第四章:その三
入り口の手動扉を開けると、そこには予想どおり、老若男……広い世代の女性達のハートを全部射抜きそうな笑顔を、相変わらず持続中の某が一人。やつは右手を上げ、
「やぁどうも。食事は満足のいく物でしたか?」
そして左手は黒のレザーシートに乗せている。いやしかし、レザーシート?自転車か、などと0コンマ数秒ほど考えたが、馬鹿言え。あんなでかいサドルを持った自転車があるか。
ハンドルとシートの間に見えるメタリックガソリンタンク。切るとその爆音故に近所迷惑この上ないマフラー。全体的に流線型を思わせる白の車体。っておいおい、こいつはもう、まさしくあれじゃないか。高校生憧れの的、かどうかは知らんが、少なくとも学校から距離がある生徒にとっちゃ、通学にこの上無いほど利用価値がある、正式名称:大型自動二輪、通称:大型バイクである。
その金属光沢光り輝く姿を見て、かっこいい、と思う反面、非常に疑わしいことがある。それは、
「……おい某、入学6日目でいきなり道路交通法違反とはどういうことだ?それにこんなでかいやつ、一体どこからパクってきやがった?ここまでは堂々と無免許運転か?頼むから事故起こす前にそういうことは止めてくれ。俺はマスコミの容疑者友達インタビューには受け答えたくない」
優しくていつも柔和な笑顔を見せてるやつだったっすよ、などとは言わされるのは御免被りたい。そんな、こんなに評判が良かった生徒がなぜ?などのような、ニュースを盛り上げるためのマスコミの謀略に手など貸してやるものか。
だが何を思ったか、某のやつは眉根を寄せ、訝しげな表情になりやがった。こいつ、犯罪を犯罪と思っちゃいないのか。非確信犯、恐るべし。無邪気で済まされるレベルではない。
某は少しの間表情に疑念を浮かべていたが、2〜3秒ほどで両眉をピクッと上げ、
「……あぁなるほど。僕は今はそうでしたね。16歳ですか。高校生ですもんね」
当たり前のことを、今思い出したように言い出した。というか、ん?16?日本の年度制は4月から始まるため、入学早々歳を取るためには、誕生日はその間になければいけない。となると、そうか、こいつ、早生まれか。
まぁ確かに、16歳なら大型二輪免許だって取れる年齢だ。大いに取って結構。だが、それにしたって、原付ならともかく、大型となればある程度の日数、教習所に通わなければ試験すら受けられないはずだ……と思う。なんにせよ、今日昨日で誕生日を迎えたようなやつが免許を持っているわけがない。
「えぇっとですね。何から話しましょうか。そうですね、まず教習所で教習をうけることができるのは誕生日の2ヶ月前からなんです。あと、合宿というものはご存知でしょうか?」
合宿?
「ええ。合宿とは、数日間泊り込みで教習を受け、普通よりも早く免許を手に入れることができる、特別コースのことです。僕はその終了日が、ちょうど誕生日に重なるように日程を組み、そして免許を取った、とこういうわけです。分かっていただけたでしょうか?」
なんと、そんなものがあったのか。いいことを聞いた。夏休みあたりに受けてみ……だ、だめだ。俺の誕生日は11月だった。くそ、おのれ誕生日。今度会ったらただじゃおかないぞ。
……と、いやまて、某。よもやこんな話をするために、時間まで正確に指定して、俺をこんなところに呼び出したわけじゃないよな。
「呼び出すも何も、あなたはどっちにしろ来てたじゃないですか」
いや、うぅむ。確かにそれはそうなんだが。
「まぁ、そろそろいい頃合いですね。これを」
そういって某が俺に渡してきたのは、
「ヘルメット……?」
だった。っておいおい、まさか俺にも乗れってんじゃないだろうな。
「そのまさかです。これから行くのは微妙に遠いところなので、バイクで行かないと間に合いません。なのであなたには後ろに乗ってもらいます」
いやいやいや、俺は、急にそんなことを言われて、よっしゃ乗ったるぜぃ!などと、北朝鮮や、もしくは怪しい研究所の手術台の上などに行く可能性も捨てきれないような跨る乗り物に、そう易々(やすやす)と乗り込むほど、浅はかな男ではない。
「そんなところ行くわけないでしょう」
いや、だがしかし、
「おや、もう残り時間がありませんね。早く乗ってください。10秒以内に」
お、おい。俺はまだ乗るだなんて一言も、
「10、9、8」
って、えぇ!?ちょっと待て!俺にだって選択権がまだ、
「7、6、2」
2!?4つ分も飛躍!?うぅ、あぁもう!どうにでもなれ!
俺はヘルメットを頭に被せ、黒光りするレザーシートの後ろの方に跨った。
「1、0。はい、OKです。えぇっと、確かあれがもうすぐ来るはずなんですが……」
某がシートに座りながらそう言った矢先、目の前の道路を黒の外車が横切った。車体の低さと全体の輝き具合から見て、おそらく高級車だろう。
その外車が目の前をとおりすぎる前に、某はエンジンを入れ、さらにアクセルを絞った。
「あの外車を追います」
突如前に動き出すことによって発生する慣性と、瞬間的にガチンコバトルを繰り広げた俺は、あの、以降がよく聞こえなかった。
バイクは公道に出ると、ギアを上げ、さらに加速し、黒の外車を、間に車を一台挟んだ形で追跡開始。スピードが上がるにつれ、頬にあたる風が、心地よいから肌寒いに変わり、肌寒いから皮膚が痛むくらいにまでランクアップした。
ピリピリとも、チクチクとも言えるような痛みを、頬と、服から肌が出てる部分に感じながら、俺は某に尋ねた。
「あの、なんだって?」
聞いた、が、返答がない。声が小さかったのだろう。ならば、
「あの!なんだって!?」
すると、某は前を見据えたまま、
「二個前の車を追います。安心してください。北朝鮮には行きませんよ」
そんなことはどうでもいいのだが、とりあえず一安心。そうか、北朝鮮には行かないのか。そうかそうか、良かった良かった……ん?北朝鮮“は”?はっ!まさか!
「まさか、怪しい研究所の手術台の上に行く、とか言うんじゃないだろうな!」
「大丈夫です。安心してください」
某は一呼吸分置き、
「ちょっと強くなれるだけです」
「降ろせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
だが、某はそれを拒否するようにさらにアクセルを絞った。再び慣性が俺を襲う。俺は、必死で飛ばされないように、シートをがっちり掴みながら前を見る。すると、黒の外車と、それについて行くように走るグレーのワゴン車との距離が、いつの間にか離れていた。黒の外車はだいぶスピードを出しているようだ。
某も負けず劣らず、絞ったアクセルに呼応するように、某のバイクもスピードを上げていく。うっ、頬の皮膚が裂けそう。
だが、そろそろいい加減、頬にかなりのダメーシを負うスピードにも慣れてきて、そこで初めて、本来最初に思いつくべきはずの疑問が頭に浮かんだ。
「某!」
「なんでしょう?」
「あの外車は、いや、あの外車に乗ってる人は一体何者だ!なぜあの車を追いかけるんだ!」
そう。本来はそれが最初に思いつくはずの疑問だ。(俺にとっての)未来を(たぶん)何でも知ってる某が、自ら追おうと言って来ただけに相当な人物に違いない。
「あの外車に乗ってる人ですか?うぅん、僕にとっても、あなたにとっても、未来に関係のある人物。理由はもう少し行くと分かるかと思います。ということで手を打っていただけますか?」
某が、手を打っていただけますか、と聞いてきたときは、もうそれ以上いくら聞いても教えてくれないことの前触れのようなものだ。よって、これ以上聞くのは無駄だ、と感じた俺は、黙ってシートを掴み、前を見据えた。また少しだけ外車が離れてる。
「ちょっとおしゃべりがすぎましたね。飛ばしますよ」
そう言って某は、さらにアクセルを絞った。
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