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魔性の君

掲載日:2026/05/31

恋とは何だろう。

誰かを想うこと。

誰かを大切にすること。

きっと、それは間違いじゃない。

でも。

その想いが大きくなりすぎた時、

それは本当に恋と呼べるのだろうか。

 始まりは単純だった。

 君が拾ってくれたハンカチ。

 たったそれだけ。

 風に飛ばされたそれを、  君は追いかけて。

「はい」

 笑いながら渡してくれた。

 それだけだった。

 本当に。

 それだけだったのに。

 僕は自覚してしまった。

 ——これが恋なのだと。

 それからだった。

 君を見るようになったのは。

 教室。

 廊下。

 帰り道。

 偶然を装って。

 自然を装って。

 君を見た。

 君の一挙手一投足。

 笑う時、  少しだけ右目が細くなること。

 ノートを書く時、  髪を耳にかけること。

 考え事をする時、  無意識に唇を触ること。

 知っている。

 全部知っている。

 誰よりも。

 きっと友達よりも。

 家族よりも。

「おはよう」

 ある日。

 君が声をかけてきた。

 心臓が止まるかと思った。

「お、おはよう」

 うまく笑えただろうか。

 変じゃなかっただろうか。

 でも。

「今日、元気ない?」

 君はそう聞いた。

 優しい。

 本当に優しい。

 だから好きなんだ。

「いや、大丈夫」

「そっか」

 君は笑う。

 その笑顔だけで、  一日が幸せになった。

 でも。

 気づいてしまった。

 君は誰にでも優しい。

 クラスメイト。

 先生。

 知らない人。

 困っている人。

 誰にでも。

 平等に。

 優しくする。

 それが君だった。

 だから。

 苦しかった。

 放課後。

 君は男子と話していた。

 笑っていた。

 楽しそうだった。

 胸の奥が熱くなる。

 嫌だった。

 見たくなかった。

 でも目が離せなかった。

「……なんで」

 僕の方が。

 僕の方が君を知っている。

 僕の方が君を見ている。

 僕の方が君を想っている。

 なのに。

 どうして。

 数日後。

 その男子は君と話さなくなった。

 偶然だ。

 ただの偶然。

 そう。

 偶然。

 僕は何もしていない。

 本当に。

 何も。

 帰り道。

 君と二人になった。

「最近、元気ないね」

 君が言う。

「そうかな」

「うん」

 少しだけ困った顔。

「何か悩みあるなら聞くよ?」

 優しい。

 本当に。

 どこまでも優しい。

 だから。

 魔性なんだ。

 君は気づいていない。

 自分がどれだけ人を狂わせるか。

 どれだけ人を期待させるか。

 どれだけ人を壊すか。

 何も知らない。

 夕焼けだった。

 赤い光が君を照らす。

 綺麗だった。

 世界中の何よりも。

 だから思う。

 ずっと見ていたいと。

 誰にも渡したくないと。

 僕だけを見てほしいと。

 でも。

 そんなことを言ったら。

 君はきっと困った顔をする。

 だから言わない。

 まだ。

 言わない。

 君は今日も笑う。

 僕に。

 皆に。

 平等に。

 そして僕は思う。

 ——ああ。

 やっぱり君は。

 魔性だ。

優しさは、とても美しいものです。

けれど、

優しい人ほど気づかないことがあります。

その優しさに救われる人がいること。

そして、

その優しさに囚われる人がいることを。

読んでいただき、ありがとうございました。

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