第20話 8月3日。月曜日。木綿のハンカチーフ
「恋人よ 僕は旅立つ 東へと向かう列車で~♪」
あおいおじさんのカフェは3時に開店する。開店早々の3時のおやつタイムは、結構混んでいる。19 時から20時半くらいのディナータイムも、お客さんがいる。でも、ご飯どきでない夕方4時くらいとか、夕食後の9時過ぎには、あまり誰もいない。
「はなやいだ街で 君への贈り物 探す 探すつもりだ~♪」
だから私は、午前中はママの書斎で本を読んで、お昼はローカル番組を見ながらコーンフレークを食べて、昼過ぎには学校の友達ととりとめのないメッセージを繰り返して、それから少しだけ化粧をして、暑さのピークが去った午後3時半に家を出る。
「いいえ あなた 私は欲しいものはないのよ~♪」
農道の真ん中で日傘をさして、 真緑の稲畑やカラフルな菜園を通り過ぎる。歌唱力は全くないけれど、私はとても歌うことが好きだった。恥ずかしくて人前では出来ないけれど、一人での散歩中ならいつだって歌える。今のマイブームは、古い歌謡曲。移り気で軽薄な男性と一途で盲目な女性の淡い恋の歌を、何度も何度も口ずさむ。飽きてきたら、うろ覚えのローカル番組のテーマソングをハミングする。そうしてたまにスキップしながら、4時の少し前にカフェにたどり着く。
「ただ都会の絵の具に 染まらないで帰って~♪」
入り口の前でスマホを操作して、少しだけ時間を調整する日もある。そんな微笑ましい努力の下、私は4時ちょうどにカフェのドアを開ける。
「おじさん、こんにちはー」
「やあ、ハナちゃん。おかえりなさい」
何度か訪れるうちに、おじさんは「こんにちは」ではなく、「おかえり」と言って私を出迎えるようになった。
私は我が物顔で、店内に入っていく。冷房に晒された身体が汗を吹き出し、歩きながら綿のハンカチで汗を拭う。
「夏休みはどう? 中学生らしく、毎日充実してる?」
「うん。とても楽しいよ」
「毎日何をしているの?」
「ママのマンションのリビングで、SNSを眺めたり、スマホで動画を見たり、読書をしたりしてる」
「えー? それって本当に楽しい?」
「もちろん。今時の中学生は全国どこでも、きっとこんな感じだと思う」
「若者の感覚だなあ。おじさんの時代は、まだ友達と集まってサッカーしたり、虫取りとか海とかに遊びに行ってる時代だったよ。時代は流れて行くんだなあ」
「そういう価値観とか遊び方も、素敵だと思うな。古き良きって感じで、いいと思う」
「あはは。古き良きって。老人扱いしないでよ。僕だってまだ、ピチピチの20代だよ」
4時から5時くらいまで、カウンター席の右端の特等席に座って、おじさんととりとめのないお喋りをする。 おじさんは5時過ぎくらいから、仕込みの仕上げを開始する。6時くらいからお客さんがやって来くるから、私はママの書斎から持ってきた小説を読み始める。手があいたおじさんと話したり、たまに常連の老婦人とお喋りしたりしながら、小説を読み続ける。
散歩中の鼻唄。