魔性の君
恋とは何だろう。
誰かを想うこと。
誰かを大切にすること。
きっと、それは間違いじゃない。
でも。
その想いが大きくなりすぎた時、
それは本当に恋と呼べるのだろうか。
始まりは単純だった。
君が拾ってくれたハンカチ。
たったそれだけ。
風に飛ばされたそれを、 君は追いかけて。
「はい」
笑いながら渡してくれた。
それだけだった。
本当に。
それだけだったのに。
僕は自覚してしまった。
——これが恋なのだと。
それからだった。
君を見るようになったのは。
教室。
廊下。
帰り道。
偶然を装って。
自然を装って。
君を見た。
君の一挙手一投足。
笑う時、 少しだけ右目が細くなること。
ノートを書く時、 髪を耳にかけること。
考え事をする時、 無意識に唇を触ること。
知っている。
全部知っている。
誰よりも。
きっと友達よりも。
家族よりも。
「おはよう」
ある日。
君が声をかけてきた。
心臓が止まるかと思った。
「お、おはよう」
うまく笑えただろうか。
変じゃなかっただろうか。
でも。
「今日、元気ない?」
君はそう聞いた。
優しい。
本当に優しい。
だから好きなんだ。
「いや、大丈夫」
「そっか」
君は笑う。
その笑顔だけで、 一日が幸せになった。
でも。
気づいてしまった。
君は誰にでも優しい。
クラスメイト。
先生。
知らない人。
困っている人。
誰にでも。
平等に。
優しくする。
それが君だった。
だから。
苦しかった。
放課後。
君は男子と話していた。
笑っていた。
楽しそうだった。
胸の奥が熱くなる。
嫌だった。
見たくなかった。
でも目が離せなかった。
「……なんで」
僕の方が。
僕の方が君を知っている。
僕の方が君を見ている。
僕の方が君を想っている。
なのに。
どうして。
数日後。
その男子は君と話さなくなった。
偶然だ。
ただの偶然。
そう。
偶然。
僕は何もしていない。
本当に。
何も。
帰り道。
君と二人になった。
「最近、元気ないね」
君が言う。
「そうかな」
「うん」
少しだけ困った顔。
「何か悩みあるなら聞くよ?」
優しい。
本当に。
どこまでも優しい。
だから。
魔性なんだ。
君は気づいていない。
自分がどれだけ人を狂わせるか。
どれだけ人を期待させるか。
どれだけ人を壊すか。
何も知らない。
夕焼けだった。
赤い光が君を照らす。
綺麗だった。
世界中の何よりも。
だから思う。
ずっと見ていたいと。
誰にも渡したくないと。
僕だけを見てほしいと。
でも。
そんなことを言ったら。
君はきっと困った顔をする。
だから言わない。
まだ。
言わない。
君は今日も笑う。
僕に。
皆に。
平等に。
そして僕は思う。
——ああ。
やっぱり君は。
魔性だ。
優しさは、とても美しいものです。
けれど、
優しい人ほど気づかないことがあります。
その優しさに救われる人がいること。
そして、
その優しさに囚われる人がいることを。
読んでいただき、ありがとうございました。




