第18話 8月1日。土曜日。あおいおじさん、という人
艶やかな快晴の日だった。雲ひとつない夏空。
いつか懐かしむべき夏の思い出の代表例のような、物語のはじまりの日。明るく晴れ渡った、爽やかな真夏日。
そんな素晴らしいお天気だったのに、本来は休みの土曜日だというのに、ママはやっぱり仕事だった。今朝のママはいつものように、朝食も取らずにブラックコーヒーだけを飲み、タブレットでニュースをチェックしていた。
「寂しい思いをさせてごめんね、ハナちゃん。でも、ママには外せない仕事があるの」
「知ってるよ」
「お昼はデリバリーでも頼んだらどうかしら。駅前の天丼のお店が美味しいそうよ」
仕事だけが頭にあるママは、娘と深いコミュニケーションを取る時間も、気力もないようだった。ママは罪滅ぼしのように一万円札をテーブルの上に置いて、簡素な別れの挨拶とともに家を出た。
ママが玄関のドアを閉めてから、私は寝巻きのままにリビングでぼんやりとテレビを見ていた。テレビは昨日と同じく、夏休みに訪れるべき観光スポットと流行りのデザートを特集していた。スマホでSNSを閲覧したり、ママの部屋から拝借した本を読んでいたら、気づけば昼過ぎになっていた。
「うーん。なんだか飽きちゃったし、お腹も減ったな」
リビングのソファで背伸びをして、窓の外に視線を送る。雲ひとつない青空だった。ママからのお小遣いで富豪になった私は、勢いよくソファから立ち上がる。スマホと財布をリュックに入れて、お気に入りの白のワンピースに着替えて、髪の毛を三つ編みにセットして、日傘とスニーカーを装備して、スーパーに買い出しに向かった。
その日はママが早く帰ってくると言っていたから、美味しいものを作ってあげようと思っていた。けれど、私がスーパーの入り口にたどり着いたとき、やっぱり遅くなるとママからの連絡が届いた。
「遅くない日なんて、ママには全然ないじゃん」
ママとの時間を期待した分、私は落胆して肩を落としてしまった。日焼けしながら食材を買って、自分のためだけに料理をする気力なんてなかった。それに何より、あの無機質な2LDKにひとりで帰ることが嫌だった。
目的も土地勘もなく、けれど存分に時間を持て余した私は、思い付きであおいおじさんのカフェに行ってみることにした。カフェで食べたいものがあるとか、おじさんと会いたかったというより、他に向かうべき場所が思い浮かばなかった。
スマホの地図アプリを頼りに、夏休みの初日にママと夕暮れに歩いた農道を、真昼にひとりで歩いてみる。ひとりで歩く炎天下の30分間は、とてもとても、長かった。
することがなくてする宿題ってしんどい。
ポジティブな気持ちでする勉強は楽しい。