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第2話 夏の前触れ

 少し遡って、その年の春の終わりの夜のこと。




 「夏休みは、香川でいいかしら」


 香川に単身赴任をしているママと、リビングでビデオ通話をしている時だった。開始早々、こぼれるような笑顔でママが言った。


 午後11 時を過ぎているのに、自宅に帰ったばかりのママはレースのついたスーツ姿で、疲れを隠すためか過度に濃い化粧を施していた。それでも、幼少期に少しだけ住んでいた思い出の地に赴任を果たしたママは、スマホの画面の向こうでいつも以上ににこにこしながら、思い付いたばかりのプランを娘の私に共有する。


 「去年の夏休みは、ハナちゃんにとても寂しい思いをさせてしまって、本当に申し訳なく思っていたの。ほら、パパもママも、どうしても休みを取れないプロジェクトが続いていたから」


 中小都市の閑静な住宅街。庭付きの一軒家。クーラーのきいたゆとりあるダイニングに、ママが選んだシャンデリアが燦然と輝く。3人家族には広すぎるオーダーメイドのウッドテーブル。


 ”ハナちゃん”という愛称で呼ばれた私は、固く冷たいウッドチェアに、いつもと同じくひとりで背筋を伸ばして座っている。


 「全然大丈夫だよ。仕事なら、仕方がないよ」


 私はシャワー後の濡れた髪を手櫛で整えながら、ママに微笑みかける。


 ママと世間話を続けながら、去年の夏休みを思い出す。あの夏も、何の変哲もなく、ひとりだった。学習塾も模試も習い事のレッスンもたくさんあったし、友達と遊びに行ったりもして、色々と忙しくしていたけれど、家族団らんは一度もなかった。ママが推測するとおり、端的に言えば、私はとても寂しかった。


 「理解してくれてありがとう、ハナちゃん。愛しているわ」


 ママはそう言って、髪をかきあげて緩やかに微笑んだ。私も笑みを浮かべ、同意するように頷いた。

はじまるまでは待ち遠しい。はじまってしまえば終わりが見えて胸が痛み、心の底から楽しめない。そして終わった後で、過ぎ去った在りし日を振り返って懐かしむ。


それが夏休み。

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