日本晴れ
雨はあまり好きではないが、かといって余り降らないとその湿っぽさも恋しくなってくる。
特にこんな、暑くてつらい日は……
「小口!何をしている。さっさと直さないか!!」
「あまり暑苦しい声出していると、もっと暑くなりますよ。ご主人様」
止月書店の店長、つまり私の職場の上司である志筑優仁はイライラしていた。
そのイライラは明らかに暑さのせいで、早く雨でも降らないかと私は思っていた。
よりによって店主が“遊びに”来る日にエアコンが壊れるとは、この世界には本当に神様なんかいないのだと思わせられる。
もしいるとしても、私たちロボットには非常に厳しい神様なのだろう。
そうとしか思えない。
店の中は外の気温とほぼ同じ、いや、閉め切られている分やや高めの温度となっている。
早くエアコンの修理が終わらないと、本に致命的なダメージが、つまりカビという障害が与えられることになってしまう。
機嫌の悪い人間は嫌いだが、少なくとも私は本のことが好きだった。
そんな私は大嫌いな肉体労働、機械整備に努めている。
開店早々の店にのこのことやってきた主人は、起動したばかりの私と、エアコンが壊れているという事件に遭遇した。
私としては耐用年数をはるかに過ぎたエアコンが機能しているのは奇跡だと思ってきたのだが、わが主人はその奇跡を長続きさせようと、つまり古いエアコンを使い続けようと、私に修理を頼んだ。いや、命令した。
優しく爽やかそうな名前とは裏腹に、厳しくいかめしい主人は、命令に逆らおうという気力がわかないほどに恐ろしい。
さらに、私たちロボットに拒否権は存在しない。逆らうことなどできないのだ。
だが、提言はできる。
私は必死に、近くに新しい機械修理屋ができたこと、最新式エアコンの素晴らしさ、ネット通販での値引きセールをアピールしたが、主人はすべてを無視していった。
一時間もの説得の後、私はしぶしぶ茶色く小汚い修理ツールを手に、慣れない機械解体を始めた。
記憶によれば、今は修理を始めて二時間三十五分十三秒になる。
作業はさっぱり進んでいない。
エアコンの“解体”はだいぶ終わっているのだが、どこが悪いのか全く分からない。
当たり前だ、私にはエアコンの仕組みなんかさっぱりなのだから。
主人もそのことは知っているはずなのだが……惚けてきたのか。直せといった手前引くに引けないのかもしれない。
私としては後者であってほしい。
私は主人に小口という名前を、相当ダサいと思っている名前を貰っているが、本名は豊川バイオロイド19シリーズ業務用43112609だ。
見た目はほとんど人間そっくりで、区別することも困難な高級ロボット(自称)である。
主な使用目的は商品販売。機械操作は得意じゃない。
まあ、それを言い訳にするつもりはないけれど、何か言い訳でも吐きたくなる。
私と主人の目の前には、無残に解体され、元の形にすら戻らなくなった、外付け式の旧式エアコンだったものが散らばっていた。
今回ばかりは、さすがの私も反省していた。
とりあえず解体してみようと思ったのが三時間十五分八秒前。四十分前に主人が寝てからはさらにハイスピードで解体をし続けた。その結果がこれだ。
ナットとネジにまで解体されたエアコンが、そこにはあった。
主人の顔が赤くなったきり、丸々一分間動かない。
よっぽど怒っているらしい。
そろそろ私も覚悟を決めたほうがいいかもしれない。
よくてクビ、悪くて解体工場行だろう。
エアコンを解体して自分も解体されるなんて、何かのギャグとしか思えない。
だが、現実だ。
うちの主人なら、嬉々(きき)として自分の手で解体すらしかねない。
「小口、ちょっと……」
ほらきた、運命は私に微笑むのか?
クビになったら次はどこに就職しようか?
「頭が痛い、……呼んでくれ」
「え?」
様子がおかしい?どうしたのだろう?
振り返ると、主人が先ほどと同じ態勢で頭を抱えていた。
「救急車だよ。呼べ!!」
「はい!!」
後ろで主人がうめき声をあげる。
幸か不幸か、お仕置きはなくなったな。などと不謹慎なことを考えながら、私はスリッパを鳴らしながら近くの電話機に駆け込んだ。
[ただの熱中症ですね。ちゃんとエアコンをつけてください]
駆け付けた医療用ロボットからはこんな言葉をいただいた。
その後そいつは、最近のロボットは主人の体調を気にすることもできないのかという愚痴を延々とつぶやき続け、厭味ったらしく、最後は「もう二度とこんなことで呼ばないでください」とつぶやき去って行った。
今日は本当に厄日である。
「小口、そいつを片付けろ」
後ろでは主人がエアコンの欠片を指さしながら氷水に足を付けている。
こっちはあまりに暑すぎて回路もモーターも焼付きそうなのにいいご身分だ。
実際相手は私の主人であり、いい身分でもある。
人間とロボットの力関係のひどさにちょっと泣きそうになった。
「エアコンは好きに買っておけ。できるだけ安くな」
よっこらしょ、と立ち上がり、やっと帰宅することに決めた主人は、そう命じた。
「ふぁーい」
できるだけ安くという言葉は気になるが、この暑さから解放されるならどうでもいい。
本当に、私は雨の涼しさが恋しかった。
ゆっくり書いていきます