2度目の人生は、心を入れ替えやり直します!
わたくしはただ、あの人にわたくしを見てほしかっただけでしたのに。
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「ラント様!今日も来てくれたのねっ、今お茶を用意させますわ!召使い、早く!美味しいのを入れなさいね!」
「はは…ローズ、少し寄っただけだから、気にしないで」
「駄目ですの!ちゃんとお席に座ってくださいまし!」
ラント様は由緒ある貴族の息子。親の貴族同士仲が良かったおかげで、わたくしとラント様も良く一緒に遊びました。子供の頃からかっこよくて強くて聡明で、そのうえ誰にでも優しい、わたくしの好きな人。
でも、誰にでも優しいラント様は、わたくし以外にも優しいのです。
「ラント様!この間アドバイスしてくださったおかげで、こんなにきれいに咲いたんです!この鉢、もらってください!」
(あの子…わたくしより数ランク劣る家系の娘ですわ。ラント様に媚びを売って、身の程を分かってない…)
「きれいだね。本当にくれるのかい?ありがとう」
(ラント様、そんな風に笑いかけては勘違いされますわよ!ああもう、見てられない---)
どんっ!
「きゃあっ!」「ローズ!?」
「ああら、ごめんあそばせ!あさましい女が色目を使おうとしてるから、つい、頭にきてしまいましたわ!」
「…ローズ。そんな言い方をするんじゃない。謝らないと」
「嫌ですわ!ラント様だっていけないんですのよ!わたくしの目の前でこんな女に微笑みかけて…っ!」
「…ごめんサリー。僕から謝るよ。ローズはまだ8歳で、感情が先走ってしまうところがあるんだ…」
ラント様はお優しく、わたくしにもいつもやんわりと注意するばかりでした。わたくしは自分のことばかりで気づいていませんでしたが、当時10歳だったラント様は、聞き分けのないわたくしに、段々優しい顔の中に疲れをにじませていました。そう、聖人君子のようなラント様さえ、疲労させてしまっていたのです。
ついに彼が爆発したのは、ラント様13歳、わたくしが11歳の冬。
「いやですの!いやですのーーーー!!!おかえりにならないで!!」
「…ローズ。貴族のご令嬢を待たせているんだよ。お願いだから…、」
「いやあーーーーーーーーー!!!!!」
何を揉めていたか、よくは覚えていませんが、確かラント様が、前に助けたお嬢様に茶会に呼ばれたかなにかだったと思います。
わたくしは行かせないとひたすら彼にすがりついたり泣き喚いたりしてました。
ラント様は何を言っても聞かない、むしろひどくなるわたくしの癇癪に、珍しくため息をもらしていました。
当たり前でしょう。ここ数日、わたくしは『ラント様が剣の稽古があるのにどうしても遊びたいと2時間駄々をこねたり』、『ラント様が猫を飼うと聞いて遊ぶ時間が減るからと求めていた種類の猫を先回りして買い占めたり』『ラント様がしてるブローチがわたくしがあげたものじゃなくなってるのを見て3時間恨み言を叫んで泣きついたり』してました。
毎日優しく諭してくれていた彼も、限界が近かったのでしょう。
「…ローズ。いい加減に、」
「嫌ですの嫌ですの嫌ですのーーーーーっ!!」
「…いい加減にしてくれっ!」
ばしっ!!!
彼を掴んでいた手が、勢いよく払いのけられました。
初めてのそんな拒絶。わたくしは思考が停止したまま、倒れていきました。
はっとした彼が、すぐ後悔したようにこちらをみます。
そしてわたくしを見て、―――――?
見たことない妙な顔をされました。
優しいいつもの顔でもなく、後悔の表情でもなく、ざまを見ろと笑う嘲笑なんてはずもなく。実に奇妙な…。
思い返すと、あれは驚きだったのでしょう。
わたくしの頭は倒れたその刹那、固い机の角に向かっていたのですから。
ごちん!!!
わたくしはその一件で、額に小さな傷を作りました。
産まれてはじめて拒絶なんてしたのでしょうラント様は、それによってわたくしに怪我をさせたことをとてつもなく後悔していました。お父様と一緒に、誤りに来てくれました。
わたくしは初めて拒絶されたショックがまだ抜けておらず、謝ってくれたことよりも額の傷よりも、「もう怒ってませんの?嫌いになんてなってませんわよね?」と何度も何度も聞きました。
ラント様は、一番好きな人。彼に嫌われたかもという恐怖は、『ラント様は優しい人。人を嫌いになるわけない』とたかをくくっていたわたくしにとって、とてつもなく恐ろしいものでした。
ラント様は震えて問うわたくしを見て、また、一瞬『あの奇妙な表情』を浮かべました。無表情なような、それでいて何か思っているかのような…。
でもすぐ後悔するような顔で、「どんな償いもします」とお父様に言いました。
お父様もラント様を痛く気に入っていましたし、わたくし自身全く気に病んでいない傷のことを、おおごとにする気はさらさらありませんでした。
「君は実に誠実な少年だと、私もローズも深く分かっているとも。事故だったんだ、頭をあげなさい」
「…!しかし…!」
「ふむ、とはいえ、心がすっきりしないか…。…!いいことを思いついたぞ!まだ先にしようと思っていたのだが、そういうことならラント君、娘の婚約者になってくれ!」
「…えっ?」ラント様は明らかに動揺しました。わたくしは目を輝かせました。
「それは…いいアイデアだな!お嬢さんは実に美しい。我々も旧友同士だ、絶対にうまくいくだろう!」ラント様のお父様は、わたくしの癇癪も『可愛い少女の駄々っ子』と見ている節があって、当人であるラント様の気持ちなど全く思い浮かんでいない人でした。
「…まあ!まあまあまあ、お父様!それって、とってもとっても良いご提案ですわ…っ!」
「ははっ、だろう!?どうだねラント君、君にとっても悪い話じゃないだろう?なにせうちの娘は、ここら一帯のどの少女より美しい!」
「…わかり、ました。責任をもって、僕が婚約者となります…」
ラント様はぐっと耐えてそう言いました。今にして思うと、彼は優しい人だけれども、四六時中わがまま放題の少女に付きまとわれて、子どもながらに耐え忍んできたうえでの、一生を拘束するようなこの仕打ち。思うところがないわけがありません。
それでも、怪我をさせてしまったのだからと、ぐっと自分の意見を呑み込んで、それを受け入れたのです。
婚約者になれたからって、ますます調子に乗るわたくしをしり目に。
このようにして、わたくしは晴れて彼の婚約者になったのです。
――――しかし幸せは長くは続きませんが。
「い…いたぁい!・・え?何ここ、嘘、この格好って…。…私、乙女ゲーの主人公に転生してるーーーーーっ!?」
…そう、『転生者』と名乗る、彼女が現れるまでは。