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第16話 7月26日。日曜日。ふたりきりの休日_4

 クラシックのバイオリンが響くモダンなデパートで、ママは値札も見ずに財布を開く。ママは行き着けの化粧品でフェイスクリームを購入した。それから私に、足りない衣類と日傘と日焼け止めと、そして綿のハンカチを買ってくれた。


 「あまり遠慮しないで、もっといいものを買ってもよかったのよ」


 支払いを終えて店を後にし、空調の効いたデパート内のエレベーターを下っていたとき、ママは苦笑いを浮かべてそう言った。特価品のハンカチが何枚か入ったショップバッグを、私は誇らしげにぷらぷらと揺らす。ブランドのロゴの入った絹のハンカチを固辞し、綿製のノーブランド品を選んだ私を、ママは不思議そうに見つめる。


 「気を使った訳じゃないよ。機能性を重視しただけ。ママが勧めてくれたものも可愛いかったけれど、絹はあまり吸水しないし、手入れも大変だなって気づいたの。だから、汗をよく吸って洗濯も簡単な綿を選んだの」


 「あら、現実的な考え方ね」


 「ママはどんなハンカチを持ち歩いているの?」


 「2枚持ち歩いているわ。お手洗いで手を拭く用と、周囲に見せびらかす用に、1枚づつ」


 「現実的な手法だね」


 店内を一通り散策し、蒸し暑い立体駐車場へと戻る。衣類や化粧品のショップバッグを後部座席に詰め込み、窓を全開にしたママのセダンがデパートを後にした。 




 お腹が空いた私たちは、お昼過ぎに名店のうどん屋に立ち寄った。SNS で人気のお店で、その日もとても繁盛していた。気乗りしないママを誘って、長い列に並んだ。看板メニューのこしのあるうどんを食べ、案外普通だねと感想を言い合った。


 その後、時間があるからと、ママは遠回りをして海を見に連れていってくれた。人がまばらな海岸線を少し散策して、海辺のケーキ屋でチーズケーキを頼んだ。鮮やかな海を背景に、ママと一緒に何枚かスマホで写真を撮った。帰り際には温泉に浸かって、そしてもう一度車内で写真を撮った。




 観光客のようにはしゃいで歩きまわり、日が暮れる頃にあおいおじさんの古民家カフェに立ち寄った。


 「ハナちゃん、先生、そして僕。今日もおつかれさまでした。かんぱーい!」


 他にお客さんのいない店内で、ジンジャーエール3 杯で乾杯をした。真っ暗になってから2LDKのマンションに帰って、網戸にした窓から届く鈴虫の音色を聞いた。ママの書斎に一緒に籠って、しばらく本を読んだりもした。ママが何度も読み込んだ形跡のある古い純文学。何てことはない、初恋の儚さと不条理さを説く物語だった。


 「ハナちゃんと過ごす非日常、とても楽しかったわ。今日の楽しさを糧に、明日からの仕事をまた、ママは頑張ることが出来る」


 「こちらこそありがとう、色々見てまわれて面白かったし、うどんも結構おいしかった」


 「今度はうどん以外の郷土料理のお店にも、一緒に行きましょうね」


 「楽しみにしてる。おやすみ、ママ」


 ママはいつになく上機嫌で、心の底から幸せそうで、私もずっと笑っていて、なんだかとても楽しかった。

過度な愛情の不毛さ。

過ぎたるは及ばざるが如し。

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