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ズキズキとこめかみが鈍く痛む。
『失敗』したことで時間が巻き戻り、目覚めた朝に毎度頭が痛むのは『また』人生が始まったことへの憂鬱さの表れか。もしくは純粋に体調が優れないからか。
薬を飲むかどうか悩む程度の微妙な頭痛に顔を顰めそうになる――それを堪えたのは回廊の先に妹のミアが立っていることをもう知っているからだ。
「おはよう、ミア。随分と早いのね」
まだ夜が明けてから幾分も経っていない時間だ。その証拠に使用人達の姿もまばらで、屋敷全体が閑散としてどこか物寂しい印象を受ける。
常に供を引き連れて歩くことを好むミアが誰に付き添われることなく、一人で歩くのは大概わたしに嫌味を言いたい時だ。
「おはようございます、お姉様。今日は王城でのお茶会がありますもの。レディであればおめかしには時間が掛かるというもの――まぁわたくしの引き立て役であるお姉様にはそのような努力は無駄にございましょう」
猫のように丸い瞳を細めて、歪にせせら笑う彼女に苦笑する。
年違いの妹はわたし以外の誰に対しても愛嬌も愛想もあるのに、何故だかわたしの前でだけはそれらを全て取り払う。
果てのないタイムリープの間に、嫌われている理由を何度か尋ねても明確な理由を答えてくれないのは、それだけわたしのことが生理的に受け付けないということか。
「ええ、そうね。貴女の言う通りだわ」
事実、ミアの容姿は確かに美しい。
波打つプラチナブロンドの降り始めた雪のように汚れを知らない白い肌。丸みのある大きな碧玉は宝石のように輝いており、花の妖精のように麗しい見た目と天性の愛嬌の良さ――そして後に彼女は国の第一王子であるエドワード殿下にまでも想いを寄せられるのだ。
(……わたしも殿下に愛されてみたかったわ)
けれど何度人生をやり直してもわたしと殿下は真実の意味でお互いを思いやる関係になった試しがない。どれだけやり直しても『歪な関係』にしかなれないのならば、もう潔く諦めてしまえば気は楽だ。
自嘲を零せば、ミアは信じられないものを見たと言わんばかりに眼を見開き、そして顔を紅潮させる。
「お姉様は……」
戦慄く彼女の唇から次の言葉が続かなかったのは背後からメイド達がやってきたからだ。それに気付いたミアは唇を噛み締めて、踵を返す。音もなく、可憐な足取りで見る間も無く消えていく彼女の背をわたしはじっと見ていた。
***
(早く帰りたい)
王城の庭園の角で笑みを貼り付けながらこっそりとわたしは俯く。
下げた視線の先には色とりどりのドレスがずらりと並んで、彼女達の動きに合わせて揺れている。明らかに男女比が偏っているのは、ここがお茶会という名目で開催された第一王子の婚約者を探す為の面接会場だからだ。
自分以外の誰を蹴落とそうかと品定めする眼とかち合いたくなくて、なるべく目立たないように会場の隅に移動する。本当は具合が悪いと言って休みたかったところだけれど、そうすると何故かエドワードが見舞いに屋敷まで訪ねに来るので、大人しくお茶会には参加することにしたのは、彼と一対一で会うくらいならば、大勢の中に紛れてしまうほうがまだマシだという卑屈な思いから。
(……なんで面識もない相手の見舞いにわざわざ来るのかしら?)
チラリとエドワードを盗み見れば、彼は大人達に囲まれていた。恐らく彼らは自分の娘を売り込もうとご機嫌を取りながら必死にアピールしているところだった。
(ご苦労なことね)
どうせ彼が想いを寄せるのはわたしの妹だ。その事実を知っていると大人達の行動が少し哀れに思える。けれどそれは自分も同様なのかもしれない……否、引き際を弁えている分だけエドワードを取り囲んでいる大人達の方がわたしなんかよりもよっぽど利口だ。
(……わたしだって今回はちゃんと幸せになってみせると決めたじゃない)
決して手の届かない相手に何時迄も未練たらしく想いを寄せてみじめな想いをするくらいならば、想いを断ち切った『フリ』をしてでも、平穏を手に入れる。
たとえ一生、自分自身の気持ちに偽りを抱くことになるにしても、わたしは前に進む。
俯いていた視線をゆっくりと上げると、少し離れていたところに居る男の子と眼が合う。純朴そうな柔らかな顔立ちの子は琥珀色の瞳を驚いたように瞬かせる。
恐らくわたしと視線が交わることを想像していなかったのだろう。可愛らしい反応にニコリと微笑めば、彼はおずおずと此方に近付いてくる。その行動に今度はわたしが驚いたのは、タイムリープを何度も繰り返しているとはいえ、第一王子の婚約者になってしまうわたしは勉強しなければいけないことが多く、同年代の子――ましてや異性の子と話す機会が殆どないからだ。
上手く社交辞令が交わせるか心配になって及び腰になりそうなのを必死に堪える。
(何を今更臆病風に吹かれているの。ここで逃げたらきっと結果は『いつも通り』に終わってしまうわ)
それに今日はある程度の爵位を持った子息令嬢達しか集められてはいない。殿下の『友達』と『婚約者』を探す為の人選は厳しく選別されているので、このお茶会に招かれている以上、彼が粗野な相手ではないことは確かだ。
であればこそ、落ち着いて相手を待っていればいい――そう心に決めたというのに、いつの間にか近付いたエドワードがわたし達に声を掛けたのだ。




