第三章:その三
闇は本当のものではなかった。
中を見せないためなのだろうか、どうやら門と同じ厚さだけ光が一切無い空間だったようで、そんな暗闇空間を過ぎると、さきほどのファンタジー街道から見えた城がでかでかと聳え立っていた。
門をくぐるとすぐに、また地響きをたてながら背後の闇が閉ざされ、きっともうしばらくの間、元の世界には戻れないんだろうな、と感じた今日この頃である。
「いつまで肩掴んでんだこのタコ。うっとうしいったらありゃしねぇ」
あぁ、すまない。今退け…って掃うな!
「てめぇがさっさと退けねぇからだ。とりあえずついて来い」
そう言って谷川は歩き出した。聳え立つ城に入るための正面の扉へと。
なんか気にくわないが、ここで逆らうと元の世界に戻れる可能性が無くなりそうだと脳内で黄色信号が高速点滅を始めたので、致し方なくついて行くことにした。
一般家庭の玄関扉と比べれば、うおっ!でかい!と思えるような扉の前で谷川が電子音といくつかの質疑応答を繰り返すと、以外と早く扉は開いた。
入ってすぐの部屋は、畳何十畳分か検討も付かないような、豪華な彩色が施された絨毯が敷いてある広間になっており、中央には幅10メートルはある大理石風な階段、壁には数メートル置きに扉が付いていることから、この広間はおそらくエントランスのようなものなのだろうと推測できる。
だがそれ以上じっくり見る暇は、前を俺お構いなしに競歩のようなスピードで階段を登って行く体力バカのせいで俺には与えられず、説明の一つでもないのかと思いつつ、やはりここで逆らうと(中略、PC十行目参照)、致し方なく階段を登り始めた。
階段を登りきると、他の扉よりも大きい扉が目の前に現れた。
それを谷川は何のためらいも無く開くと、再び歩を進める。進めながら、
「おら!掟どおり連れてきたぞ!さっさとこいつに説明しやがれ!俺は休むからな!」
すると、十数メートル先の……玉座?だろうか、いかにも!と言えるような派手に金色に輝く椅子に、王冠こそはつけていないものの、これまたいかにも!と言ってもおかしくないような王様らしき初老の人物が立ち上がり、柔和な笑顔を作り、
「その減らず口は相変わらずだな銀狼。兵達、どうやら銀狼は疲れているようだから、いつものお仕置き部屋に連れて行きなさい」
「「はっ!!」」
声が響くと、どこに隠れていたのか、鎧こそ付けていないものの、軽い防具らしきものを身に付け、短い両刃の剣と盾を持った連中がわんさか出て来た。
「へっ!そう何回も捕まってたまるかってんだ!」
声と同時に谷川の周りを風が旋回し始め、止んだときには灰色の毛並みを持った二足歩行狼の姿になっていた。
だが、その姿が見えたのも一瞬で、一回瞬きをする間に、谷川(狼)はもうすでに背後の扉を飛び出していた。
「待てー!」
「そっちへ行ったぞー!」
「観念しろー!」
などと言った言葉が聞こえてくるのだが、なんにせよ賑やかなのはいいことだということにしておこう。
「さて、進君と言ったかな?」
低く重みがあり、しかし優しさを含んだような声がした方を振り向くと、予想通り王様(仮)がいた。
「君はあの犬からどれほど聞いているかね?」
どれほどと言われても、一体何を言われただろうか?
思い出せ、俺。谷川は確か、自分が狼に変身できる能力があるということと、この世界が俺がさっきまでいた世界とは違うということを言った筈だ。
だが、これだけで何が分かったって言うんだ王様?
「あの馬鹿め、話せることは話しておけと言ったのに」
王様(仮)は、おほん、と咳払いをして、
「それではここがどこなのか、我々はそして君が何をすべきかをお教えしよう」
「君は自分が寝たあと何をしてるか知っているかね?」
人が睡眠状態や気絶状態の時など、意識が無い状態の時、一般的には生命維持のための最低限活動への指示を除いて脳活動が休止状態になっており、つまり意識は存在せずに肉体はその場にあると思われている。
「だが、実際はそうではない」
睡眠的無意識状態のとき、実際は肉体こそその場に残るものの、本来形を持たないはずの精神は己の肉体を細部まで模写し、物理的な移動法とは違う概念で、別世界へと空間転移する。
「そして、ここがその別世界だ。精神世界とでも言おうか」
面白いことを教えよう。精神世界では元の世界の記憶はあるが、元の世界に戻ったとき、ここにいた記憶は無くなる。だが元の世界に記憶を持っていける唯一の手段がある。
「それが、夢だ」
この世界は俗に言うRPGとよく似ていて、武器や防具、アイテムなどを駆使して、郊外に現れるモンスターを倒すことが、精神世界にいる間の最大の娯楽のひとつで最高の収入源である。
精神世界のもうひとつの最大の娯楽は『アトラクション』と呼ばれ、資金を消費して自分の深層心理を覗くことができ、これが世間一般で言う夢の真相だ。
「だが『アトラクション』は完全に安全なものとは言えないのだ」
悪夢、と呼ばれる夢がある。これは深層心理にマイナスの感情があることを『イーター』と言う姿見えぬ異形の怪物に知られ侵食されたときに起こるもので、『イーター』は夢主のマイナスの感情を食うことで力を増幅させ、ある程度力を蓄えたところで“外”へ出る。
「マイナスの感情を食うとは言っても、奴らの“食う”とはマイナスの感情を増幅させることを意味するのだがな」
そのまま放っておけば、奴らはこの精神世界で暴れ、破壊し、殺戮を行う。
精神世界でたとえ死んでも、元の世界では死ぬことはないが、何かしらの後遺症がでることになる。
「それを防ぐのが我々の役目」
その組織名は『デストロイ』。この城にいる者は全員がその一員であり、中でも優秀な者が実際の『イーター』討伐に出かけるわけだ。谷川も討伐員の一人である。
「ここまでは理解いただけたかな?」
率直に言うと、ずばり“無理”だ。いくら説明を受けると聞いていたとしても、それが始めから終わりまでみごとSFチックな内容だと、脳細胞一個一個が何回も何回も首を横に振る光景を幻視してるような気がしてならない。
これからもこんなことが続いていくのだろうか。過去に飛ばされ異世界に飛ばされ、今度は何処に飛ばされるのだろうか。宇宙か?それとも……。
いや、考えるだけ無駄と言うやつだろう。そんなこと考えて現実逃避するより先に現状をどうにかしなければ。
王様(仮)の言ったことをまとめれば、ここは異世界で、王様(仮)達は正義の組織で、悪者を追っ払う役目にあると言うことらしいのだが、どうもそれを認識するのに頭が追いつかない。
一番の謎は何故そのことを俺に教えるかだ。成り行き上説明してもらってしまったが、どうしてもそこに、ギャルがケータイにつけまくった結果ケータイよりも大きく重くなってしまったストラップ軍団くらい必要性を感じられないのは俺だけであろうか?
「では、ここからが本題だ」
前置き長っ!などと突っ込んでいる場合ではない。本題の方が長いというのが一般的な文章構成であり、ということはこれからさらに長い時間超絶SFトークをグダグダと脳内に叩き込まなきゃいけなくなるのかと考えると、全身から名前に“気”がつくもの全てが、成仏していく憑依霊のように抜けていくような予感がして、俺、ため息。
「そんな疲弊しきったようなため息をつかなくてもいい。今度はすぐに終わる」
いいか、と王様(仮)は前置きし、
「簡潔に言うと、これから君に『デストロイ』の一員になってもらう」
……は?
「安心したまえ。特別な訓練などはほとんどいらない。だが、まず最初に君が使うことになる武器を決めてもらう」
……はぁ?
「おい!彼を武器庫に連れて行け!」
「「はっ!!」」
……はぁぁ!!!??
ちちちょっと待て!突然のことすぎて的確な突っ込みができないまま王様(仮)がひとりでに話を進めてしまったが、とりあえず言わせてもらおう、
「何故!?」
と言ったって現状がどうにかならないということは、夜中会社帰りのOLが後ろで足音をそろえて付いてくる人のことをストーカーだと即座に認識するくらいには分かっている。俺は第六感、OLは聴覚、と使っている感覚器官はやや違うが。
とにかくまず考えろ。何がどうして俺が正義の組織なんかに入らなきゃいけないんだ?俺はそんな、普段は普通の高校生、しかしその実態は……!みたいな肩書きはたとえ大金を払われようが一切欲しいとは思わな……ってやめろ!腕を掴むな!ってあぁぁぁ!体が持ち上げられ……!!何処に!?何処に行くんですますかいなっぺ!?
渾身の抵抗も虚しく、現在いる場所は、
「武器庫になります」
らしい。確かに壁と平行に並ぶ4つの長い棚には様々な種類の武器であり、誰が見てもこれは武器保管庫か拷問部屋のどちらかにしか見えないであろう。絶対に後者であってほしくはないところだ。
……で、どうしろと?
「まずはご覧下さい」
そう言うと俺を担いできた兵の一人が一歩を踏み出した。その先にあるのは、……的?
「ではいきます」
彼は背中に背負っていた小型の槍を構えると目を瞑り、
「はっ!」
目を一気にこれでもかと言わんばかりに開くと、同時に槍を突き出した。
槍が伸び、刺突音が響いた。
いや、槍が、というのは間違っているのかもしれない。槍自体はそのままなのだが、その穂先から青白い槍と同じ太さの何かが突き出て伸び、遠くにある的の中心に突き刺さっていた。
兵が持っていた槍を手前に引くと、青白い何かは溶けるように消えていき、兵が槍を立てたときにはもうすでに的には何も突き刺さっておらず、ただ穴が開いているだけだった。
「ここは精神の世界です。そのせいでかは知りませんが、自分のイメージで武器を強化したり、オプションを付けたりすることができます。ですが、それは自分に合った武器のみの話で、合わない武器だとどのようなイメージも効果を示しません。熟練者になれば向こうの世界でも使うことができますが、大抵の人はこの世界でしか使うことができません。では今からあなた様に合う武器を探していきましょう」
そう言うと、話していた兵とは別の兵が一番左の棚の一番近いところから、黒く光るL字型の何かを二つ持ってきた。近づくにつれ段々とはっきり見えるようになってきたそれは、
「ではまずこの二丁拳銃から試してみましょう」
そう言って手渡されたそれらは案外重く、ちょうど両手にダンベルを持っているような感じだ。
しかし、一体どうすればいいのだろうか?さっきの青白い光のようなものを想像すればいいのだろうか?
「その拳銃には弾が装填されていません。なので弾を想像してください。あなた様が考えることのできる最大限の威力を誇る弾丸を」
まぁ何はともあれものは試しだ。当たった瞬間爆発するような小型ロケットランチャー弾みたいのならおそらく強大威力だろう。
俺は二丁拳銃を地面に水平に横にして持ち、銃口が上下の二段になるようにし、谷川や兵の真似で目を瞑り、そして、
「うりゃぁ!」
目を開けると同時に、右手と左手の引き金を一気に引き絞った。
直後、強烈な爆風が俺らを襲った。
順序を追って話すとこうだ。引き金を引き絞ったあとに弾丸は見えず、その代わり俺が狙った的からはずれたやや上の方の壁で打撃音が響いたかと思うと、その音が響き終わる前に壁に穴とひびと橙赤色の光が現れ、光は規模を増し爆発となり、爆発が勢力を伸ばし大爆発となるころには、爆風が俺らを後方にすっ飛ばしていた、と言った感じだ。
ちょっと待て、なんだこれは?こんなの聞いてないぞ?さっきの槍と全然違うじゃないか。
「い、一回目から、しかもこんな…ありえ……いや、でもたまたまと言うことだって」
聞こえた声は槍を使った兵のものだろう。
打って少々痛い腰を上げあたりを見渡すと、腰を抜かしたように地面に尻を付けている槍兵と目があった。
確か自分に合った武器じゃないとだめとか言ってたが、果たしてこんな簡単に見つかってしまって、誰に対してかは分からないがいいのだろうか?
「合った武器、と申しましても何も一つだけとは限らないのです。ですが、それにしたって最初から適合武器が見つかると言うのは前例が有りません」
槍兵は目を丸くしていて、その場から動く気配がない。
「爆発音が聞こえたから何事かと思えば、もう見つかったのか。何はともあれ、早く見つかったのはいいことだ。谷川のときなんか2日くらい篭{こも}りっぱなしだったからな」
突然背後から声が聞こえたので振り向くと、そこには赤いマントを羽織ったシルエット、王様(仮)がいた。
「では、次の作業に入るとしよう」
そういうと王様(仮)はマントの内側から、掌に収まるくらいの黒く平たい直方体を取り出し、その側面を親指で押した。
『……ジ……ジジ……あ、あぁ、そうだな。さっさと死ねばいいのにな……ジ……』
……!!?そ、そそそれは!!?
「進君。出会った初日から申し訳なく思う。そして残念にも思うよ」
王様(仮)は笑顔のままだ。
「兵達、彼もお仕置き部屋へ」
「「はっ!!」」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」
俺は叫んだが、逃げ場はどこにも無かった。
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