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ダブルデート 1


「エメ、どうかしら?」


「とてもよくお似合いです、お嬢様」


素朴なワンピースを着て、お兄様とフェリシテ様とシリル様と城下町に出る。


「町娘に見えているかしら?」


「庶民には見えませんが、裕福な商家のお嬢さんなら、ギリギリいけないこともありません」


エメに付き添われて玄関に向かうと、お兄様とシリル様がお待ちだった。


「ごめんなさい、お待たせしてしまいましたか」


「早くしろ、フェリシテが待ってる」


「少しも待ってなどおりませんよ、マリー様」


「もう、シリル様ったら。本当のことをおっしゃって?」


お兄様とシリル様の正反対の言葉に思わず苦笑する。


「本当です。ジョゼフ様が堪え性がないだけですよ。ああそれから、今日はお忍びですので、僕のことはセザールとお呼びくださいね。ジョゼフ様とフェリシテ嬢、僕とマリー様のダブルデートという設定ですから」


「デ、デート!?」


「そうです。今日のマリー様は貧乏商家のしがない三男・セザールに口説きに口説きに口説かれて恋人になった豪商の娘・マノンです。ちなみにフェリシテ嬢は鍛治職人の弟子ジョエルのデートの誘いにやっと応えたいいところのお嬢さんのロランスです」


そう言って微笑むと、シリル様は私の髪に流れるように口づけを落とした。


「ーシリル」


そこに、エメの絶対零度の声が割って入った。


「勘違いしないように。あなたがお嬢様の恋人だという設定(・・)なのは今日限り(・・・・)よ。身の丈に合わない想いを抱くのはおやめなさい、と私も叔母様も忠告したはずよ」


「誰も、僕の気持ちを強制などできないはずだ。ご迷惑はおかけしない」


「あなたがそうやって馴れ馴れしく振る舞うこと自体が、ご迷惑がかかるのがわからないの?」


一触即発の二人を宥めたのはお兄様だった。


「二人ともよさないか。フェリシテをこれ以上待たせるわけにはいかない。それに、広大な砂漠の中で細い糸を見つけられる確率ほど僅かではあるが、シリルの望みが叶う可能性もないわけではない」


「若様! アグレアーブルの跡取りが、簡単にそのようなことを申されては……!」


「だから僅かと言ったろう? 建国から数百年、分家に娘を嫁がせた例がないわけではない」


エメを強い視線で黙らせ、お兄様は足早に馬車へと向かった。


「エメ。あなたの気持ち、わかってるわ」


「お嬢様……」


「私が結婚する時は、付いてきてくれるのでしょ?」


「もちろんでございます!」


「それなら、良いの。全てを手に入れようとは思わない。来るべき時が来たら、アグレアーブルの娘として望まれた役割を果たすわ」


少し離れたところで待っていたシリル様のところに向かうと、彼は悲しげな顔をしていた。


「……マリー様、僕がジョゼフ様の側仕えの道を選んだのは、ジョゼフ様のためだけではありません」


「え?」


「閣下は、仰いました。僕がアグレアーブルにとってなくてはならない者となり、なおかつマリー様を嫁がせねばならない家がないのなら、求婚する許可を与えてやっても良いと」


「……そんな口約束を、信じているの?」


そんなの、有能なシリル様を取り込むためのお父様の出任せに決まっている。そして言うのだ。「マリーは〇〇家に嫁がせなければならなくなったから娘のことは諦めろ」と。


「僕にはそれに縋ることしかできない。愚かな幼馴染をお許しください、マリー様。何度拒まれようとも僕は諦めません。あなたのことを愛しているのです」





フェリシテ様は私たちを笑顔で迎えてくださった。


「ジョゼフ様! シリル様とマリー様も、ごきげんよう」


「フェリシテ、そのモスグリーンのワンピース、とても似合っているよ」


「まあっ、ありがとうございます!」


……少しだけ、お兄様に嫉妬と羨望を覚えた。お兄様も、私と同じで、アグレアーブルに支配されて生き、死んでいくのだと思っていた。


お兄様は、愛する方と結婚するのだ。初恋の人となったフェリシテ様と。初恋を諦めなければならない私と違って。


その瞬間、大好きなはずのお兄様へもやもやした感情を覚えた自分に寒気がする。自分がこんなに醜いなんて。


私が初恋を諦めなければならないのは、お兄様のせいなどではない。


アグレアーブルのせいでありーそして何より、私のせいだ。


私がエメや家族を失う勇気があれば、全てを捨てる道もあった。ただ私が一言逃げたいと言えば、シリル様は死力を尽くして私を攫ってくれただろう。


でも、私は全部が大切なのだ。いつも厳しいお父様に愛してもらえないかという望みを捨てきれない。優しく朗らかなお母様に軽蔑されたくない。お兄様と軽口を言い合える関係でいたい。姉のように思っているエメを失望させたくない。


「マリー様」


「シリル様……?」


「先程申し上げたことを覚えておいでですか」


「……!」


「僕は、諦めません。必ず手にしてみせます」


指の先に、そっと口づけが落とされた。エイレーシュ家の使用人たちは、主家の娘とその婚約者が仲睦まじげなのを微笑ましそうに見ていて、私たちを見ている人はだれもいない。


一縷の望みに賭けられるシリル様がわからない。エメが私を諭したのは、期待を持たせてそれが叶わなかった時、私がひどく傷つくのを恐れていたからでもあったはずだ。


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