3 記憶の欠片を頼りに
今、頭に浮かんだ老婆は誰だろう?
明らかに知り合いみたいだけど。
『関係ないね。アタシはもう引退した身だよ。このまま静かな森でのんびり暮らすさ』
静かな森といえば、アロー渓谷を抜けたところにあるブールワの森のことだ。
……え? どうしてそう思ったの?
でも……確かに知っている気がする。
ブールワの森に老婆は住んでいる……。
行ってみようかしら?
当てもなく彷徨うよりはいいだろう。
路銀は――そういえばこっちの皮袋には何が入っているのかしら?
皮袋の中を除くと、宝石が原石のまま袋いっぱいに入っていた。
「ちょっ! えぇぇ! ちょっと待って! まさか、私、これを盗んで捕まりかけたとか?!」
『お前が最初にやるべきことは、逃げる算段をつけておくことだよ』
またあの老婆の声が脳内に響いた。
『貴族が買うような高級な宝石だと買い取りする店も限られて、あっという間に足がつく。裕福な平民に買える程度の宝石にしておくことだね』
皮の小袋の中の小ぶりな宝石は老婆のアドバイスに従って、昔の私が用意したのかしら?
確かに、これくらいの宝石なら、裕福な平民が、傾いた家の足しにと売ったりしそうだ。
記憶の断片でしかないけれど、おそらく犯罪絡みではなさそう。
道中で宝石を売りながら、老婆を訪ねるしかないわね。
せめてその方の名前が分かればいいんだけど…………うーん、思い出せないわ。
老婆のいうような算段はついていないけれど、向かう先の当てができたわ。
そう考えると安心してしまって、そのまま眠りについてしまった。
◇◇◇ ◇◇◇
明朝。
日が昇る前に目が覚めた。
軽く食事して荷造りを始める。
ダニエルの手を引くので、持てる鞄は一つだ。
それほど荷物がある訳ではないけれど、全部は持っていけない。
昨日発見したトランクにダニエルの着替えを入れていく。
汚れたらすぐに着替えられるようにと、ついついあれもこれもと入れてしまったけれど、不思議なことにトランクはいっぱいにならない。
「どうなっているの?」
一度全部取り出してトランクの中を確かめたけれど、特に変わった様子はない。
「うーん。ま、いっか。考えても分からないことにかまっている余裕はないしね」
たくさん入るのなら、もう入るだけ入れてみることにする。
私自身の着替えやリネン類、まさかと思ったけれど毛布も押し込んだら入った。
「……‼︎ これってラノベでよく出てくるマジックバッグじゃない?」
この世界に魔法があることは知っている。貴族しか使えないことも。
マジックバッグがあっても不思議じゃない。
でも、大抵は高価な物って相場が決まっているよね。
宝石といいマジックバッグといい、私ってお金持ちだったのかな?
それなのにどうして逃走用の宝石を持って怪我をして倒れていたのかしら?
「はぁ。そんなことは後で考えるとして。そろそろダニエルを起こさなきゃ」
◇◇◇ ◇◇◇
ダニエルに朝食を取らせ支度を済ませると、住み慣れた我が家に別れを告げた。
村長があることないこと言いふらしそうだけど、もう帰って来ることもないからいいか。
一応隣近所の家にだけ、村長に借家を出るように言われたので出て行くと伝えて、これまで世話になったお礼を言っておいた。
出て行くとはいえ、どこに行くにも馬車が必要だ。
エイダンたちが商いに行っていた町まで馬車で半日はかかる。
「どうしよう。誰に頼もうかしら」
エイダン亡き今、私はこの村の住人とは見做されない。
エイダンの親友は遠くの街に出稼ぎに出ていて村にはいない。
交流のあった人たちも、私の頼みを聞いてくれるかどうか……。
この村で一番親切な人は――うーん、一人も思い浮かばない。
軽蔑の眼差しや訝しがるような顔つきばかりが浮かんでしまう。
「……あ」
顔つきは厳しいけれど、それは誰に対してもそうであって、公平に接してくれたおじさんが一人いた。
おじさんというか、おじいさんだ。この世界では六十過ぎたら長生きしている部類に入るからね。
おじさんに頼んでみよう。
確か、娘夫婦は違う村に住んでいるから、一人でも不都合がないように馬と馬車を持っていると聞いたことがある。
手持ちのお金で足りるかしら?
さすがに宝石は怪し過ぎるよね。
ぐずぐずしていても始まらない。交渉してみよう。
「ママン。はやくパパンにあいたいね」
「……! これから馬車を借りる相談をしに行くから、ダニエルはお利口さんにして黙っているのよ?」
「うん!」
あぁ。どうしよう。父親が生きているという嘘はつきたくないし……。
ずっとこんな感じで中途半端に返事をして誤魔化すしかないのかな……。
◇◇◇ ◇◇◇
事情を話すと、おじさんは馬車で町まで送ってくれると言う。
「そうか。出て行くんだな」
「はい。村長に家を明け渡すように言われましたので」
「そうか」
あれこれ聞かれなくてよかった。
「餞別の代わりだ。金はいらん」
「ありがとうございます」
ここは素直に受け入れよう。
「子どもは麻袋の上にでも座らせておけ」
「はい」
荷台にある麻袋を数枚畳んで座布団のようにしてダニエルと一緒に座った。
板の上に直に座るよりは数倍マシだ。
「じゃあ、出すぞ」
「はい。お願いします」
馬が小さくいなないて走り出した。
ガタガタと車体が揺れながら村から離れて行く。
「みて、ママン! うみがみえるよ!」
「そうね。これからしばらくは海を見ることはないから、この景色をよーく見ておきなさい」
「うん!」
ぐずらないでいてくれて本当に助かる。
なんていい子なのかしら!
◇◇◇ ◇◇◇
早朝に出発したお陰で、休憩を挟みながらも町には昼過ぎに到着した。
これなら、おじさんも日没までには村に帰れそう。
「ご親切にありがとうございました」
「気をつけてな」
おじさんは最後までぶっきらぼうで笑顔を見せなかったけれど、それでも心が暖かくなる。
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