第四章:その二
「こういうことか……」
目の前のテーブルの上で白い煙を上げ、ジュゥゥ、となんとも熱そうな音を立てているのはハンバーグwithミックスベジタブルand太めのポテトon鉄板。さらには、薄く盛られたライスと、コップに気泡が付きまくってるコーラがあり、ではここはどこなのかと聞かれれば、二日前の木曜日に某が言っていた“例”のファミレスである。
現在の時刻は2時ちょうど。某の言っていた時刻まではまだ30分以上ある。普通に食べれば十分間に合うだろう。
「家族三人でファミレスなんて久々ねぇ」
そう言う母さんはなんとも幸せそうな顔をしてる。
「むきゃー!このステーキおいしー!あ、そのサラダちょうだーい!むむ、これいけそう、店員さーん!すいませーん!」
五月蝿い。そして恥ずかしい。なぜ休みの日まで周囲の痛い目を浴びなければいけないのか。学校だけでもどっかの顔だけは良い妄言女のせいで十分キツいのに、このばか姉め。
「すいませーん!」
叫ぶな!手を下ろせ!そして呼び鈴を押せ!
「あ、ほんとだ。えへへ、失敗失敗」
俺は姉のおめでたい顔を見ると、思わず、
「はぁぁ……」
溜息が出た。このような姉を持って、疲れることこの上無しである。
しかし、なぜこうなったのだろうか。なぜ、妙にいつもより上機嫌な母さんと、さらにハイテンションだがいつも通りに一本頭のねじが外れてる姉と、三人でファミレスなんぞに昼食を取りに来てるのだろうか。
ことの始まりはだいたい2時間と30分ほど前に遡る────。
「進ー。昼食、お母さんとお姉ちゃんは外に食べに行くけどどうするー?あ、ちなみに今カップ麺は切れてて、冷蔵庫はスッカラカンで、他の昼食代をあげる気はサラサラないけどー」
選択肢無ぇじゃねぇか。ようには俺にも付いて来いってことだろ。
現在は時にして11時半。体内時計もそろそろお昼時だということを胃を通じて伝えてきている。もしここで変な反抗心でも起こして外食を拒むようなことがあれば、俺は夜までに、飢えた貧しいストリートチルドレンの仲間入りを果たすだろう。
実際に体験することによって社会科のいい勉強になるだろうか、などということも一瞬考えたが、いかんいかん、これは差別だ。皮肉だ。侮辱だ。うう、なんだか申し訳なくなってきた。今度コンビニなどでその手の募金があったらお釣り全額投与しておこう。
とまぁ、ここまで考えるのに掛かった時間は5秒弱ほど。直後階下から聞こえてきた「行くのー?行かないのー?」と言う声により思考は中断し、代わりに階下に向かいこう叫んだ。
「行く!行くからちょっと待って!」
俺が着替えその他を姉の妨害を食い止めながらも迅速にすまし、なぜかがっくりと肩を落とし床に人差し指の指先だけで丸を何回も描き始めた姉を尻目に部屋を出て、階段を下り、玄関の扉を開けると、そこには車のキーも持って準備万端の母さんと、
「遅いぞ我が弟よ!もっとてきぱき行動しなきゃだめだよーい」
ヘラヘラ笑いながら両腕を水平に伸ばしクネクネさせている姉がいた。
普通ならその怪奇現象に誰であろうと目を丸くし驚愕するものなのだろうが、俺にとってはもう慣れたものである。かと言ってそれはここ5日間くらいにあった超常現象どもによるものではなく、この能天気女が昔からこういうことを軽々とやってのけていたからだ。最初は俺も驚愕し疑問に思ったことなのだが、いくら聞いても姉は「内緒♪」としか言わず、時間が経つにつれ常識化してしまったため、気が付けば気にならなくなっていた。
そんなことを思い出しているうちに、現在すでに車の中。中古で買った情けなさ漂う黒の軽自動車だ。運転席には母さん、助手席には姉、そして後部座席の中央に俺が乗っている。しかし、乗るたびに思うのだが、この車、少し屋根が低すぎやしないだろうか。普通に座ろうものなら頭が天井に常時ぶつかり、不快指数メーターはゲージのレッドゾーンを易々と超えるだろう。そんなわけで俺はいつも浅めに座り、後ろにふんぞり返りながら脱力している。
迫ってくる交通信号灯が赤に変わり、そのルールに則って我らが黒チビ(車の俺的俗称)は前にいる車に激突しないような距離でゆっくり停止した。
「ふふふ、今日は外食以外にもうひとつ一大イベントがあるのよ」
そういうと母さんは自分の上着のポケットから一つの茶封筒を取り出した。何やら分厚い。
「この日のために溜息つくくらい貯めに貯めたヘソクリを今日は惜しみなく使いまくってやるわ」
“ため”が多いな。というかヘソクリって……もはや死語に近いんじゃないのか?
「というわけで進、お姉ちゃんにはもう話してあるんだけど、外食の前にデパート寄るわよ」
その発言と同時に信号が赤から青へと変わる。母さんは一度口元に笑みを浮かべ、ハンドルを、野球選手が何やら一大決心をした直後のバッターボックスで普段よりも強くグリップを引き搾るときくらいに強く握り、
「レッツバーゲン!」
「イエーッ!」
姉が右手を上げて呼応したのと同時に、アクセルをスペースシャトルロケット発射の勢いで踏み込んだ。
時は金なり、とは本当はこのことを言うのではないだろうか。つまり金を消費する者にとっては時間が早く過ぎるのだが、消費しないでその場にいる者は時間はかえって長く感じ、代わりに両手の負荷が増えていくということだ。と、俺が諺の真の意味を発見したころにはすでに2時間が過ぎており、その金にあたる部分が成り代わった衣服やら何やらがこれでもかと詰め込まれた紙袋の重みを両手に感じつつ、現在地はたった今自動ドアを抜けてきたこのデパートの西側出入り口である。
両手がまるで空の母さんと姉の足取りは、俺の地にめり込みそうな足取りと相反して羽のように軽く、表情もまたしかり。俺は一体何をしているんだろうと虚空に問うてみたが、見えるのは機嫌の良さそうな快晴の空模様ばかりで、何だかひとりぼっちな気がして余計にダークサイドに落ちてしまった。
とりあえず視線をもとの高さに戻すと、1テンポ遅れて年を感じさせない動きで母が振り向き、
「やっぱり男の子がいると助かるわ。ありがとね、進」
無理やり持たせたくせに、なんだその笑顔は。少しは自分でも持とうとしやがれ。
それに対し母さんは人差し指を立て、
「まぁまぁ、そんな怒らないで。今月の小遣い1000円増やしてあげるから」
そんなので俺の怒りが収まるとでも……。
母さんは中指と薬指も立て、
「3000円、増やしてあげるから」
……まぁたまにはこんな肉体労働もいいだろう。
「ふふふ、まだまだお子ちゃまだな、弟よ」
片手を口に当て含み笑いをしている姉はこの際無視するものとしよう。
「さて、じゃぁ重大イベントは済んだことだし、お昼食べに行くわよ」
母さんは左側を指差し、
「確かこのまま進んで交差点二個分くらいのところにファミレスがあったはずだわ。そこで当初の予定の外食ね。そんなに距離もないし、歩いていくわよ」
「さんせぇい!」
はんたぁい。と力なく言ってみたところで完全無視の二人組みは、さっと身を翻すとさっさと歩き始めた。
それにしても、その道のりと目的到達地点は、もうぴったしばっちし、やつの言っていた場所に当てはまるじゃねぇか。これを予言してたのか、某のやつめ。
未来人の予言の正確性を認めた俺は、
「はぁぁ……」
と一度溜息をつき、足取りの軽い二人組みについていった。
と、ここまでで過去の回想は終わり、今の時間軸と重なるわけなのだが、このあとのことを考えるとどうしても気が重い。何があるか知らないから尚のことテンションダウンだ。
だが、腹が減っては戦はできねぇんだコンチクショウ、と言うように、戦になるかどうかは知らんが、何かしらが起こる、又は巻き込まれることは確実なため、とりあえず目の前にある挽き肉固め焼きとその他もろもろを頂くことにしよう。
30分ほど時間を掛けて目の前にある品々をたいらげ一息つくと、右側にある窓からガラスを軽く叩く音が2・3回聞こえた。
何事かと思い外を見れば、そこには俺の視線の動きに合わせてこっちに向かって右手を軽く上げた朗らかスマイルがいた。
「あら、お友達?見たことない顔だわ。高校の?」
俺の視線を追って母さんも外を見ていた。某はその視線に気づくと、笑みを深くして一礼。
「ふーん。お友達ねぇ」
姉も外を見ているが、その表情はなぜか訝しげだ。某はその視線にも気付くと、今度は一瞬顔を強張らせ、しかし笑顔のまま再び一礼した。
某は顔を上げると、自分の左手首に付いている腕時計を一瞥し、そしてファミレス入り口の方を指差すとその方向に歩いていってしまった。良く言えば「こちらに来てください」、悪くいえば「表に出ろ」ということであろうか。
とりあえず外に出なければ話は進まない状況らしい。壁に掛けてある時計を見てみれば2時32分を指し示している。悩んでいる暇も無い。
「悪い、ちょっと用事を思い出した。それにさすがに帰り道まで荷物持つ気にはなれない。んじゃ」
そう言って俺は席を立つ。
「え、ちょっと、さっきの子との約束か何か?それならせめて車まで荷物持って行ってから」
「母さん、いいよ私が持つから。それより進」
歩きかけていた俺は姉の方に振り向く。
「気を付けなよ。それだけ」
姉は滅多に見せない真剣な表情で言ってくる。気を付けなければいけないのは確かなのだが、姉はあの仏スマイルから一体何の違和感を感じ取ったのだろうか。確かにやつの笑顔はよく見れば怪しいのだが、あの一瞬でそれが見抜けるのだろうか。いやはや、謎の多い姉だ。
俺は疑問に思いながらも片手を上げることで姉に返答し、二人に背を向け、入り口に向かって歩き出した。
さぁ、このあと何が待ち受けているっていうのか、説明してもらおうじゃねぇかニッコリ野郎め。
指摘による文章力アップや好評による自信アップに繋げたいので、読んで下さった方々の声が聞いてみたい!などと恐縮ながら思ってしまった今日このごろです。評価・感想・メッセージ等どれでもよく、どなたでもいいので、どんな言葉でもお待ちしております!