三 覚悟➁
「姫様!」
ふたりの声が重なるが、凜花は気にも留めずに炎を纏う聖の手にしがみつく。
「ッ!? 凜花!? 放せ!」
「ダメッ!」
凜花は灼熱に顔を歪ませながらも聖の腕を離さず、彼は動揺しつつも炎を消した。
「なぜこんな無茶を……!」
「だって……」
困惑と驚愕でいっぱいの様子の聖に、凜花が首を横に振る。
「ふたりとも、もうやめよう? 憎しみ合うのは苦しいし、つらいよ……」
凜花は知っている。
人を憎む苦しさとつらさを。
そこから生まれるのは、悲しいものばかりだということを……。
「凜花……」
凜花の着物が焼けていることに気づいた聖の顔が、罪悪感で満ちていく。
けれど、凜花は小さな笑みを浮かべた。
「凜さんは、こんなこと望んでないよ」
「え……?」
「友達を傷つける聖さんを見たいはずがない。凜さんも私も、ふたりにこれ以上憎しみ合ってほしくない。だから、もうやめよう」
凜花を通した凜の言葉が、聖の心に届く。
彼は苦しげに顔を歪ませたあと、意を決したように小さく頷いた。
「ああ、そうだな……」
聖の双眸には、微かに涙が滲んでいる。
それでも、彼はもう火焔を攻撃する気はないようだった。
「う……」
少しして火焔が目を開けたが、もう起き上がる気力すら失っていた。
「聖……とどめを刺せ……」
「……いや、できない」
「は……?」
「止められたからな。凜花と、凜に……」
「……っ」
聖の言葉に、火焔が顔を歪める。
「だが、お前の龍の力を奪う。お前はこの先ずっと、火の龍の力を失くして生きていくんだ」
「……好きにしろ。どうせもう、俺はなにもできない……」
火焔の両手は焼けただれ、着物が燃えた上半身にも大きな火傷を負っている。
体を起こすこともできないようで、聖が火焔の心臓のあたりに手を当てても微動だにしなかった。
「……ぅ」
火焔が小さなうめき声を上げると、聖の手が光を纏った。
それは、火焔の体から出て聖に吸い取られていくようでもあった。
「これでもう、お前は火を操れない。力を失くした龍は飛ぶこともできない」
「俺をどうする?」
「……城で投獄していろ」
火焔は力なく笑い、聖は悲しげに見えた。
凜花は視線を逸らさずに、ふたりの姿をしっかりと目に焼きつける。
凜に伝えるように、聖と火焔のことを見守るように。
ただ真っ直ぐな双眸を向けていた。
聖は、真っ先に凜花の傷を治した。
「すまない……。駆けつけるのが遅くなった上、守るどころか俺が傷つけた……」
罪悪感を滲ませる彼に、凜花はあっけらかんと笑ってみせる。
「平気だよ。もうちっとも痛くないし、聖さんがすぐに炎を消してくれたから着物が焼けただけだったし」
「だが……」
「ほら、聖さん。みんなのことも治してあげて」
「あ、ああ……」
明るく背中を押す凜花に、聖は戸惑いを見せながらもこの場にいる者たちの傷を治していく。
菊丸、玄信、桜火、そして複数の臣下たち。
聖がひとり残らず手当をすると、みんなが深々と頭を下げた。
「聖様、申し訳ございません! 姫様をお守りするどころか足手纏いに……!」
「本当に申し訳ございません! 私はお世話係失格です……」
「ごめんなさいです……」
玄信、桜火、菊丸に続いて臣下たちも次々に謝罪を紡ぐ。
「もういい。俺もすぐに駆けつけてやれなかった。よく耐えてくれた」
「聖様……」
玄信は眉を下げ、後悔を滲ませながら凜花を見た。
「姫様!」
「は、はい……」
真っ直ぐ見つめられて、凜花はたじろぎそうになる。
けれど、その視線を受け止め、凜花も彼を見据えた。
「先日のご無礼をお詫びいたします!」
なにを言われるのかと身構えたとき、玄信が土下座をした。
「え……?」
「どういうことだ、玄信」
聖の鋭い視線が、玄信を射抜く。
玄信は、意を決したように口を開いた。
「はい……。私は先日、おこがましくも姫様に進言いたしました。聖様のつがいになる覚悟がないのなら、天界を去ることもお考えください……と」
「おい、玄信――」
「待って!」
怒りをあらわにした聖を止めた凜花が、彼を見つめて首を横に振る。
「玄信さん」
凜花は地面に両膝をつき、玄信に笑みを向けた。
「謝らないでください」
「し、しかし……」
「あのとき、玄信さんが聖さんを思ってあんな風に言ってくださったことだとわかってます。それに……」
凜花は息をゆっくりと吐くと、迷いのない瞳を見せた。
「私は、玄信さんのあの言葉があったからこそ、自分の本心がわかりました」
「え?」
「でも、この先は聖さんにだけ伝えたいんです。だから、ふたりだけにしていただけませんか?」
凜花の力強い声音に、玄信と桜火、聖までもが目を見開く。
「……御意」
玄信は頭を深々と下げると、瞳をそっとたわませた。
それは彼が凜花に初めて見せる、優しい笑顔だった。
「聖様、お叱りはあとでお受けいたします」
「……ああ。覚悟しておけ」
そう言った聖の声に厳しさはなく、彼がもう怒っていないことが伝わってくる。
凜花が安堵する中、玄信たちは火焔を連れて去っていく。
咲いていた花がまばらになった丘には、聖と凜花のふたりだけが残った。




