Ep.54 強制マラソン大会
唐突だがランニングマシンを思い浮かべて欲しい。
そう、動く床の上を走るアレだ。
元の世界にいた時の俺も、ジムで体を鍛える時にお世話になっていました。
最高速度設定で走ってる時、隣で走るキレイなお姉さんに気を取られ、盛大にコケて後方に吹き飛んだこともある。めっちゃ痛かった。
そう……ランニングマシンの上でコケると大変なことになるのだ。
――――彼のように。
「あああああぁぁぁぁ…………」
「ミゲーーール!?」
いきなり高速で動き出した床――――ロード・オブ・ウロボロスさんの巨体という言葉では足りないほど大きすぎる身体が動き出した。
地平線の彼方まで視線を向けてもなお、全体の見えない広大無辺な身体。星が瞬く夜空のような体表は高速で流れ、流星群のごとき様相を呈している。
突然動き出した足元に反応が遅れたアヴィオール殿下の護衛の一人。ミゲルさんが足を取られ、盛大にコケた。
ここがトレーニングルームのランニングマシンの上なら床に叩きだされるくらいで済むが、いまは世界全体がランニングマシンと化している。
コケたミゲルさんは夜空のごとき巨体の上を何度もバウンドして、流星群の彼方に消えていった。
仲間の差し伸べた手は届かず、遠のく悲鳴。何度も顔面着地を繰り返し、間を置かずに悲鳴は消え、静かになる。凄惨な事故を目撃しちゃったよ。
これ、ちゃんとアルティメシア様の加護が発動してるといいな……。
「殿下を中心に固まれ! 一度離れたら合流は不可能だぞ!」
大声であがる、護衛のリーダーっぽい人の指示。
オクトーを含む全員がうなずき、一カ所に集結した。
突如はじまった強制マラソン大会。
悲しい事故があったけど、みんな冷静に対処しようと心掛けている。
ところで、足元の体表が流れるスピード……めっちゃ速くない?
俺がランニングマシンで走った最高速度。時速二十キロの倍以上ありそうなんだけど。自動車並みの速度なんだけど。
みんなよく、そんな重装備で平然と走っていられるね。
アヴィオール殿下に至っては、眠るウナさんをお姫様抱っこしてるし。
前に進んでるってことは、時速五十キロ以上の速さで走ってるんじゃないか?
この場にいる全員が超人だわ。
「誰かこの場所の攻略情報――『環竜座』の情報を教えてくれ!」
「『環竜座』が持つ性質は『無限再生』、『生命の円環』――不死です!」
「先ほど試しに斬りつけましたが、すぐさま再生しました!」
「体表すべてが深淵霊素『虚』で覆われています。生半可な魔術は通りません!」
「絶望的な情報ありがとう。で、希望が持てる情報はないのか!」
「報告。『ライブラリ』の討伐情報では、『環竜座』は尾を咥えた、蛇に似た姿の巨竜。その尾と頭部が離れた時、『生命の円環』が消えた。『無限再生』を失った、とあります」
オクトー、ナイス報告!
なるほど、まず頭と尾を切り離せばいいんだな――うん。
その頭はドコよ?
「この広大な世界から、頭を探せと言うのか! クソッ。サーニャ、できるか!」
「……ッ。やってみます!」
サーニャと呼ばれた護衛の女性を中心に、いくつも重なった幾何学模様の法陣が広がって、なにかを上空に打ち出した。あれは――――衛星?
索敵目的のヤツなのかな?
「反応――――ありました! 直進方向に強烈な反応あり。『再生』の発生源と思われます!」
「でかした! 全員、加速術式で一気に駆け抜けて――――あ」
まじか……。
サーニャさんが指さした方向の体表がうねり、隆起して――山がそびえ立った。
目測の標高は千メートル以上。こちらに迫りくる迫力は津波のよう。
走る『道』の傾斜がどんどん厳しくなっていく。
おいおい。平地と山じゃあ、ランニングの負荷がまったく違うぞ。
それでも、退けば目標が遠ざかってジリ貧だと判断したのか。
全員が覚悟を決めて速度を上げていく。
「いくぞ!」
護衛リーダーの掛け声で開始する登山マラソン。
先導は索敵した、サーニャさん。ゴールへの案内人だ
平地で平然と走っていたみんなも、急傾斜のランニングはきついのか顔を歪めていく。息が荒くなっていく。
そんな中、平気な顔をするオクトーさん。
つらくないの?――――え? 魔導人形に心肺機能はないから疲労知らず。いくらでも走り続けられる?
チートや。マラソン界のチート能力もちや――――と。
そんなこと言ってる場合じゃない。
マジでこれどうすんだ?
まだウロボロスの頭も見えない状況での疲労困憊。
脱落しそうな表情を浮かべてる人もいるぞ。
ようやく、登頂して下り。
斜面を降るのも足に負担がかかる――――って、あれ?
なんか『道』の様子がおかしい。
少しづつ速度が落ちて――――流れが変わった!?
さっきとは逆方向。前に流れ出したぞ!
降る途中でそんなことしたら――ッ!?
「きゃああああああああああ!?!?」
先導のサーニャさんが足を滑らした!?
前方に激しく転がっていく! 助けは――――間に合わないッ。
一番前にいたから止められる人が居ないッ。
他の全員は脚を止め、『道』に伏せて難を逃れたが、サーニャさんだけは間に合わなかった。
滑落していく彼女を助けようと、護衛リーダーが前に出て――――
「進路変更! 頭部の位置が動き出しました!」
それがサーニャさんの最期の言葉だった。
変更された目的地を指で差す彼女は、突然裂けた『道』の中に呑まれていった。




