの後にあります」
死体処理か?冗談じゃない。もういい、何ができるか知らないが、見殺しにするよりはましだ。おまえがいかないなら俺が行かせてもらう。
俺は事中現場に向かうべく、いそいでバイクを降りようとした。だが、突如肩を掴まれた俺は、立ち上がるタイミングを見失い、再びシートに腰を付けた。
肩に置かれた手を目で辿ると、その腕はやはり某のものであった。
「何しやがる!!離せ、行か……」
俺は肩を掴んでくる手を払いのけようと、その腕を掴み、さらには某を睨もうと顔を上げたのだが、目に映ったのは、いつもの怪しげな微笑ではない、真剣な表情をした某だった。
「今このバイクから降りてはいけません。言い忘れていましたが、このバイクに触れている限りは、同じバイクに触れている者以外は、僕らのことを見ることができません。今見つかっては、先に撃たれるのは僕らです」
なんてことを、いつもはニコニコ仏スマイルの某が、生真面目に真剣な顔になって言ってくるのだから、何故か説得力がある。
俺は某の言ったことに何か反論を言おうとしたのだが、
「止めろ!離せ!祐一!祐一!!」
どうやらまずい状況になってきたらしい。反論を言うのはひとまず置いておき、田圃に突き刺さった外車の方を見ると、父親はスーツの男二人に取り押さえられもがいていて、母親も同様、そして子供は一人の男に担ぎ上げられていた。動かないところを見ると、気絶しているようである。
「行くぞ」
子供を担いだ男がそういうと、他のスーツの男達は一斉に父親と母親を離し、無駄な動き無く、再びワゴンに乗車した。
「待て!行かせてな」
「だまれ」
「ズガゥン!!」
再び破砕音が響き、その音は俺らに最悪の事態が起こったことを知らせた。最悪だと思ったからだろうか、俺にはその瞬間がスローモーションに見えた。
子供を担いだスーツの男は、何かを言おうとした父親に対し、言語道断で振り向きざまに、持っていた拳銃を発砲した。その弾丸は、当然のことながら父親の、ここからだとうまくは確認できないが、おそらくは肩か胸のあたりをものの見事に貫通し、それを喰らった父親は、血飛沫を、まるで風に舞い散る真紅の花びらのような鮮血を噴き上げながら、背中から田圃の中に落ちていくように倒れた。
「あなた!!」
ワゴンが走り去った後、母親が、田圃の中、恐怖で体が震えてしまったのだろうか、四つん這いになりながら、泥だらけになりながら、父親の方へと向かって行く。
おい、某。
「ワゴンを追います」
ちょっと待てよ。あの父親らしき人はどうするんだ。
「彼は大丈夫。このあと22分後に救急車が到着。途中で意識を失いますが、心肺機能ともに正常。近くの病院に運ばれて一命を取り留めます。輸血等の処置の後、彼の意識が回復するのが、今から約17時間20分後。障害は残りません。そして」
某はエンジンをふかせ、
「それまでにあの男の子を助け出し、彼の意識が覚めるのと同時に面会させます」
アクセルを一気にしぼった。
本日二度目の、体が後ろに蹴り飛ばされるような感覚を覚えながら、必死でしがみつくバイクは、一気にスピードを上げる。
しかし、前を行くワゴンの姿はもうかなり遠く、途中どこかで曲がりでもしたら、追いつけるわけがない。見失ってしまっては、助け出すことなんぞ不可能というものだ。
「安心してください。場所は分かっています。ですが、時は一刻の猶予をも許しません。少々飛ばしますよ」
言葉と同時にバイクはスピードを上げる。
間に合ってくれ……。
俺の言ったか言ってないかも分からない言葉に呼応するかのように、バイクはさらにスピードを上げた。
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