■欠けた幼馴染たち
「相変わらず古くさい神社だね」
「泊めてもらう身分で口うるさいことを言う娘ですね」
ミコちゃんは私よりも3つ年上のお姉さん。昔から誰に対しても敬語を使うが言葉遣いが綺麗なわけではない。
私は用意された和室に荷物を起き、冷めた表情を浮かべるミコちゃんに向き直る。
「……おじさんとおばさんは?」
広い神社内で誰ともすれ違わなかった。
「あぁ……あなたがいなくなってからの出来事でしたっけ。両親は亡くなりましたよ」
「ごめん」
「かまいません。特段困ることはありませんので」
いくら参拝者が来ない神社だからって、維持管理を一人でやるのは困るのでは?
「雑用はあの子たちが手伝ってくれますから」
アキちゃんとレイくんのことだろう。
「今日ももくすぐ来ると思いますよ。会いたいでしょう?」
会いに来た。
彼女にも、彼らにも。
会いたくは……ないんだけれど。
「シオン、あなたが帰ってきたことは間違いです。私は歓迎していません。くれぐれもお忘れなきよう」
「なに? 今度は私が神隠しにでも遭うの?」
「…………あまり口にしない方がいいこともあります。都会ではそんなことも教わりませんか」
玄関の方から人の気配がした。重たい足音と、それを追いかける細かい足音。
「よう、シオン来てるんだってな」
障子を前回にして現れたのはガタイのいい長身の男。
「……久しぶり。わたしのこと覚えてる……?」
兄の後ろからおずおずと現れた細身の少女。小さい時もそうだったけど、高校生にもなると兄妹には見えないほど似ていない。
「レイくん、アキちゃん、久しぶり」
「十年ぶりかぁ? なんでまた急に帰ってきたんだよ」
「もうお兄ちゃん、そんな言い方したらダメだよ。……しーちゃん、よかったら村を案内するよ」
「それならお言葉に甘えようかな」
「……オレは仕事あるから勝手にやってくれ。アキ、気をつけろよ」
「お兄ちゃんこそサボらないで働いてね!」
舌打ちをしてレイくんは帰ってしまった。
私の一つ上だったからまだ十八のはず。進学はしなかったようだ。
「あんな感じでも地元の自衛団にも入っててね」
アキちゃんは自慢そうに兄を語る。
私は話を半分聞き流し、ミコちゃんの方へ視線を向ける。
「私は暑い中散歩をする趣味はありませんからお二人でいってらっしゃいませ」
「ごめんね、ミコちゃん。帰ってきたら掃除手伝うから」
私を先導するアキちゃんは同い年ということもあり過ごした時間は一番多かった。
彼女はインドアな性格だったため、レイくんに連れ出されない限りはどちらかの家で遊ぶことが多かった。
「案内って言ってもあまり変わらないと思うけど……」
日当たりのいい道路まで降りる。人がいない。
「人は結構減っちゃったけどね……」
アキちゃんがゆっくり歩き出す。
「コンビニ一つないもんね」
「そうなの。でも隣町は多少お店が増えたから昔よりは買い物も楽になったかな」
「……アキちゃんは卒業後もここに残るの?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
声色は変わらない。
「……しーちゃんは出て行ったから分からないよね」
田舎はどうしてこうも排他的なのか。
「ほら、学校覚えてる?」
一年も通わなかった。あまり記憶にはない。
「今は子供もほとんどいないから廃校になっちゃったけど」
私たちの時もミコちゃん、レイくん、アキちゃん、私……そしてみーちゃんの五人だけだった。
「アキちゃんはさ」
「なに?」
「みーちゃんのこと覚えてる?」
スッとアキちゃんの表情が暗くなる。
「誰、それ。知らない」
十年前と同じ。
「昔もしーちゃんはそんなこと言ってたよね。イマジナリーフレンドってやつ? おかしい子に思われるからあまり言わない方がいいよ」
何でみんなしてみーちゃんのことを隠す? アキちゃんだって一緒に遊んだじゃないか。
「お兄ちゃんにその話しないでね」
再び学校前からアキちゃんは歩き出す。
私はあまり性格がよくないと自覚している。
アキちゃん、ミコちゃん、レイくんの三人ならアキちゃんが一番ハードルが低いと思っている。たとえ実力行使に出られたとしても腕力なら勝てる。
「どうしてみんなしてみーちゃんのこと隠すんだよ」
「……どうしてしーちゃんは戻ってきたの? しーちゃんこそもうこの村にはいない人間でしょう」
私だけ村の外に出たことを恨んでいるのか。
「正直ね、わたしはしーちゃんに会えたの嬉しいよ。うん、だって友達だったもの。しーちゃんがいなくなってから寂しかったんだよ」
憐れむような目。水路を跨ぐ小さな橋の上でアキちゃんは立ち止まった。
「わたしが、もし、もしもいなくなっても……きっとしーちゃんは覚えててくれるのかな」
嬉しそうに悲しそうに笑ってアキちゃんは水路へ――落ちた。
「アキちゃん!?」
飛び散った水しぶきを気にすることもなく、私は橋の下を覗き込む。
「あはは、冷たい。なんだか懐かしいね」
失念していた。よほどの大雨が降らなければ水深はかなり浅い。
小さい頃は夏になると水遊びをしたっけ。
「脅かさないでよ……」
「都会じゃこんなことできないんでしょ。ほら、しーちゃんも」
幼馴染を助けようと伸ばした腕を掴まれ、頭から落下した。昔より発育した幼馴染がいなければ頭を打って死んでいたかもしれない。
「びしょ濡れで帰ったらミコちゃんに怒られるよ……」
「こんだけ暑い日だもの。自然乾燥自然乾燥」
高校生になっても笑い方は変わらない。
……どうしてこんなにも無垢な子が嘘をつくんだろう。
◆ ◆ ◆
レイくんが近所からもらってきたという野菜や魚をアキちゃんが調理して、神社で四人大皿を囲んでいる。
昔話は一切出ることなく、アキちゃんが私に都会生活について聞いてくるばかりだった。
「今日の飯、ちょっと味薄くないか?」
「いつもと一緒だよ、お兄ちゃん。濃い味付けばかり食べてたら体壊すよ」
ミコちゃんは淡々と箸を進めており、アキちゃんから「美味しい?」と聞かれたときだけ返事をしていた。
「シオン、お前は今日ここに泊まるんだろ」
「そうだよ」
「いつ帰るんだよ」
「お兄ちゃん!」
妹の静止も聞かず、レイくんはお茶碗を置いて私を睨みつけた。
「何で今さら帰ってきたんだよ。迷惑なんだ。明日にでも帰ってくれ」
「……十年ぶりの再会なのに、レイくんもミコちゃんも歓迎してくれないね」
「当たり前だろ! お前はこの村から出た。そのくせ今さら適当なこと言いふらしに帰ってきやがる」
私は言おうかどうか迷った。
アキちゃんは言うなと言った。言うならせめて彼女がいないところで言った方がよかったかもしれない。
「適当なことってみーちゃんのこと?」
ガシャンと皿の割れる――いや割る音がした。
レイくんではない。ミコちゃんだった。
「すみません。手が滑りました」
ミコちゃんはほうきとちりとりを取りに行くため一度席を立つ。
静寂が広がる部屋の中、私はアキちゃんを見た。
裏切り者を見るような冷たい視線。
「みーちゃんなんていねぇ。てめぇいい加減にしろよ」
「そう。みーちゃんがいた痕跡は全部なくなってた。いつの間にか家族は越してしまうし、家は燃えた。最初からいないかのように」
「最初からいなかったんだよ。しーちゃん」
アキちゃんまで私を再び諭してくる。
最初からいないのに必死過ぎる。
「いた。みーちゃんはいたよ。あの日一緒にかくれんぼをしたじゃん。私が鬼で、レイくんが屋根に登ってミコちゃんに怒られて」
「そんなに言うならもう一度かくれんぼしますか?」
「おい!」
ミコちゃんはお皿の欠片を拾いながら続ける。
「みーちゃんはいません。でもそんなにシオンが言うならもう一度かくれんぼをしましょう。それで私たちが思い出さなければこの話はおしまい」
「ミコちゃん……もう陽が暮れているけど……やめておいた方が……」
ミコちゃんはアキちゃんを無視し、私に向かって「やりますか?」と問いかけてきた。
もちろん答えはイエスだ。
誘拐犯がいるのなら、その顔を拝んでやる。
「では十年前と同じく鬼はシオンですね。私はこちらを片付けますから少々お待ちください」