引きこもりの魔女が婚約者様に惚れ薬と偽って砂糖水を飲ませたら。
王家主催の大規模な夜会。
豪華絢爛過ぎるその会場は当たり前だが、どこもかしこも人だらけ。
早くも逃げ出したくなってきた私をエスコートするのは、レナード様。フォンテルナ侯爵家次男で、私の婚約者様だ。
「セーニア。君は今日も美しいな。セーニアの美しさの前ではどんな宝石も霞んでしまうよ」
猫っ毛ふわふわの金色の髪に翡翠の瞳を持つ絵本の中の王子様のような美丈夫が微笑を浮かべ、甘い言葉を溢したせいで、周囲にいた淑女達から黄色い悲鳴が上がった。
「セーニアをエスコートできるだなんて、俺はなんて果報者なんだろう」
などと恥ずかしげもなくさらっと囁くキラッキラに眩しい彼は、引きこもりの私の目には優しくない。
ついでに淑女達からの視線が痛い。
「……レナード様」
チッと舌打ちしたいのを堪えて控えめに名前を呼べば、
「なんだい? 俺の可愛いセーニア」
綺麗な翡翠の瞳が人目も憚らず真っ直ぐ私を覗き込んできた。
「近い近い近いっ! てか、キャラ変し過ぎでしょ!?」
私が小声で抗議を述べれば、
「何を言っているんだい? 俺ははじめからセーニアに夢中だというのに」
レナード様はこそっと私にだけ聞こえるように囁く。ただでさえレナード様は顔がいいのに、にこやかな笑顔で愛おしそうにセーニアなんて呼び捨てにするものだから、私の意志とは関係なく心臓がうるさく騒ぎ出した。
落ち着け、私。と、言い聞かせたところで。
「魔女殿の作った惚れ薬は効果テキメンだな」
レナード様のその言葉で私は一気に冷静さを取り戻す。
「どうかしたかい、セーニア?」
と、微笑む翡翠の瞳に心の底から叫びたい。
あなたが飲んだのは"ただの砂糖水"です、と。
なぜ、こんなことになったのか。
事の発端は昨日の午前中に遡る。
「セーニア嬢。惚れ薬が欲しい」
ソルベリウス子爵家の片隅にある私の住まい兼仕事場に一人でやってきて、レナード様は突然そんな事を宣った。
いつも妹に会いに子爵家に来る彼がこの場所を知っていたことにも驚いたけど、私にそんなことを頼んだことにも驚いて。
私はただ静かに猫のような金眼で瞬きを繰り返す。
「惚れ薬、ですか?」
「そうだ。いつもセーニア嬢は惚れ薬を使って縁結びをしていると聞いている」
レナード様は愛想笑い一つ浮かべないどころか、何処か少し不機嫌そうだ。
無表情というほどでもないけれど、私は彼が笑っているところをほとんど見たことがない。
だけど私は知っている。レナード様が私の妹のフィーネには優しく笑いかけているということを。
フィーネは可愛い。黒髪金眼の私とは違い、柔らかく明るい茶色の髪に優しい空色の目を持つフィーネは才色兼備という言葉がぴったりの自慢の妹。
人見知りで社交が苦手な私とは違い人当たりも良く、綿菓子みたいに甘くて可愛いフィーネはとにかくモテた。
だから、レナード様がフィーネに惹かれたとしても何の疑問もないけれど。
「有能な魔女である君なら簡単だろう」
いくら恋愛に疎い私でも"惚れ薬"は婚約者に頼むものじゃないことくらいは分かる。
尤も、婚約者といっても私達の間にはほとんど交流がない。
だから彼は知らないのだろう。
惚れ薬の正体も。
私が有能な魔女なんかじゃないことも。
「惚れ薬を手に入れてどうなさるおつもり?」
「惚れ薬の使用方法なんて1つしかないだろ」
まるで彫刻のようににこりとも笑わないレナード様は、淡々とした口調でそう返す。
まぁ、確かに1つしかないでしょうねと私は心の中で苦笑する。
女性が爵位を継げないこの国で姉妹しかいないうちは婿養子を必要としている。
そして薬品販売を主力とするフォンテルナ侯爵家は薬学に精通しているソルベリウス子爵家を囲いたい。
そんな理由で親に勝手に決められただけの政略結婚。
人付き合いは苦手。薬草を育てて調合してる時間が一番落ち着く。
そんな私はレナード様と上手く話すことができなくて。親睦を深めるお茶会は沈黙が重たくて、苦痛で仕方なかった。
だから、約束の時間に遅れてしまった日、フィーネに優しく笑いかけるレナード様の笑顔と普段言い寄ってくる男性に割と塩対応なフィーネが顔を赤らめレナード様と楽しげに話している光景を見て決めた。
どうにかしてレナード様との婚約を解消しよう、と。
『お姉様、大好き』
と、フィーネに抱きつかれたらどんなお願いでも叶えてあげたくなるくらいには私はシスコンだ。
だからもしこれが、フィーネからの"お願い"だったなら、私は喜んで惚れ薬の開発に取り組んでみただろうけど。
「……うちの妹に何飲ませる気だよ」
聞こえないくらい小さな声でぼそっと毒づいた私に、
「どうかしたか、セーニア嬢?」
眉一つ動かさないレナード様。
今までほとんど言葉を交わしたことはなかったけれど、私の中で急速にレナード様に対する好感度が暴落していく。
可愛いフィーネがレナード様との結婚を望むなら全力で応援しようと思っていたけれど、惚れ薬に頼るような男にフィーネはやれない。
「いえ、少々お待ち下さいね」
私はニコッと微笑み薬草棚を漁る。
そして白い粉を水に混ぜると、
「こちらがお望みの品ですわ」
小瓶に詰めた液体をレナード様に差し出した。
「ですが、取り扱いには注意なさってくださいね。なにせ"魔女"である私が調合した薬は強力なのですから」
私はにこやかに嘘の注意事項を述べる。
魔女。それは異能を持つ者の総称。
かつてこの世界には魔法と呼ばれる強大な力を持つ異能者がいたらしい。
らしい、とは現代においてはそれほど影響力のある強力な異能を持つ者がいないからだ。
私の異能だって猫の額ほどの面積の土地に植えた薬草が早く育つ程度のもの。
ソルベリウス子爵家にしたって稀に魔女が生まれる家系というだけで、薬学の研究は先人達の努力によるもの。つまり、人力だ。
じゃあなぜ私が大々的にソルベリウスの魔女なんて呼ばれているのか?
そんなの決まっている。魔女が作った、なんていかにも効きそうだからだ。実際うちの薬自体はどれも良質で自信作だし。
「さぁ、どうぞコレで意中の相手と良い仲になってくださいませ」
フィーネにコレを使った瞬間、盛大にネタバラシして笑ってやる。
これはただの砂糖水だ、って。
今日は月1回の交流の日。きっとガゼボでフィーネがレナード様を待っている。
悪意100%で渡したそれを大事そうに受け取ったレナード様に、
「おかえりはアチラです」
ドアを指して、にこやかに帰りを促した時だった。
「コレが、例の……」
そうつぶやいたレナード様は、何を思ったのか小瓶の蓋を取ると中身を一気に煽った。
「はっ!? えっ? ちょ、何を……」
惚れ薬は惚れさせたい相手に飲ませるものでしょ!? という私のツッコミより早く。
「セーニア嬢。……いや、俺のセーニア」
レナード様は見惚れそうなほど綺麗な顔で私に笑いかけると、
「君は今日も可憐だ」
人生上、今まで言われたことのない世辞を述べられた。
「そんな美しい君をお茶に誘いたいんだが今日は俺に付き合ってくれるだろうか?」
それどころかデートに誘ってくるレナード様に私は完全にフリーズする。
いや。
いやいやいやいやいや。
ちょっと待て。一体何が起きたというの? と私の脳は大混乱。
可憐? 徹夜明けで心身共にボロボロで、着てる服も作業着と化している軽装ワンピースに白衣を羽織った姿なのに?
そんな私が可憐だなんて、医者にかかった方がいいのでは? なんて脳内ツッコミをしていると。
「実は、もう予約してあるんだ」
人気のカフェの名前を上げたレナード様にスマートにエスコートされ、仕事部屋から連れ出されてしまった私は、レナード様があまりにキラキラしていたため言いそびれてしまったのだ。
『あなたが飲んだのはただの砂糖水です』って。
そのまま徹夜明けの働かない頭でレナード様と交流という名のカフェデートに連れ出された私は、お茶だけでは帰らせてはもらえず。
レナード様のキラキラの笑みに流されて、ショッピングに連れて行かれ、店員さんの説明が全く頭に入ってこないままドレスやアクセサリーを贈られて。
今流行りの演目を上演しているという劇場で観劇し。
侯爵家が出資しているというレストランで豪華なディナーを一緒に食べた。
何コレ!? コレじゃまるで本当に仲のいい婚約者みたいじゃないとどうしていいか分からず始終疑問符を掲げていた私が解放されたのは日がすっかり沈んだ後で。
「また、明日会いにくるよ」
そう言い残し、レナード様はにこやかに去っていった。
「魔女のプラシーボ効果がヤバすぎる!!」
ポスっとベッドに倒れ込んだ私は一人になってそう叫ぶ。
「惚れ薬……は、ただのハーブティーなのに」
リラックス効果のあるお茶。それが惚れ薬の正体だ。
仕事柄私が魔女だということは公表されているので、魔女の力にあやかりたい女の子達が恋愛相談に来ることが多々ある。
だが、彼女達の心は大抵決まっているので、私は話を聞く以外特に何もしていない。
彼女達に必要なのは気持ちを素直に話す勇気だけ。
こんなにキラキラ可愛いのだもの。
意中の相手と落ち着いて話せるようにしてあげたいと渡していたハーブティーが、いつの間にか恋する乙女の間で"惚れ薬"なんて呼ばれているようになっていたのは知っているけれど。
「レナード様が飲んだのはハーブティーですらないただの砂糖水なのにぃ」
計量すらせず適当に砂糖を混ぜただけの水なのに。
レナード様は特別暗示にかかりやすいタイプなのかもしれない。
「……ん、てか明日?」
え? 来るの? 何しに?
と、思ったところまでは覚えているが、レナード様と一緒にいた緊張感から解放された私は、徹夜と久しぶりの外出による疲労がピークに達しそのまま寝落ちした。
翌日。
久しぶりに爆睡した私は、仕事部屋で寝落ちしていた私を見つけて大絶叫したフィーネに本邸に連れ戻され、うちの侍女達に甲斐甲斐しくお世話されていた。
「もう、お姉様ったら!! お仕事はいいけど、お身体を大事にしてくださいっていつも言ってるのに」
心配しました、とフィーネから泣きつかれ、
「ちゃんとごはん食べてくれなきゃ嫌です! サラダばっかり食べないの!!」
どっちが姉か分からない勢いで叱られ、
「はぁーお姉様の黒髪はツヤツヤストレートで本当にため息が出るほどお美しいですわ〜♡猫みたいな金色の目もお姉様のミステリアスさを引き立てて良き♡」
3日ぶりのお姉様、とすごい勢いで愛でられた。
「フィーネ。あなた、私のこと好き過ぎない?」
自分のことは綺麗に棚に上げ、私はフィーネを撫でながら呆れ顔を浮かべる。
「だって、私にとってお姉様は最優先事項ですから!」
屈託なく真っ直ぐ見てくる妹が可愛い過ぎて私が思わず抱きしめれば、ぎゅっと抱き返してきた空色の目が心底嬉しそうに微笑んだ。
フィーネがこれだけ私に懐いているのには理由がある。
彼女と私は母親が違うのだ。
フィーネは父が外に作った恋人の子だった。とはいえ、別に母と婚姻していた時期にできた子ではない。
慎ましく聡明なフィーネの母が、平民である自分が貴族に嫁ぐわけにはいかないと固辞し、私の母は父の妻であったエレノーラだけだと亡き母を尊重してくれ、嫡女である私を一番に大事にすべきだと父に諭したからだ。
だから、存在は知っていたけれど彼女達が屋敷に立ち入ることがなかった。新種の流行病でフィーネの母が亡くなるまでは。
流行病の魔の手はフィーネにも伸び、彼女自身生死の境を彷徨った。
助けを求めてか細く泣くフィーネが過去の自分と重なって放っておけなくて。
魔女の力で様々な薬草を育てて、片っ端から調合し、流行病の特効薬を特定した。
偉い人から褒められたらしいけれど、屋敷から出たくないので功績の授与は断固拒否。
代わりに妹が欲しいと願った私の希望でフィーネは正式に私の妹になった。
それからずっとフィーネは私にべったりで。
人付き合いが苦手な私がフィーネの明るさにどれだけ救われたか分からない。
私にとってとても大事な可愛い妹。
だから、フィーネにはぜひとも幸せになって欲しいのだけど。
「……ねぇ、フィーネ。フィーネはレナード様のこと、どう思う?」
そういえばフィーネの気持ちを聞いていなかったと、今更ながら気づいて探りを入れてみた。
「良い方かと。レナード様は見目が麗しいので容姿ばかり持て囃されておりますが、教養も申し分ないですし、聞き上手なのであっという間に時間が過ぎてしまいますし」
よしよし。フィーネ的にもレナード様は好印象なのね、と聞いていると。
「それに、レナード様は私のようなものにも礼を尽くしてくださるくらいお優しい方ですわ」
フィーネは少しだけ自虐的にそう言った。
「ようなもの、とか言わないで! フィーネはれっきとした子爵家の娘で、私の可愛い妹なんだから!!」
人の口に戸は立てられず、フィーネの出自を知って彼女を軽んじる人間がいるのは確かだ。
だが、出自がなんだ。
フィーネの母もフィーネ自身も申し分ないくらい優しくて素敵な人なのに。
私や子爵家では彼女を守るには力不足で。
それが悔しくて。
「ふふっ、私は平気です。だって、私にはお姉様という最強の味方がおりますもの」
「引きこもりで碌々社交もできないお姉様でも?」
「お姉様のお仕事がどれだけこの国の人を助けていることか! 私は誰より知っていますわ」
お姉様の苦手な事は私ががんばります、とできる妹に背を押され、やっぱりレナード様はフィーネと結ばれるべきだと思った。
侯爵家と縁続きになればフィーネを軽んじる人間はいなくなるだろうし。
お互いに良い印象を持っているのなら、きっと良い夫婦になれるだろう。
次にレナード様に会った時は、ちゃんとごめんなさいをして説明しよう。
『あなたが飲んだのは、ただの砂糖水なんです』って。
そう、固く決意をしたところで、
「そろそろお時間ですね。お姉さま!」
フィーネが楽しげに手を叩いた。
時間? 何か予定あったかしら? 疑問符を掲げていると。
「それにしても今日のお姉さまはひときわ美しいです! 濃紺から下に行くほど薄くなっていくグラデーションドレスに、金糸で入れられた刺繍と散りばめられ宝石がまるでお星様のよう。まるでお姉様のために作られたような一品ですわね!」
昨日レナード様に連れて行かれた先で贈られたドレスをフィーネが大絶賛し、ほうと満足そうにため息を漏らした。
元々フィーネは私を飾り立てたがる傾向にはあるけれど。
「ところで、今日はなんで私こんなに飾り立てられてるの?」
「それは勿論」
「準備はできただろうか?」
ドアの向こうから声がして、戸が開く。
そこに立っていたのは『また明日』宣言をして去って行ったレナード様だった。
「……なんで?」
ごめんなさい、をしようとは思っていたけれど、まだ心の準備ができてない。
しかもいつもと違ってめちゃくちゃ気合い入れて化粧やヘアメイクされてるし。
その上、着てるのはレナード様から贈られたドレス。
私をじっと見るレナード様にどう反応すればいいのか分からなくて。
「……今日は交流日じゃないです」
なんでいるの!? と顔を隠してそう返すのが精一杯の私に、
「綺麗だ。君に似合うと思ったんだ」
と、嫌な顔せずさらりとそう言ったレナード様に不覚にも心臓がうるさく鳴りだす。
魔女のプラシーボ効果でおかしかったレナード様だけど、1日たてば元に戻ると思っていたのに、どうやら私の予想は綺麗に外れたらしい。
「セーニア。君は今日も可愛いな」
「そうでしょう! そうでしょう!! お姉様は世界一なのですわ」
レナード様の言葉に頷いて、ドヤ顔で全肯定するフィーネ。
身内以外の前でやめて! とフィーネを止めることも。
『アレ、ただの砂糖水です!』ってネタバレすることも叶わず。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
流れるような動作でレナード様にエスコートされた私は、気づけば馬車に乗せられて。
抗う間もなく、王家主催の夜会会場へと連れて行かれたのだった。
**
ここに至るまでの経緯を振り返り、私は大きなため息を落とす。
振り返っても、何故こんなことになったのか原因が全く分からない。
夜会は苦手。
いい思い出なんて、1つもないのだもの。
どこもかしこも目がチカチカするほど、まばゆくて。
人の声が、視線が、全部が怖くて足がすくむ。
「セーニア?」
「あ、えっと」
「良ければ一曲、お相手願えないだろうか?」
と、レナード様が手を差し出す。
「わ、たくし、は……」
自分の心臓がうるさすぎて、音楽がまるで遠くでなっているかのように聞こえる。
「ダンスは…‥無理です」
デビュタント以来公式の場で踊った事は無い。
だってそんなことをしたら、嫌でも目立ってしまうじゃないか。
この国では、黒い髪と金色の目は目立ちすぎるから。
『魔女だ!』
クスクスとささやかれる声とともに、過去の出来事が急に頭の中にフラッシュバックする。
あれはまだ私が小さかった頃の話。
『ほんとだ。魔女だ!』
『本当に黒い髪と金の目をしてる』
おとぎ話に出てくる魔女は黒い髪と金の目を持っていて。
魔女はいつだって嫌われ者の悪役で。
『悪い魔女をやっつけろ!!』
私が一体何をしたというのだろう?
『ほら、魔女なら空でも飛んでみろよ』
顔も覚えていない悪意に晒されて、私は水の中に落とされた。
今日のためにと選んだ可愛いドレスは水を吸って重くなり、体にまとわりついて自由を奪う。
『魔女が水の中で踊っているぞ』
キャッキャと叫ぶ、彼らに向かって、
『呪ってやる』
と私は確かに叫んだのだ。
その途端、勝手に育った植物が蔦を伸ばし、彼らを水の中に引きずり込んだ。
植物が育ったのは猫の額ほど狭い面積だったけど、寄り集まっていた彼らを引きずり落とすには十分で。
ドボンッと大きな音がしたからだろう。
駆けつけた大人達によって、私達は助け出された。
『……本物の魔女だ』
私に向けられた怯える目。
『魔女に呪い殺される』
私はその時初めて気がついた。
私にはそうできるだけの力があるのだと。
おとぎ話の中で魔女はいつだって悪役で。寝物語に語られるそれは、多分概ね正しい。
人と接するのが怖い。
だって、今度は本当に誰かを殺してしまうかもしれないから。
「セーニア。大丈夫だ」
レナード様の声で、私の意識が今に戻る。
「俺は今、有能な魔女殿の作った惚れ薬を飲んでいるんだから」
まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと私の手を取ったレナード様はそこに口づけを落として、愛おしそうに私を見つめる。
「それは……」
「セーニア。君に惚れ込んでいる俺は、今絶対的に君の味方だから」
レナード様が飲んだのはただの砂糖水なのに、こちらまで勘違いしそうになる熱量で。
ふわりと笑う優しげな表情に見惚れていると、
「そのまま俺だけ見ていて。あとは、音楽を聴いて楽しめばいい」
レナード様は私の手を引いてダンスホールに繰り出した。
なんて強引な、とは思ったけれど。
「大丈夫。この曲は好きだろ? それに俺もダンスは得意だ」
まるで初めから知っていたかのようにレナード様はそう言って、音楽を口ずさむ。
その音を拾ってステップを踏めば、
「さすが、セーニア。上手いじゃないか」
そう言って私を褒めるレナード様。
「……リードが上手いから、ですよ」
確かにレナード様のおかげでとても踊りやすかったけど。
人目がどうしても気になって、うつむきかけた私に、
「じゃあ、ちょっとテンポを上げようか?」
誰も気にならないくらい、とささやいたレナード様は本当にテンポを早めてしまった。
「へっ、ちょっと!」
「気にしない、気にしない」
間違っても構わないから、なんてレナード様が楽しそうに笑うから。
ついていくのに必死な私は、他人の視線なんて気にしていられなくなって。
「ふっ、ふふ……何コレ。めちゃくちゃだわ」
いつの間にか楽しくなって、気づけば笑い返していた。
あっという間に1曲終わり、音楽が鳴り止む。
すると何故かあたりから拍手が沸いた。
「もう、無理っ」
引きこもりの体力のなさ舐めんなよ! と肩でぜーはー息をしている私に、
「ほら、セーニア。みんな君に見惚れてるよ」
落ち着いたトーンでレナード様の声が降ってくる。
はっとして顔を上げ辺りを見渡せば、確かにたくさんの視線が私達に集まっていたけれど。
私を魔女だと指差して非難する人はどこにもいなかった。
**
「はぁー生き返るぅ」
少し風にあたろうか、と促されレナード様と庭園に出た私は、オレンジジュースを一口で飲んで空を見上げる。
キラキラ輝く星を散りばめた夜空はとても綺麗で、まるで今日着ているドレスみたいだ。
「ははっ、いい飲みっぷりだ。もう1杯必要かな?」
手付かずだった自分の分のグラスを差し出すレナード様に、
「私、お酒は……」
ふるふると首を振れば。
「ただのレモン水だよ。それとも砂糖水のほうがよかったかな?」
聞き捨てならない単語が耳に響いた。
揶揄うような翡翠色の瞳に、私は何度も瞬きを繰り返し、
「……………知ってましたね!? アレが惚れ薬ではなく、ただの砂糖水だって」
弾き出した結論を口にする。
コクリと頷いたレナード様は、
「どうしても今日、君を連れ出したかったんだ。だから少々強引な手に出た。君の妹であるフィーネ嬢の手を借りて」
と、静かな口で真相を告白する。どうやらフィーネもグルだったらしい。
通りで手際がいいわけだ、とハートを飛ばしまくるフィーネの顔を思い浮かべながら、
「どうして、こんなことを?」
と続きを促す。
「君は今日の夜会が10年前に発生したあの流行病が収束したことを祝う日であり、亡くなってしまった者を弔うためのものだと知っているだろうか?」
レナード様にそう尋ねられ、私は静かに首を振る。
夜会は苦手で社交もしない。
貴族の子の大半が通う学校すら行かなかった私には、友達と呼べる存在はいないし。
そもそも年がら年中引きこもって薬草いじりと薬の研究だけをしている私にそんな情報が入ってくるわけがない。
「10年の節目の年だから、どうしてもセーニアに見て欲しかった。魔女である君に救われた者たちの姿を」
確かにレナード様にエスコートされて会場内歩いている間、夜会の参加者からたくさんの感謝の言葉をもらったけれど。
「私は、特に何も」
フィーネを助けたかった。ただそれだけで、国のことやその他の感染者のことなんてあの時の私の頭にはなかったし。
私がやったことなんて、ただありとあらゆる薬草を栽培して、薬を完成させただけで。
レシピを元に量産したのはソルベリウス子爵家に所属している薬師達だし、流通させたのはフォンテルナ侯爵家だ。
魔女の力なんて、大して役に立ってないと思うのだけど。
「セーニア。君は自分で思っている以上に、この国に貢献しているんだよ」
疑問符を掲げる私に翡翠の瞳がクスリと笑う。
「セーニア。君の知識はとても貴重で、君が作る薬はどれもこれも今までに無いものばかり。そしてそれらは確かにこの国だけでなく世界中の人を救っている」
仕事部屋と屋敷の敷地だけで完結する狭い狭い私の世界。
誰かを傷つけてしまうかもしれないと怖くて引きこもっていた私の世界は、薬を通じてどこかの誰かと繋がっていたということだろうか?
大きく見開いた私の金の瞳を覗き込み、
「すまなかった」
レナード様は静かに謝る。
「本当は一番の功労者であるセーニアが真っ先に称賛されるべきなのに。君はそれを受け取れず10年も経ってしまった」
10年越しの感謝の言葉。
それらは確かに今まで私に届かなかったけれど。
「レナード様が謝ることではないかと」
人目が怖くて勝手に引きこもっていたのは私なのに、と。首を振れば、
「セーニアが引きこもってしまった原因を作ったのは俺だから」
と申し訳なさそうにレナード様が口を開く。
「セーニア、君は覚えていないかもしれないが。昔、女の子たちに追いかけられて怪我をした俺を君が助けてくれたんだ。君の魔法で薬草を栽培して」
私は金色の瞳をパチリ、パチリと瞬く。
それは、遠い遠い子供の頃の記憶。
『ほら、怪我は手当てしたから。もう泣かないで』
金色の髪をした翡翠の目を持つ泣き虫な男の子とのやりとりで。
あの後、私は……。
「セーニアが力を使ったところを目撃した子息達が君を魔女だと囃し立て、そして君は池に落とされた」
魔女である力が怖くなって、誰にも迷惑がかからないようにと屋敷に引きこもることになったのだ。
「子どものイタズラで済む話ではなかった。なのに、優しい君は自分を突き落とした相手を傷つけてしまったと自分を責めた」
「だって、私は……確かに呪ったの」
悪い魔女なの、と顔を伏せる私に、
「セーニア。君は自分の身を守ろうとしただけだよ。あのツルには奴らが勝手に引っかかって落ちただけで」
レナード様は、そうじゃないのだと否定する。
「全部見てた俺が保証する。俺だけで足りないなら、あの時連れて来た大人達の証言も用意するよ」
そう言われ、私は目を何度も瞬かせる。
てっきり、池に盛大に落ちたから大人が駆けつけて来てくれたのだと思っていたけれど。
「レナード様が、助けを呼んでくださったのですね」
「すまない。君をすぐに助けられなくて」
「正しい判断だったと思います。現に全員助かりましたし。本当にありがとうございます」
深々頭を下げて礼を述べた私に、
「俺こそ、ずっとお礼が言いたかった」
顔を上げてと促され、翡翠の瞳と視線が交わる。
「あんな思いをして、人前に出られなくなって。本当は魔法を使うことだって怖かったはずなのに、セーニアは流行病からこの国を救ってくれた。俺は2度君に命を救われている」
ありがとう、と見惚れるくらい綺麗に笑ったレナード様は、
「君が紡ぐ魔法は、とても綺麗で優しいものだ」
と、私の金の瞳を真っ直ぐ見据えてそう言った。
「セーニアとちゃんと話したかったのに、怯えた表情で固まる君を前にするとあの日の後悔が頭をよぎって、言葉がうまく出てこなくて。セーニアを余計怖がらせてしまった」
本当にすまなかった、と真摯に頭を下げてくれたレナード様は、
「なのに、フィーネ嬢から聞く君の話が楽しみで、セーニアが会ってくれなくなってからもずっと君を諦めきれず足を運んでいた」
何かを思い出したようにクスリと笑う。
その顔はフィーネと話している時と同じ表情で。
「……私の話、を……フィーネと?」
じわじわと私の頬が熱を持つ。
「ああ、セーニアがいかにすごいかについて」
語り合っていた、とレナード様にそう言われ、普段からにこにこしながら私に称賛を述べまくるフィーネの姿を思い出す。
レナード様と話していたフィーネの顔が赤らんでいた理由って、もしかして……?
『はぁーお姉様の黒髪はツヤツヤストレートで本当にため息が出るほどお美しいですわ〜♡猫みたいな金色の目もお姉様のミステリアスさを引き立てて良き♡』
フィーネはなかなかのシスコンだ。
きっとアレと同じテンションで話していたに違いない。
道理でフィーネがレナード様を気に入ってたわけだと急に腑に落ちた。
が、それはそれとして。
知らないうちに過剰に評価された情報が婚約者の耳に入っていたなんて、恥ずかし過ぎる。
「忘れてください、今すぐに!!」
前のめり気味に懇願するが、
「それは難しい相談だ」
と、あっさり却下され、
「それにセーニアが可愛くて可憐で才ある素晴らしい魔女なのは間違いないし」
レナード様はそう言って、私の髪を掬いそこにキスを落とす。
「も、もう惚れてる演技は不要では!?」
だってアレは惚れ薬ではなく、ただの砂糖水だってレナード様は知ってるわけでっ!
連れて来たかったという目的の夜会にも参加したのだし。
と、動揺しまくりの私に、
「惚れ薬を飲んだと思い込んでいるフリはしたが、惚れている演技だなんて言った覚えはない」
夜空に輝くお星様みたいにキラキラした笑顔を浮かべたレナード様は、
「言っただろ? 俺ははじめからセーニアに夢中だって」
耳まで赤く染まった私に嬉しそうにそう囁いたのだった。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星、リアクションのポチっよろしくお願いします!
★お知らせ
【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
ラストに向けて毎日投稿中です!こちらもぜひよろしくお願いします!
推しのバッドエンド回避のために、悪役の私がいい子を演じるのを辞めてみた結果。
現在連載再開に向けて準備中なので、もう少しお待ち頂けると嬉しいです!




