■誘拐事件
部活動を終え、使い慣れた自転車で風を切っているといきなり子供が飛び出してきた。
名前は……確か、カズキ。近所の小学生でもっと小さい時に何度か面倒をみたことがある。
「お姉ちゃん!」
どうも少年は、思い切りすっ転んだから泣いているのではなさそうだった。
私は路肩に自転車を停めて少年に駆け寄る。
「どうしたの。こんな遅い時間に」
空はまだ薄明るいと言えども子供が出歩く時間でもない。
「サツキがいないんだよ!」
泣きじゃくりながら彼は妹の名を叫ぶ。
「サツキちゃんが? どうして」
パニックを起こしている彼からまともな情報は聞き出せそうになかった。
「君たち」
公園の入り口からこちらを覗いている小学生たち。少し怯えた様子。
……カズキくんの友達? まだ帰っていない様子。
彼らから状況を聞き出してみたところ、“かくれんぼ”をして遊んでいたらしい。夕方になっても。
「夕方になったら帰りなさいと言われてたでしょう」
私は年上らしく子供たちを叱り、ケータイを持たされている子たちには親へ連絡させ、迎いに来てもらった。
警察は少し悩んだものの、結局公園を一周してもサツキちゃんは見つからなかったため通報すること。
「えっと、シオンさん? 事情聴取ってやつなんだけど……その制服、東高? 部活の帰りか何か?」
私に聞かれても知らない。
でもお巡りさんたちも遅くに小学生を拘束するわけにいかないのか、こうして一応高校生の私が又聞きの話をするのであった。
『アキちゃん、みぃつけた』
『またみつかっちゃた……』
『アキちゃんはいつも神社にいるもん』
『だって神社にいればおばけはこないってお兄ちゃんが……』
『で、そのお兄ちゃんは……。いた! レイくん! 屋根の上は登っちゃダメってミコちゃんに言われてたでしょう』
『うっせーな、んなの登れるようになってるのが悪ぃんだよ』
『レイ、何度言ったら分かるんですか。罰として一週間境内の掃除ですよ』
『何でだよ! ていうかみつかってねぇのに出てくんじゃねぇよ』
『どうせいつも私のことみつけてくれないじゃないですか』
『あはは、ミコちゃんはかくれるのうまいよね。もう暗くなってきたし、お母さんたちにおこられちゃうから帰ろうよ』
『え? まだみーちゃんをみつけてないよ?』
『みーちゃん?』
『誰だよ、それ』
『いや、二人こそなに言ってるの? みーちゃんもかくれんぼしてたよね? だよね、ミコちゃん』
『……知らないですよ、私も』
「…………!」
「どうしました?」
パトカーの中で警察の問に答えていた。
一瞬目の前の映像が切り替わっていたようだ。
「いえ……何でもないです」
冷や汗。
随分と長いこと考えていなかった。
みーちゃんは十年ずっと行方不明。
――いや、そもそもいなかったことにされて十年だ。
◆ ◆ ◆
『○月×日、行方不明となっていた■■市に在住の勝見皐月ちゃんが本日遺体で発見されました。皐月ちゃんは近所の公園で遊んでいたところ誘拐されたと――』
どんなに田舎町でもニュースは目にするものだった。
サツキちゃんが行方不明になってから一週間。
地元はどこを歩いてもパトカーを目にした。
みーちゃんの時は警察なんて動いてくれなかったのに。
『神隠しにあうとね、その人の存在までなくなってしまうのよ。だからかくれんぼは暗くなってからやってはダメ。子供は特に連れて行かれやすいから』
そんなことあるものか。
サツキちゃんだって見つかった。
別に理系人間じゃないけど、この世のオカルト話なんて科学で説明がつく。
神隠しなんて特にそう。
今回みたいに誘拐だったり、事故だったり。自発的に消えただけだったり。
揺られるバスの中で最新のニュースをチェックしようとスマホを手に取る。
「圏外って……令和の時代に」
どうやら中継器の数が少ないせいか、通じる場所が限られているらしい。
そんなことも含めて私はあの村が嫌いだ。