刺激する
「おかえりなさい」
自由軍での初仕事を終えた木葉を迎え入れたのは、父ではなかった。
「おうおう、随分な反応速度だな。流石、稹飛の息子」
老人が茶を啜っている。人間の世界ではのどかな一場面だろうが、事あやかしの世界では違う。憎き人間の姿に殺意が一瞬にして燃え盛る。軍支給の刀でその首をはね飛ばさんと振るい──その身に宿す妖力があやかしだと気づいて、すんでのところで止めた。
「悪趣味な侵入者…狐狸か?」
「ぬらりひょん。常時妖術使って生活に溶け込んでる種族だし、あんま知らねぇよな」
代わりに行使した金縛りの力によって手に力を込めることすらできなくなったそのぬらりひょんは、落ちた湯呑みを見て「あーあ、割れちゃった。マァお前らん家のやつだから別にいいけど」などととぼけたことを言った。
「侵入には妖術使ったけど、今は使ってねぇよ。そんなカッカすんなって。危害を加えに来たわけじゃない」
「ここに入ってきたのが問題なんだ」
「大好きなパパとの愛の巣♡だもんな」
「何をしに来た、言え」
もはやこちらの事情を知られていることは問題ではない。侵入自体もすでに起きてしまったことだ。ならば今木葉が把握すべきは、このふざけた老人の目的。
「ヤ、なんか最近返信してくれなくなったから、死んだかなって。だから様子見に来た」
「は?」
彼と父は手紙のやり取りでもしていたのだろうか。
「のと、もう一つ」
わざとらしくもったいぶって、彼は言った。
「稹飛は元人間だって教えに来た」
「………………は?」
その言葉を処理するのに、体感で丸1日はかかった。当然、実際には数秒しか経っていないわけだが、その衝撃は木葉の時間感覚を狂わせるには十分だった。
「あぁ、やっぱ知らねぇよな?そうだよな」
くすくすとあからさまな嘲りの声も、耳に入らない。
「あいつとしちゃもう少しあっためておきたかった事実だろうが、このままだと明かす役がいなそうでな。あぁ、信じたくないのなら、年寄りの戯れ言と思うが良いさ」
のべつまくなしにぺらぺらと右から左へ話が通りすぎていく。
「…待ってらんねぇから介入しちゃったけど、もっとゆっくり見たかったなぁ」
結局、最後までこの気違い老人の言っていることは、木葉には理解することができなかった。
※ ※ ※
老人は木葉が固まっている隙に姿を消した。慌てて家の中を確認して、変わらず檻の中に大人しく収まる稹飛に安堵した。そして、安堵したことに心がざわついた。
「ったく、あいつ…タイミングってもんがあんだろうがよ。なに急いでんだ…?」
ぶつくさとこぼす稹飛の瞳に、木葉は映っていない。それが余計神経を逆撫でした。
「そうカッカすんなよ」
その言葉が、先ほどの老人と似たような言葉遣いをするのが無性に苛立って、激情のまま木葉は叫んだ。
「なんでそんなへらへらしてられんだよ!!!!さっきの話聞いてたんだろ!??」
「そんなに嫌?父さんが元人間なの」
「あ、」
あっさりと肯定されてしまったと、その答えを誘導したのは自分だと、遅れて気付いた。
「別に黙ってたわけじゃねぇよ?ただ説明するとなると母さんとの馴れ初めから話さなきゃならないからさぁ。聞きたくないだろ?親のそういう話」
その語り口に深刻さは欠片もなくて、稹飛にとってこれは"どうでもいいこと"なのだとはっきり分かる。
それでも、納得はできなかった。
人間というモノを憎んだ。人間がおぞましくて、醜くて、恐ろしくて、この手で殺してやらないと気が済まなかった。だから自由軍に入ったし、実際に今日殺してきた。
そんなモノと、父が、同じ?
ゆるせないと、おもった。
「ガッ…──ッ!?」
痛みに呻く。片翼、稹飛の全ての翼が容易く千切られて、「力強くなったなぁ」と見当違いな思考が飛んだ。
「人間に、翼はいらないだろ」
「あ、あ゛ぁ、木葉…!」
「安心しろ、嫌いになったわけじゃねぇから。大丈夫だ、親父が人間だって言うなら、親父以外の人間全部殺せば良い。クソどもみんないなくなって、人間なんて種族もいなくて、親父は人間じゃなくなるんだから」
「あ゛、はは…」
成功しすぎだ。
稹飛は己の手腕に、苦笑いをこぼすことしかできなかった。




