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第4話 7月25日。土曜日。午前。14歳の香川の夏

 「少しでも嫌なことがあったら、いつでも帰ってきていいからね。向こうでもお元気でね、ハナちゃん」


 「ありがとう、パパ。大好きだよ。いってきます」


  夏休み初日。寂しそうに微笑むパパと、玄関先でさよならのハグをした。先週パパにデパートで買ってもらった小綺麗な白のワンピースを来て、黒のロングヘアーを三つ編みにして、歩きやすいお気に入りのスニーカーを履いて、バスと電車を乗り継いで空港に向かった。


 昼過ぎに高松空港に到着し、リムジンバスに乗ってママの住む町を目指す。


 カラフルに塗装された小柄なバスが、アスファルトの剥げた農道を突き進む。


 ナス、カボチャ、キュウリ、オクラ。


 「恋人よ ぼくは旅立つ 東へと向かう列車で~♪」


 以前SNSで流行した、レトロな歌を口ずさむ。青い空に長閑な田園風景を見つめていると、スマホやデジタル機器の介在しない時代の、時代に取り残された褪せた歌詞に逃げ込んでしまいたくなった。


 初めて訪れる土地。初めて見る生き生きとした野菜の栽培。移り変わる車窓の景色を、窓に張り付くように眺める。すると、後ろの席のおばあさんが笑いながら飴玉をくれた。私は照れながらもお礼を言って、暇潰しにママとパパについて思いを巡らす。


 「はなやいだ街で 君への贈り物 探す 探すつもりだ~♪」


 両親が多忙で遊んでもらえないと言う事実が、昔はとても嫌だった。


 物心ついた頃には、パパとママが仕事を愛していることに気づいてしまった。パパとママの「いってきます」の声が高揚し、「ただいま」の声が沈んでいるように聞こえて、幼い私はとても不服で仕方がなかった。靴や鞄を隠すいたずらで、足止めを試みたりした。けれどふたりは怒りもせず、予備の靴や鞄を取り出して家をでた。そんな彼らの様子が子供ながらに不憫で痛々しく、かつ自分には彼らを引き留める魅力がないことに気づいてしまった。それ以降はいたずらも反抗もやめて、教科書に出てくるような、面白味のない模範的ないい子になった。


 「いいえ あなた 私は欲しいものはないのよ~♪」


 それから時が経って、小学校に通いはじめた私は現実を知る。同級生のパパやママは、もっと子供たちに時間と労力と関心を割いていた。


 私のパパやママだって、時間を割いて授業参観や運動会には可能な限り来てくれる。ピアノの発表会には花束を携え、水泳の大会にはメガホンを持って応援してくれた。だけど、普段の生活はどうだろう。イベント以外の日常では、顔をあわせることすら難しい。


 パパやママと世間話をするためには、数日前からアポイントが必要だった。その手順が面倒で、家族間での他愛ない会話は諦めてしまった。


 しばらくして、私は少女漫画の主人公なのだ、と思い込むことにした。


 物語が好きな私は、漫画もたくさん読んでいた。だから、ある種の法則にも気づいた。少女漫画の主人公には、好みの男性に突拍子もなく好意を持たれる以外にもパターンがある。例えば、主人公である学生の女の子の両親が、主人公だけを日本に残して海外出張に行っていて、主人公はひとりで一軒家に住む、みたいなもの。


 同じだ、と私は思った。非現実的な物語の世界に住む彼女たちと、私は同じ状況だと思った。パパとは同居しているけれど、精神的には遠くにいる。ママに関しては、心だけでなく物理的な距離も遠い。だから私は、パパもママも、海外出張に行っていると割りきっている。パパは職場という外国に、ママは香川県という名の外国に。

14歳の頃に好きだったもの。

セミ、タイムカプセル、ハンターハンター、夜中に放送されていた誰も知らない洋画、実家で飼っていた老犬、友達との自転車の旅。

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