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結論から言えば、わたしは城に泊まることとなった。
(両親を丸め込むなんてずるいわ)
勿論最初は断った。だというのに、いつの間にか二人は結託し、わたしを丸め込めないと分かるやいなや、素早い連携によって両親を懐柔させることに成功させる。
地位、名誉、権力が大好きな両親はあっさりと彼らの口ぐるまに乗り、王族へ擦り寄る為にわたしを城に泊まるように命じたのだ。
どれだけ泊まりたくなくとも、わたしが意固地になればなる程に状況が悪くなる。だからこれ以上の変に意地を張って悪目立ちするよりは大人しく受け入れ、粛々と過ごそうと思い直すことにしたのだ。
(……やっぱりまだ子供だと自由が利かないわね)
両親に養われている身分でおいそれと自分の意見を貫くのは難しい。けれど成長し、自分で働けるようになれば城下で生活することも可能だ。
実際にわたしは人生を繰り返しているだけあって、庶民として生活してきた経験もある。
それはまだタイムリープが始まって十回目くらいの頃の出来事だ。エドワードに一方的な愛情を抱き続ける苦しみに耐えきれず、結婚式を挙げる直前に屋敷から逃げ出し、王都から離れた村でひっそりとパン屋の売り子として働くことに成功する。
常連客で賑わうその店は、いつしかわたしの中で『特別な場所』となり、ずっとずっとその場所で過ごしていけたらどんなに幸せなことだったか……。
しかしその平穏は長くは続かない。パン屋で働いて一年が過ぎた頃、唐突に迎えが来たのだ。
『やぁ、リリー。束の間の平穏は楽しかったかい?』
店主が買い出しに行っていたのでわたしが一人で開店の準備をしていると、なんの前触れもなく、彼はやってきた。
あまりの驚きから手に持っていた花瓶を滑らせ、床に落とすと耳障りな音が店内に響き渡る。
割れた花瓶を片付けるよりも先に逃げようと店の扉に眼を向けるとエドワードに仕える直属の騎士達がぐるりと店の前を取り囲んでおり、絶対に逃げ出せない状況となっていた。
『……どうして?』
『どうして、とは心外だな。僕はただ花嫁を探しに来ただけだ』
鼻で笑う彼の視線は冷たく、美しかった紫水晶の瞳は濁り、壮絶な怒りを孕ませている。
その気迫の凄まじさに、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。
――けれど、それは何処に?
店の周りは既に取り囲まれ、普段客を迎える玄関扉の前にエドワードが陣取っていた。
そしてエドワードは自分の存在をわたしに思い知らせるかのように、コツリコツリとゆっくりと足音を立ててわたしの前に立ちはだかる。
迷いなく真っ直ぐにわたしの元にやってくるエドワードと違い、わたしの心は突然の嵐の来訪に恐れ慄き、辺りを見渡して安全地帯を探そうと震える足で後ろに下がろうとした。しかし広いとは言えない店内ではすぐに背は壁に付き、逆に自ら退路を立つ形となってしまう。
(どうして、今更やってくるの……?)
屋敷から逃げ出してもう一年も経った。その間に追っ手もなく、至って平穏に暮らしてこれたというのに、何故今になってエドワードがやって来るのか分からなかったーーそれも王族であるエドワード自らの出迎えだ。
本来高貴な身分になればなる程に、自分では動かないことが多い。
例えばプロポーズの返事なんかもそうだ。基本的にそれらが使用人を介して返事を求めるのは主の顔を万が一にも潰さない為。
よりにもよって結婚式の間際に逃げ出して彼の面子を潰してしまったわたしをエドワード『本人』がわざわざ迎えにきたのは絶対にわたしを捕まえてやるという強い意思表示をわたしに見せつける為だろう。
既に彼が手を伸ばせば触れる程に近い距離に居る。ゴクリと喉を鳴らし、ノロノロと彼を見上げれば、以前会った時よりも頬が痩け、幽鬼のようにやつれていた。
「殿下?」
「……嗚呼、キミはやはり私の名を呼ばないんだね」
そっと頬を撫でられると少し乾いた彼の手は氷のように冷たく、ついビクリと肩を跳ね上がる。彼はそれを拒絶と捉えたのか二本の腕で私をきつく抱きしめ、陰惨に口の端を歪めた。
「なに、を?」
「ねえ、リリー。本当に私から逃げられると思っていたのかい? 私から逃げて、己の役目も捨てて、自分だけが幸せに生きられると本気でそんな馬鹿なことを考えていたのか……!」
抱きしめられる腕の力は強く、逃れられない呪縛を刻まれているようだ。肌と肌が密着し、お互いの鼓動すらも聞こえる程の距離ーー荒れ狂う心音は果たしてどちらのものなのなのだろう。
抱きしめられる直前に見た彼の眼は昏く濁った紫水晶は禍々しく凶暴に光り、わたしの動向をじっと待っていた。それは空腹な肉食獣のような獰猛さであり、ギラついた瞳はわたしが下手なことを言えば何をするのか分からない程に妖しい輝きを秘めているように思った。
こんな時、ミアだったらどんな言動を取るのだろう。
わたしもミアみたいだったら良かった。
もっと要領良く、相手が何を欲しているか分かって、誰からも愛される彼女のようであれば、このようなことにならなかったのかもしれない。
(きっとミアだったらどんな状況であれ殿下に抱きしめられたら素直に彼の背に腕を回せるわ)
けれどわたしはだらんと下がった腕を彼の背中に回せる程に器用になれず、ずっと好きだった人に突然抱きしめられたという事実に混乱し、なんとか離れようと彼の胸を押してしまったのだ。




