8話
8
翌日、多分忙しくなるだろう日が始まった。
朝、翔がキッチンでトーストとコーヒーで、朝食を摂っていると、2階から遥と萌が降りてきた。 きっちりとメイクを済ませた遥は、久しぶりの美咲への再会のため、少し大人なメイクだ。
母親の由美が用意しておいた、翔と同じ朝食を 、テーブルに座り、いただきますを言って、食べ始めた。
その時、翔との会話は、美咲の体系が変わった原因と、今の大輝と美咲との関係だった。
「前だって普通に細身だったのに、さらに痩せたなんて、今いったいどんな体系になってしまったんだ、美咲は」
「そうね、そこが信じられないところよね。 以前の美咲でも、普通に細くって、華奢だったのに、いまどんな体型になっているのか、心配だわ」
「以前、良く家に来ていた時でも、細くって、カッコいい美咲ちゃんだったのに、お兄ちゃんと会わなくなってから、そんなに痩せたなんて、いったいどんな事が起きたんだろう、何か、可哀そうに思えちゃうな」
そんな会話も朝食が済むとともに、終了して、翔と遥はそれぞれ出かける準備をする。
◇
翔と遥は、8時半過ぎに車で待ち合わせのファミレスに向かった。
家からだいたい15分くらいで到着して、遥だけが店舗に入り、翔は駐車場の車の中で、待機する。 美咲は時間にルーズでは無いので、15分前には到着してないと、先に来られて、意味が無くなるので、時間厳守だ。
到着して5分くらいで、軽自動車に乗った小柄な女性が来た。
一応、姿を見られないように、リクライニングして、その車をやり過ごす。
その車は駐車スペースに止まり、車から降りてきたのは、紛れもない 太田 美咲だった。
しかし、翔が見たのはその変わり果てた姿で、驚くべき事は、かつて見覚えのある美咲では無かった。
見るからに痩せ細り、恐らくは体重は40kgは無いと思われるほど、痩せこけて、数年前の彼女とは思えないほど、不健康に見えた。
今まさにその彼女が、翔の目の前を通り過ぎ、店内に入って行った。
(本当に、美咲なのか?) と、疑ってしまう程の体型に、翔は、イヤな感覚を感じた。
△
店内に入り、遥を見つけた美咲は、遥の座っているところへ行き、座る前に。
「美咲、久しぶり、元気?....ではないよね、その体系では....」
「遥....本当に久しぶりね、あなたは元気そうね。良かった」
か細い声での挨拶に、遥はコレは普通ではない事だと思い、普段は根ほり聞かない遥が、美咲の現在の生活を聞いてみる。
「そんな体で、全く、普通じゃないわよ、一体どうしたらそんな体型になるの?」
その時、店員がオーダーを求めてきた。
二人それぞれ飲み物を注文し、再び遥からの質問が始まる。
「答えて美咲。 本当の事を」
「........」
「何も話せないなら、大輝くんに聞くから」
そう言った途端に、美咲は目を見開いて、慌てた様子で、話し出した。
△ △ △
美咲が大輝と付き合うようになってから、暫くは、それはそれなりの日々が続いていた。
最初の内、美咲は翔から大輝に奪われて、罪悪感に苛まれていたが、それも日時が過ぎていくと、大輝との時間が楽しくなり始め、色んな美咲に対する嬉しく楽しい行為に、少しづつ大輝に対して好意を抱くようになっていった。
そうして、暫くは、楽しい日々が続いた。
翔からの中途半端な別れをしてから、約1年半が過ぎようとしていた頃から、大輝の美咲に対する態度に、変化が起き始めた。
学内など、人の目がある場所では、とても良い彼氏を見せているのが、二人きりになると、時々だが、嫌みな事を言う様になってきた。
「オレの居ない時に、他の男と会ってるんだろう」 とか「昨日何処に行っていたんだ?」 ひどい時には、「オレの言う事に間違いは無いんだから、言う事を聞け!」などと、罵倒に近い事を吐くようになってきた。だが、その後すぐに謝ってきて「ゴメン、済まなかった、ゴメン」 と、美咲に許しを請うような態度を取って来る。
こんな時期がしばらく続くと、罵倒が次第にエスカレートしてきて、さらにそこから数ヶ月後は、軽く暴力をふるう様になってきた。
最近では。
「お前浮気してるんだろ? お仕置きだ、来い!」
と言って、二人だけになると、アザの出来る様な暴力をふるう様になってしまった。
それでも、大輝は。気が済むと、涙ながらに謝って来て、美咲はこの頃から、大輝を嫌悪する様になってきた。
「ごめん、ごめんよ、ホントはこんなんじゃないんだ、だから、俺を許してくれ。俺を見捨てないでくれ、美咲、たのむよ....」
もう何度、この言葉に騙されたんだろう。
でも、その謝罪の言葉に、優しい美咲は何度となく許してしまっていた。
さらに、その様な事も数か月続くと、DVに対する恐怖の気持ちが先に立ってきて、さすがの美咲もうんざりしてきた。
そこへ、今回の遥の友人からの連絡があった。
美咲はこの事がきっかけで、今までの自分が間違っていたことに気が付き、遥と会う事にした。
これは、今この状態から抜け出すチャンスだと思った。
△ △ △
「そう。 そんな事があったの、でも、それって犯罪よね」
美咲の瞳が大きく見開いた。
「あなた、被害者なのに、今まで黙って見過ごしていたの?」
その言葉に 美咲が 気が付いた様に ハッとした。
その仕草を見た遥が、追い打ちをかける。
「友人から聞いたんだけど、この数年で急に痩せてきたって言ってたから、時期は会うわね。 後は、あなた、このアザ医者に行って、診断書を出してもらってきなさい」
そう言って、左腕の袖をまくり上げた。 その腕には、大きなアザがこんな狭い箇所に4か所もあった。
「あなたこんな部分でこの数のアザなら、からだ中には何か所あるんでしょうね?」
「....」
「もういから、今日から一切、大輝に会うのをやめなさい、そして、今週は私の所に居なさい、でなきゃ、いつまでもこの関係は続くわよ」
この言葉には、美咲は絶句した。
午後から大輝と会う約束をしていたので、それを断ったら、後でどんな仕打ちが待ち受けているのか、恐ろしくて、体が震えてきた。
それを見た遥が、これではいけないと、とうとう駐車場に居る、翔をスマホで呼んだ。
店に入って来た翔が、美咲に向かっての一言目は。
「美咲、大丈夫か?」
心配する翔の声。 それを聞いた美咲が、目を見開き、号泣し始める。
その鳴き声が店内に響き、注目を浴びる。 それを宥め、翔と遥が、美咲を落ち着かせようと、か弱い背中を遥が撫で、翔が言い聞かせる。
暫くして、店内も落ち着いて来て、美咲も穏やかになって来た時に、遥が。
「翔は、今でもあなたの事が心配で、実は今日ついて来てくれたのよ」
それを聞いた美咲が、翔の瞳を見つめる。
「美咲、やっと落ち着いたか、もう泣くなよ、また注目浴びちゃうからな」
その言葉に、落ち着き始めた美咲。
「ありがとう、翔。 でも、でも私は大学時代、あなたにとんでもない裏切りを犯してしまったわ、今更謝っても許されないけど、こうして今でもこんな私を心配してくれるあなたに、わたしは何もしてあげられない」
「美咲、いいから。 とにかく、今の美咲の状態は異常だ、コレは犯罪であって、愛情ではない。 コレはハッキリしている。 どうだ、今後一切、大輝とは会うのを止めないか?」
「それは........」
「なるほど、何かに怯えてるな。 大輝に何か言われたんだろう、それとも、DVを受けた後、大輝が謝って、許しを請うような態度を常にとっていたとか、そんなところだろう? どうだ?」
あまりの図星に、美咲は一度だけ、頷いた。
「やっぱりそうか。 どう考えても、それしか浮かばなかったからな」
「これからどうするの? 翔」
遥が聞いてきたので、コレからの事を思い、二人に提案する。
「実は、美咲以外に、もう一人被害者が居るんだ、その娘も、DVを受けていて、今までは口を噤んでいたのだけれど、話を聞きだしてきた、だから、少なくとも二人も被害者が居る訳なので、十分な証拠は取れるから、美咲が診断書をもらったら、警察に行こう」
「仕返しね」
遥が言うが。
「違う。 仕返しなら、オレが直接大輝に会って、叩きのめしてる」
「こわ~....」
「だけど、このままじゃ、まだ第3、第4の被害者が出てもおかしくない、なので、一度 表沙汰にして、自分が犯してきた罪を、償ってもらいたいんだ、分かるよな?」
「私、被害者だったのね。いままでは私が我慢すれば、この人は普通で居られると思っていたけど、すでに普通じゃあなかったんだ」
「やっと気が付いたんだな、美咲」
「ありがとう、翔...あと、本当にごめんなさい。 あの時の私、あなたの優しさに甘えて、大輝の誘惑に負けたの。 だけど翔と遥のお陰で、やっと気づけた、目が覚めた、ちゃんと話をして、大輝と別れる、もう痛いのはイヤ、体中こんなんじゃ、自分が可哀そうすぎる....」
再び小声で泣き出した美咲は、遥の手に抱かれながら静かに泣いた。
「さあ!午後からは決戦だ」
午後からの美咲と大輝の会う時間が迫って来た、3人はココで、早めの昼食を摂り、コレから始まる決着へと意気を揚げるのだった。
この小説をお読み下さっている方々、ありがとうございます。 内容も核心に迫ってきまして、この後、いざこざがありますが、そのまま続けてお読みください。 お起こし下さり、ありがとうございます。