しがない動画投稿者
「はい、それじゃあ行ってみましょう! 某市にある山の中にあるという廃神社! 本当になにか人ならざるものが『出る』って噂のこの神社に、これから僕一人で突入してみようと思います!」
赤いジャケットを着た青年が一人、暗い山道の中で自分に向けたカメラに向けてそう喋っていた。
いつか有名になるという夢を抱え、バイトの稼ぎと貯金を切り崩して細々と暮らしているしがない動画配信者のその青年は、今日もなんとかウケの良い動画を取ろうと遠路はるばるこの山にまでやって来たのだ。
ゆっくりと歩きながらネットで手に入れたその神社の由来や成り立ち、なぜ寂れたのかなどの情報をまくし立て、そして話すことがなくなると青年はカメラをしまい、幾分早足になって進み始めた。
十分ほど歩いただろうか。目を凝らさなければ見えないような小さな道を手にした懐中電灯の明かりを頼りに進んでいた青年の視線の先に、突如として鳥居が姿を現した。まだ少し距離があるが、懐中電灯の明かりによって暗闇の中に浮かび上がったその姿は、それだけですでになにか幽霊や妖怪にも思えるほど不気味な姿だった。
「うぉ……っと」
まだしばらくは歩く必要があると思っていた青年は、突如現れたその姿に虚を突かれて思わず足を滑らせてバランスを崩す。しかしすぐに体勢を整えて、カメラを用意してからもう一度鳥居の方に目を向けると、先ほどは気が付かなかったが、鳥居のすぐそばにだれか人が立っているのが見えた。
こんな時間に、山にある廃神社に人が?
青年は自分のことを棚に上げてそんなことを考える。そしてごくりと音を鳴らして唾を飲み込むと、青年はカメラを進行方向へと向けてゆっくりと鳥居の方へと近づいた。
鳥居の近くに立っていたのは、夜に紛れそうな紺色の甚平を身にまとった子供だった。
白い狐の面をつけているせいで顔は見えない。
「ふぅむ……カメラか……」
鳥居に近付いた青年が、その仮面の子供に足があることにひとまず胸を撫でおろしていると、子供は青年が手に持っているカメラを目にしたのかそう口にした。
声変わりがまだ遠いことが分かる透き通った声だった。しかしその透き通った声とは裏腹に口調は老成しており、そのアンバランスさと暗い山の中にある廃神社というシチュエーションが合わさったせいなのか、青年はごく自然に目の前にいる相手が人ではないと確信していた。
「カメラは止めた方がいいですか?」
青年からの質問に子供は構わん構わんと手を振り、「カメラ映りは悪いんだがのぅ」とよく分からないことを呟く。
「それで、こんな人もおらんような神社にわざわざカメラなんぞ持ちよって、なにを撮りたいんじゃ?」
青年は動画配信に使う動画を撮っていると説明するが、少年にはうまく伝わらなかったらしい。しかし少年なりに理解はしたのか、つまりは心霊写真や心霊動画を撮りたいんじゃな、と言った。
心霊写真とは限らないが、しかし面白い動画が取れればそれでいい青年はとりあえず説明を諦めてそうですと頷いた。
「うむ、うむ。それならば賽銭箱に賽銭でも投げ込んで祈ってみればいいのではないかの? 案外この神社の神も気まぐれを起こして霊の一匹や二匹見せてくれるかもしれんぞ」
青年は狐面の子供の言うことに従うことにした。賽銭を投げ入れても何も起こらないかもしれない。しかしそれでも、神社にいる不思議な子供を撮影することには成功したのだ。最悪あの子供を編集でなんとかすれば恰好はつく……かもしれなかった。
鳥居をくぐり、荒れた賽銭箱……辛うじてかつて賽銭箱だったのだろうということが分かる箱の残骸の前に立つと、青年は財布から小銭を取り出そうとする。
しかしそこでふと思い直して札入れを取り出すと中から一枚引き抜き、それを賽銭箱の残骸の中に突っ込む。
どうせだったら奮発して、幽霊だけではなくついでに有名になれるようにとお願いしてやろうと思ったのだ。
パンパンと二回手を叩き頭を下げ、幽霊を見せてください、有名にしてくださいとお願いをする。そうして願い終わった青年は帰ろうと鳥居の方へと向いたとき、なにやら生ぬるい空気が肌を撫でた。
同時にぞくりと体の芯になにか冷たいものが通り抜けたような気がした。
鳥居のそばには、すでに子供の姿はなかった。
そこから青年は山から下りるまでの間、何度も恐怖の叫びをあげ、腰を抜かし、逃げ惑い、転び、目を覆うことになった。
山の中のどこに目を向けてもナニカがいた。髪を振り乱した真っ赤な服を着た女性が、重々しい軍靴を響かせる首から上のない兵士が、体はどこだと叫んで飛び回る生首が。
その他さまざまな幽霊や妖怪と思しき何かが、常に青年の近くにいた。
夜明け前になり、ようやく山のふもとにまで下りてきた青年は、さっきまで体の芯にあった冷たいものが消え、生臭さを覚えるぬるい空気も消えていることに気が付く。そして思わず山の方へと振り返ると、まだ暗い山の道に、狐の面をした子供が立っているのが小さく見えた。
大分離れているというのに、その子供の言葉は不思議とよく消えた。
「賽銭を奮発してくれたからのぅ。大サービスというやつじゃ」
子供が掲げた右手の人差し指と薬指の間には、夜の内に青年が賽銭箱の残骸に押し込んだクシャクシャになった万札が挟み込まれていた。
後日、青年が動画を編集しようとカメラのデータを確認してみると、映像には幽霊は一つも映っておらず、ただ青年が一人で驚いたり叫び声をあげたり腰を抜かしたりしているのが映っているだけであった。しかもご丁寧なことに、あの子供までカメラに映っていないのだ。
「カメラ映りが悪いってこういう意味かよ……」
青年はそう呟いて肩を落とすが、しかしこれはこれでパントマイムのようで面白いのではないのだろうかと思い立ち、結局その映像を編集してアップすることにした。
すると驚いたことにその映像がなぜか局所的なブームを起こし、青年は少し有名になり、バイトをしないでも動画投稿だけでなんとか食べていけるようにまでなっていた。
ひょっとしたらあの廃神社で有名になれるように願ったのが効いたのかもしれない、そう考えた青年は、暇を見てあの神社にお礼を込めてまた参拝に行こうと心に決める。
狐面を被っていたし、お土産はいなり寿司で良いのだろうか?
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