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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今年も会いに来たよ

作者: しろくま

今年も会いに来たよ

 2023年8月 夏の暑さがピークを迎える頃、彼は一人ある場所に訪れた。

「今年も会いに来たよ」

満面の笑みを浮かべた彼は一言だけ残してその場を去った。これは彼とひーちゃんの物語である。

 2008年4月 彼とひーちゃんは出会った。当時は小学一年生で特に共通点も無く、同じクラスメイトという認識だった。お互い積極性が無い性格の為、話す機会は少なかった。

 2010年年末 彼とひーちゃんは遠足で同じ班になり話すようになった。運動神経がよかった二人は同じ班の人を置いて色々な探索をして先生に怒られたりした。そこから仲良くなりお互いの家を行き来するようになった。これと言った用事が無いのに寄り道をして駄菓子を食べながら下校するのが習慣になっていた。何気ない楽しさがここにあったのかも知れない。

 2011年2月 彼は初めて友達数人からバレンタインのチョコを貰った。とても嬉しかった。量産型で皆に渡すチョコの一部を貰っただけなのに本命並に喜んだ。そのチョコを渡してくれた中にはひーちゃんの姿もあった。うっかり忘れて急遽作ったことは、もう少し後になってから彼は知るのであった。

 2013年8月 両家の母を含んだ四人で遊園地に出掛けた。無邪気な二人はフリーパスを買い、片っ端から乗れるだけ乗り物を乗った。身長制限で乗れなかったジェットコースターに文句を言いながら。この頃にはもう、彼とひーちゃんの間には切っても切れない鎖のような硬い絆があったのかもしれない。

 2014年4月 二人は同じ中学に入学した。球技が好きだった彼らはバスケ部に入部した。パス、ドリブル、シュート。練習はとても地味だが大事なスキルだ。放課後、彼は部活終わりにシュート練習するのが日課だった。そこにはひーちゃんもいた。最後に二人でフリースローを五本連続で決めて終わりにしていたが、なかなか決まらず一時間延長して先生に怒られたりした。小さい頃からヤンチャな二人だった。いつも一緒にバスケをしていたので【付き合っているの?】と聞かれる事もあったが、彼は否定していた。当時の彼は一切、恋愛に興味が無かった。

 2015年6月 バスケの大会に出場した。二人は練習の甲斐もあり、二年生でスタメン入りをした。彼が上級生に混ざってスリーを決める姿にひーちゃんは好意を持ち、だんだん好きになっていた。ただ彼はその好意に気付く事は無かった。

 2017年3月 卒業式の日、ひーちゃんは彼に告白しようと機会を伺っていた。違う高校へ進学することが決まっていて、なかなか会えなくなる事が分かっていたからだ。でも勇気がなかった。フラれるのが怖かった。今までの関係性を崩したくなかった。アピールしてても彼には届かなかった。当時の彼は【恋愛】の二文字を知らなかったからだ。でも想いは伝えたかった。ひーちゃんは去り際に一言だけ彼に伝えた。

『卒業後も、これまでと変わらず遊ぼうね』

 2017年4月 彼は高校デビューに失敗していた。友達がなかなか出来なかった。高校生になってから携帯を持ち始めたが、誰とも連絡先を交換できずにいた。一人寂しく孤立していた彼の元に一件のメッセージが送られてきた。ひーちゃんだった。中学卒業後も毎日メッセージのやり取りをしていた。バカにするような内容だったが、ボッチで教室の片隅にいた彼の心の支えになっていたのかもしれない。

 2017年5月 毎日のように会って話していた頃は当たり前の出来事だったが、一ヶ月間会わなかっただけでとても寂しくなった。そして、それが恋心だと彼は気付いた。想いを伝えたいと思ったが、彼もまた臆病者だった。自分に自信が無く、ひーちゃんとは釣り合わない人だと。学力もルックスも完全にかけ離れた存在。幼馴染のよしみで、今も仲良くしてくれてるだけかもしれない。恋愛経験が全く無かった為に誘い方も分からず、いつも通り連絡をした。

「今度の休み遊びに行ってもいい?」

 2017年6月 彼はひーちゃんの家に行った。遊ぶと言ってもポケモンやスマブラなど、室内で出来るゲームだ。お互い、外で遊んで変な噂が立つことを知らず知らずのうちに恐れて、隠れるように遊んでいたのかもしれない。いつも通り、夜中まで遊んでそのままお泊りをした。これまでは何も思わず爆睡していたが、その日は謎に意識をしていた。いつも寝る前に少しお話をしてから眠っていたが、その日は会話が無かった。ほんの数分だった気がするが、彼らには数時間のように感じた。沈黙が続いたあと、ひーちゃんは口を開いた。

『今日はありがとう。楽しかった。』

「そうだね。」

『また、近いうちに会えるかな。』

「部活や学校もあるから、なかなか厳しいかもね。」

『そっかぁ。少し残念。』

 【おやすみ】と言って会話はそこで終わった。だが彼は眠れなかった。いつまでも心臓の音が響いていた。二十分ほど経った頃、彼は小さな声で話し始めた。

「寝てるならそのままでいいし、返事は無くてもいいから聞いてて欲しい。これまで長いこと一緒にいたけど、ひーちゃんが少し離れただけで凄く寂しかった。高校生になってから垢抜けて凄く可愛くなったし、すぐカッコいい彼氏が出来そうだよね。彼氏が出来ても、たまには遊んで欲しいな、、、なんてね。」

彼は精一杯だった。これ以上は何も言えなかった。もう寝ようと目を瞑った。その時、小さな声が聞こえた。

『私の好きな人は、優しい人で一緒にいて楽しい人。なのに自分に自信がない。高校生になってお泊まりしてる地点で普通は察しがつくのに、それも気付けないド天然な人。』

彼はようやく気付いた。片想いだと思っていたこの気持ちが両想いだったことに。彼は思考が停止していた。ひーちゃんの方を見ると少し照れているように見えた。豆電球一つの明るさで、顔や姿はぼんやりとしか見えていないのに。考えがまとまらないまま彼は告白した。

「自分から告白したいと思ってたけど・・・好きです。付き合ってください。」

『遅いよ・・・バカっ。』

「遅かったね。ごめん。」

ひーちゃんは泣いていた。今まで溜めていた想いを全て涙に変えて。彼は布団の距離を縮め、手を握った。お互い初めての恋人。右も左も分からないカップル生活が始まった。

 2017年7月 付き合ってから一ヶ月の記念日を迎えた。ただ、二人はあまりピンときていなかった。なにしろ、昔から一緒だったからだ。とりあえずカップルみたいな事をしようと思い、遊園地に出掛けた。昔乗れなかったジェットコースターに乗ったり、メリーゴーランドに乗ったり。美味しいご飯を沢山食べて笑ったりした。帰り間際に二人は観覧車に乗った。夕陽が二人を照らし、まるで祝福をしているように彼は思った。最高点に到達する少し手前で二人はハグをした。とても最高な気分だった。一番高い所に到達した頃、二人はキスをした。初めてだった。たった三秒唇が触れただけ。夕陽より赤くなるには十分な時間だった。

 2017年8月 彼が誕生日を迎えた。ひーちゃんは彼の為にサプライズを計画していた。彼に喜んで欲しくてバスケットボールの形をしたケーキを作った。同じ物を使いたくて、ペアになっているマグカップを買った。予定が入ったと聞かされていた彼は部活とバイトを終わらせて夕方頃に帰宅した。家に着くと、やけにシーンとしていた。玄関を開けるとクラッカーを持った母とひーちゃんがいた。

『お誕生日おめでとう』

 2017年10月 二人は温泉旅行に出掛けた。高校生にしては少しリッチなホテルだったが、ひーちゃんの知り合いが経営してる所で格安で泊めてもらった。とても素晴らしい料理と温泉だった。一日中遊び歩いた二人はクタクタに疲れており、ご飯食べた直後に爆睡した。その夜中、彼は胸に違和感を感じた。ボーと目を開けるとひーちゃんが布団に入ってきた。突然の事にびっくりして彼は目を覚ました。ひーちゃんは彼の腕の中でうとうとしていた。彼は強く抱きしめた。寝ていると思っていたひーちゃんはびっくりしていた。夜中の十一時に二人は完全に目を覚ました。寝れなくなった二人は会話を始めた。話しているとひーちゃんが少し遠くを見ながら言った。

『私ってそんなに魅力無いかな・・・』

彼はびっくりした。何故そう思ったのか。愛する気持ちは精一杯に伝えていた。そして態度で示していた。何がそんな不安を招くのだろう。いろいろ考えてた彼にひーちゃんは恥ずかしそうに言った。

『年頃のカップルなんだし、その・・・したいとは思わないの?』

彼は不安にさせてた原因を理解した。彼はひーちゃんを大切に思っていた。思っていたからこそ、手は出さなかった。純粋で清らかな女の子を自分勝手な理由で汚すのは違うと我慢していた。それがひーちゃんに自信を無くさせる行為だとは思いもしなかった。

「好き。大好き。もう我慢しない。」

彼はキスをした。遊園地でしたキスよりずっと深く。長く。熱く。ひーちゃんはとても幸せそうな表情を浮かべた。彼は頭が真っ白になりながらも、溢れる愛を注ぎ続けた。初夜は光の速さで過ぎ去り、二人は抱き合ったまま朝を迎えた。

 2017年12月 ひーちゃんが胸に違和感を感じ始めた。少し痛みもある。万が一もあったので病院に検査しに行った。そこでお医者さんから衝撃的な内容を告白された。

 [乳ガンです。進行が進んでかなり危険な状態です。明日にでも手術しないと取り返し付かなく・・・]

ひーちゃんは泣き崩れた。すでにステージ四。他の臓器にも転移が見られ、五年生きられる可能性が四十パーセントも無かった。彼にこの事実を伝える事が余命宣告されるよりも辛かった。でも伝えない訳にはいかない。ひーちゃんは彼にメッセージを送った。

『乳ガンになっちゃった。でも早期だったから手術して摘出すれば問題無いって。』

ひーちゃんは初めて彼に嘘をついた。何でも素直に話すひーちゃんが言ったその言葉を彼は疑うことをしなかった。

「早期でよかった・・・入院するの?」

『完全に摘出するから一ヶ月くらいはするかも。』

「分かった。元気になったら遊びに行こうな。」

 2018年1月 彼は毎週のようにお見舞いに行った。抗がん剤の副作用に苦しんでるひーちゃんを思うと、いてもたってもいられなかった。部活を減らし、バイトも沢山いれた。願いが叶うと言われているミサンガをプレゼントした。常に側にはいられない彼が出来る最大限の応援だった。

 2018年2月 ひーちゃんは退院した。ガンはいろいろな臓器に転移し、手術するのが難しい場所まで進行していた。これ以上手が付けられなかった。医者からは残り少ない人生を楽しんで欲しいと言われたひーちゃんは彼と一緒にいることを選んだ。ひーちゃん自身も先が長くない事は薄々感じていた。辛い時。苦しい時。どんな時でも彼と楽しく遊ぶ姿を思い出して耐え続けた。それでも・・・退院日、泣いて迎えに来た彼とは違う涙をひーちゃんは流した。

 2018年3月初め 退院後の生活は楽しかった。でも彼の笑顔を失う事を思うと胸が苦しかった。薬を飲んでも消えないこの痛み。彼と一緒にいる時は沢山遊び、笑った。彼が帰ると一晩中泣き続けた。いつかは分かる事実。ひーちゃんは言い出せなかった。

 2018年3月末 ひーちゃんは悩みに悩んだ結果、彼に別れを告げた。

『ごめん。冷めちゃった。迷惑ばかりかけてごめんなさい。きっと私なんかよりいい人が見つかると思うから。またね。』

彼の将来を思っての苦渋の決断だった。何も知らない彼は落ち込みながらも連絡した。

「分かった。何かあったんだね。冷静になる時間を少し空けよう。そのあと考え直そう。落ち着いたら連絡欲しいな。待ってるよ。」

メッセージはここで終わった。ひーちゃんはこのメッセージを見て、より一層辛くなった。自分で決めたことなのに。彼の為には別れた方がいいと分かっていても、彼女としては一ミリも側から離れたくなかった。心身の痛みに耐え続けた。

 2018年6月中頃 もう少しで付き合って一年が経ちそうな頃、彼はひーちゃんに連絡をした。

「連絡待ってたんだけどな・・・一周年の記念日に何か楽しい事をしてやり直そう。」

もちろん、返信は無かった。本当に冷めてしまったのだろうか。何か嫌われるような事をしてしまったのだろうか。前のメッセージから三ヶ月間、沢山考え友達にも相談したりしたが分からなかった。記念日を迎えたが一向に連絡は来なかった。

 2018年6月末 一件の連絡がきた。ひーちゃんの母からだった。その内容はとても残酷なものだった。

 【昨晩、ひーちゃんが亡くなりました。最後の最後まで会いたいって言っていました。私が呼ぼうとすると必死に『彼には言っちゃダメ』と止められて連絡出来ませんでした。ごめんなさい。身内のみの家族葬ですが、線香をあげてやってはくれませんか】

彼は絶望を感じた。ひたすら泣き苦しんだ。何かの冗談であってほしいと。夢なら早く覚めてくれ。

 2018年7月 彼はひーちゃんの葬式に参列した。魂が抜けきった人形のような状態で。棺の中には綺麗な顔をして眠っているひーちゃんがいた。顔の隣に思い出の写真とミサンガをいれた。お通夜でひーちゃんの闘病生活を聞いていた彼は精一杯の笑顔で声をかけ、その場を離れた。

「苦しかったよね。沢山の思い出をありがとう。」

 その後の高校生活は正気を失っていた。十六歳の若者には耐えられない傷を負った。毎日苦しみ、生きる意味を失った。彼は何度もひーちゃんの後ろを付いて行こうと考えた。その度にひーちゃん母の言葉を思い出した。

 【ひーちゃんの分も生きてください。あの子もきっとそれを望んでいます。生前、彼ならきっと私がいなくなっても立ち直れるし、心配は全くしてないと言っていました。ずっとクヨクヨしてたら化けて出てきますよ。】

彼は前を向いて歩み続ける事を決心した。ボロボロになったメンタルを少しずつ修復しながら着実に一歩ずつ。辛い気持ちを忘れる事なく心に刻み、それをバネにどんな壁も飛び越えていく。この時の彼が一番怖いもの知らずで挑戦出来ていたのかもしれない。

 2022年8月 彼の家に一件の手紙が届いた。その日は二十歳の誕生日だった。差出人はひーちゃんだった。内容は『今のポケモンはどんな感じなのか』『どんな仕事をしているのか』『彼女は出来たかな?』といった感じだった。辛い時に書いてるとは思えない明るい感じの内容だった。過去を思い出しながら読んでいた彼は最後の文にびっくりした。

『これが届いてると言う事は私は側にいないと思いますが、この手紙を笑顔で読んでいることだと思います。辛い気持ちを乗り越えててえらい!次は5年後!楽しみに待っててな〜』

彼は笑顔で涙を流した。

「俺の心の中からいなくなる気がないやん(笑)」

百回以上読み返した後、大切に金庫へ閉まった。今でも大切な宝物だ。

 2024年3月 彼は今日も生きる。二十二歳になった彼はすっかり社会人となり荒波に揉まれながら仕事をしている。色んな人と社会の付き合いや関係を持ち、時には辛い状況で失敗をする事もある。でも挫けない。辛い過去を乗り越えて今の自分がいる。心の中には、いつでも支えになってくれる女神がいる。「『ひーの精神』」は永久不滅なのだ。

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