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第三章:その二

 右を見れば分かりやすくも丸底フラスコに液体が入ったような絵が張り付いてる看板が掲げられている薬屋、左を見ればこれまた分かりやすくも剣と盾が描かれている看板が掲げられている武器屋、前を見ればオール屋台の商店街とでも言いたくなるくらい、食べ物やら装飾品やら得体の知れないものやらを各屋台で売りさばいてる光景が広がり、後ろを見れば近くはないと言った感じの距離にある高台の上に白のレンガ造りの洋風建築=城がそびえ立ち、あぁ今度は一体なんなんだ、そしてどこなんだ、という俺の思考も虚しく、考えたところでその場では分からないのが昨日からの俺の常識となっちまったため、肩を落とすほどの溜め息と同時に、考えると言う作業自体を止めた。

「ったく、なんでよりによっておまえなんだよ」

 あぁそういえば隣には狼野郎が居たんだった。いつの間にか手を離されていたせいで気付かなかった。

 俺は特に理由もなく首を回し瞳を動かし狼野郎を視界に入れたのだが、昨日今日で何度目だろうか、そろそろ俺は自分の目に対し不信状態に陥るんじゃないかと即座に考えてしまったくらい、また自分の目を疑った。

 本来ならそこに居るべき視界に入るべき瞳に写るべき狼野郎はこの三大‘べき’を一つもクリアせず、代わりにそこにいたのは、昨日あのムカつく仏スマイルが俺に紹介してきた内の一人で今日の昼休み突然早退しやがった自称体力バカ。

 谷川昇が、そこにいた。

「よう」

 よう、じゃねぇ。なんでおまえがここにいやがる。

「あ?さっきからずっと一緒に居ただろが」

 何を言ってるんだおまえは?俺がさっきから腕を掴まれてたのは灰色毛並みの狼野郎であって体力バカの早退野郎じゃない。

「てめぇ誰が体力バカだって?まあいい、めんどくせぇから結果から言うと、その狼野郎は俺だ」

 ははは、面白い冗談だ。面白すぎてちっとも笑えない。

「ムカつくやつだなてめぇ。これで信じれるか?」

 そう言って谷川は目を閉じた。かと思ったら谷川の周りに風が旋回し始め、その風の強さに一瞬目を閉じた俺が空気の流れの制止と同時に瞼を上げたとき、目の前に立っていたのは突然現れた体力バカではなく、しかし‘服装はまったく同じ’の狼野郎であった。

「もう一回言うぞ?この姿も俺だ」

 言い終わると狼野郎の体の毛がどんどん吸い込まれるように縮んでいき、前に伸びた口鼻も縮み、また谷川の姿となった。もちろん服は変わっていない。

「これで信じれたか?」

 これはもはや信じる信じないの問題ではない。目の前で変身するのを見せられ、周りはファンタジー街道、そういうことができる空間にいるんだということを認識するか否かという問題だ。一緒じゃねぇか、と思うかも知れないが、そこは微妙なニュアンスの違いがあるんだということで手を打って頂きたい。

 しかしどうだ?どうやって認識しろと?突然変な場所に連れてこられて、はいここはこういう世界です認めましょう、なんてそんなバカげた話は昨日でこりごりだ。

 だが認めないわけにもいかない。だとすると証拠が必要だ。昨日過去の俺が証拠となったのは、それ以外がいまいち信用出来なかったからで、なおかつそれらを肯定する材料が無かったからだ。そして今現在、谷川の変身もファンタジー街道も俺は信用しきれていない。ならばそれらを肯定する材料を見つければいいという結果に行き着くわけだが、現状で最も簡単に手に入る材料、情報、証拠、条件を満たすものなら何でもいい、とにかくそういうものとは何であろうか?俺の常識を打破するための事実とは?

 ……そうだ。この方法があった。

 俺が今まで生きてきた世界において、変身やファンタジー街道なんてのが存在していたなんてことは見たことも聞いたこともない。となると、俺がこれから谷川にする質問に対する答えが俺の予想と同様もしくは上回っていれば、俺は気休め程度には現状が認められるってわけだ。それはつまり、

「谷川、この世界の名前は何て言うんだ?」

 この質問に対する答えの予想は未知の名称であり、それは簡潔に言えば異世界だと言うことで、同時に俺が自ら築き上げてきた主観的解釈による常識は脆くも崩れ去る。そうなるとこの異世界の常識を一から作り上げるしかなくなり、そんな俺が最初に知った情報は変身とファンタジー街道、よってそれが常識なんだと解釈せざるを得なく、それらを肯定的に認めざるを得ないと言う寸法だ。

 さあ谷川、この質問にどう答える?

「名前?じゃあ逆にこっちから聞くけどよ、てめぇが今まで生まれ育ったそっちの世界の名前ってなんだよ?」

 これは意外だった。と言うか不意打ちだ。

 元はと言えば最初に聞いたのはこっちなのだが、世界の名、と聞かれて即座に思いつくほど俺の脳細胞は発達していない。これでは友達に対して得意気に出した複雑すぎるかけ算の答えが実は分からず、なんだか気まずい雰囲気になってしまったどうしようというあの雰囲気と同じになってしまう、とそこまで考えたところでとある固有名詞をふと思いついた。

「地球……じゃないのか?」

 谷川は一度小さく溜め息をついた後、

「それは星の名前だ馬鹿野郎」

 いいか、と谷川は前置きし、

「てめぇが慣れしたんだと思ってる世界に名前がねぇのと同じように俺らが今立ってるこの世界にだって名前はねぇ。だけど今ので気付いたと思うがここはさっきまで居た世界とは違う世界だ。そんでそれがてめぇの質問に対する答えだこの野郎」

 言い切ると、谷川は険しい表情のまま踵を返し、背後にそびえ立つ通称‘城’に向かって歩き出した。

「ついて来い。詳しい説明は今から会う奴にしてもらえ。ったくめんどくせぇ」

 詳しい説明……か。どこまで聞けるか分からないが、とにかくできるだけ多く知らなければいけない気がするな。なんとなくだが。


 しばらく歩くと、と言うか本当にしばらくだ。

見た目よりも随分長いこの一本道は、城に到着するまで俺の体に乳酸と疲労感を溜めさせ続け、さらに、イカレた太陽が春にも関わらずやんなくてもいいのに惜しみなく降り注がせる全方位型熱式光線との相乗効果で汗が止まらねぇじゃねぇかこの野郎。もういっそのこと冬まで休んで冬になったときに初めて丁度良い感じに地球を暖めてくれれば俺的には万々歳だ。

「何ぶつぶつ言ってんだ?ついたぞ」

 気付けばすでに城の門の前まで来ていた。というか、

「でかすぎねぇか?」

 その門の高さと言えば、首を真上に上げてようやく上限が見えるくらいで、横幅は電車十数両分、これでまさかペーパークラフトなわけが無いだろうから厚さも相当なものだろう。

 谷川は振り向き、

「その分侵入は絶対不可能だ。中にいる奴らは安全にのんびり暮らしやがってるんだからムカつく。あいつらも力あんだからたまには外出て走り回れそして死ね」

 ……まあなんというか、個人的な愚痴のようなので取り敢えず流しておくのが得策と言うものだろう。

「てめぇもそう思うだろ?」

 ふるのかよ!ていうか知るかよ!

 などとそんなことを言ってはダメだ。言おうものならおそらくこいつは逆ギレするに違いない。平和が一番、ピースイズザベストだ。ここは取り敢えず賛同しておこう。

「あ、あぁ、そうだな。さっさと死ねばいいのにな」

 しまった、不自然だったか?

 いや、大丈夫そうだ。谷川の顔からなんとなくだが険が抜けてるように見える。見ろ、口元に笑みまで浮かべているじゃないか。よし、大成功だ。

「今のはばっちり録音させてもらったぜ。お気の毒にな」

「なんで!?」

 という俺の悲痛の叫びもあっさりシカトされ、谷川は扉に手を翳した。中指に何やら光るものが付いているが、指輪か何かだろうか。

「ナンバー……コードネーム‘銀狼’帰還した」

 反応するように電子音が響く。

『ナンバー確認…照合。声調…照合。網膜…照合。ゲートを開きます』

 電子音が切れるのと同時に、ゴゴゴゴゴという地響きを立てながら巨大な二枚扉がゆっくりと両側スライド式で開いていく。

「見とれてねぇでいくぞ。俺の服掴んでろよ。じゃねぇと潰されっぞ」

 潰されたらたまんないな。圧迫死なんて死に方は前世だろうと来世だろうとごめんだ。……ちょっと昔の嫌な思い出によるものだ。

 もうすでに扉に入ろうとしている谷川を見て焦燥感を覚えた俺は、慌てて谷川の服を掴んで、徐々に面積を広げていく闇に足を踏み入れて行った。

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