4話
4
翔と満とのフェイクな関係が始まった。
二人の初めての週末は、普通にショッピングモールでのデートにした。
満が言うには。
「同僚がいつ見てるかもしれないから、とにかくカップルの振りをお願いします」
そう言って、待ち合わせの場所から、いきなり手を繋いできた。
「行きましょう。翔さん」
この日の満は、セミロングの髪をシュシュでまとめ、ライトベージュのブラウスに黒のスキニージーンズ、足元はダークブラウンの低めのパンプスだ。
いつもの会社で見る満とは違った一面であった。
モール内でのフードコートで飲み物を注文し、今日一日の大まかな予定を決める事にする。
満は衣料と日用雑貨、翔は家電コーナーが見たいと言う意見なので、取りあえずは手荷物にならない、翔の意見の決めた方へ行く事にした。
△
「わあ~、こんな家電で暮らしたい」
「あ、この炊飯器、カワイイ」
「この冷蔵庫、何人家族用かしら?」
と、家電コーナーに着いた途端、興味が沸いたのか、家庭的な家電ばかりを見ている。
一方の翔は、目的がブルーレイディスクなので、そちらの方が気になって、満への返事も曖昧だ。
「翔さん、何か楽しくないんですか?」
「いや、そうでは無いんだが」
そうだ、普通に可愛い子とデートなので、楽しいはずなのだが、どうも、いつもの満と全く別人とも思える仕草、言葉の数に、翔はあっけに取られていたのだ。
「満ちゃんって、普段はこんな感じなの?」
「こんなって....」
「いや、何かオレが見る会社での満ちゃんとは違うなって」
「うふふ、惚れないでくださいよ~」
こんなことを言う満は、まるで大型トラックに乗っている、ドライバーとは思えない女性らしさだ。
その後、日用雑貨など、満の目的を終えた所で、昼をかなり過ぎていたので、二人で遅い昼食を摂るために、フードコートに向かった。
定食が、食べ終わる頃、満が翔に言う。
「さっき、日曜雑貨を見ている時に、あの会社の男の人が見ていました」
「え? 本当?。 全然気が付かなかった、って言うより、面識ないし」
「でも、じきに姿が見えなくなっていたので、多分諦めたんでしょう」
「だといいがな」
こんなところまでわざわざ確認に来る様な人物なので、そう簡単に諦めてくれるとは思わないが、取りあえず、認識はしてもらったみたいなので、満の作戦は、ひとまず成功だと思いたい翔だった。
◇
週開けの月曜日、昼食時にメッセージが翔のスマホに入った。
満からだった。
どうやら、土曜日のモールの事で、満に気持ちを寄せていた男が、どうやら諦めてくれたと言う内容だった。
いとも簡単に諦めてくれたので、翔は拍子抜けしたが、満に今後の事をさらに聞いてみた。 答えは、今日退社後、あの喫茶店で詳しい事を話すと言って、やり取りは終わった。
一息つくために、翔はまた倉庫の休憩室に向かった。
△
倉庫内の休憩室に入ると、珍しく、遥が居た。
トマトジュースの缶を持ち、長椅子に座り、入って来た翔を見て、縋るように言い出した。
「翔。 あの娘とデートしたの?」
辛辣な表情で、聞いてくる遥。
「してきた」
タイトスカートのすそを右手で握りしめ、目を潤まして、翔を見つめる。まるで、フられたかの様な表情だ。
「もしかして、このまま付き合っちゃうなんて事は無いよね、翔」
「だから、言っただろ。 フェイクなんだって」
「そ、それは信じてるけど、何か....何かイヤなの。翔が誰か他の女の子と週末二人きりで、何処かに出かけるのが」
さすがのコレには翔も、遥の気持ちに答えなければならないとは思っているのだが、そうすれば、どうしても忌まわしい過去が蘇って来て、返って翔の眠った恋愛感情を呼び起こす事にはならないのだ。
「遥、ゴメンな。遥の気持ちはもう十分、分かっているつもりなんだが、どうしても、どうしても、アレが蘇って来て、気持ちに答えられないんだ」
もう涙になっている遥の目は、どうして?、と言う表情になっていて、もう我慢が出来ない状態になって来ていた。
「翔、お願いがあるの、聞いてくれる?」
頬に伝う涙を見て、翔が答える。
「オレが叶えられる事か?」
「違う。 あなただけに叶えて欲しい事なの」
何となく一大決心だという事が分かった翔は、息をのんだ。
「翔。 私を抱いて」
「は?....」
また少し間を置いて。
「あなたと一つになりたいの。言ってること分かるよね」
まだ唖然として、言葉が出ない翔。
「こんな場所で言う事ではないと、分かってはいるけど、もうあなたを待てないの。分かってくれる?翔」
「オレの気持ちは置いてけぼりか?」
「あなたは私の事が好きではないの?」
この言葉は、今の翔にはキツかったが、遥が好きな気持ちに、揺るぎは無いので。
「好きに決まってる。 遥はオレの大事な唯一な女性だから」
「だったらいいよね?」
「そ....」
「なに? まだ躊躇してるの?」
「........」
全く言葉が出ない翔。 頭では遥の事を好きなのに、どうしてもそこから、その外にあるフィールドに出られない。
だからでは無いが、その次の言葉は。
「すまん....遥」
「....」
まだこだわっている過去に、終止符、踏ん切りがつかない自分が居る。
その事に、自分自身に腹が立つ事もある。
「いいから、気にしないで.....、ごめんね」(待つから....)
遥からは、焦らないで とも取れる言葉が帰って来る。
その言葉にも、焦りが出てくる翔だった。
◇
あれから週末ごとに、満との偽装デートが行われている。
これで4回目だ。
「ありがとう、翔さん。 あれから彼は一切、社内でも接点が無くなりました、ありがとうございます」
「それは良かった。コレで満ちゃん、安心だね」
もうそろそろこの関係は終わりかな? と思う翔だったが、次に満の言葉に、仰天する。
「あの....」
「?」
「あの、翔さん。 実は、これまでしてもらって、烏滸がましいとは思ってるんですが、実は....」
その次の言葉が出てこない満。
だが、続きの言葉を促す様に、翔が言う。
「良いから言ってみな」
それを聞いて、決心する満。
意を決して。
「実は、翔さんの事が、この数週間で、好きになったかもしれません」
言った、言ってしまったと、満は思った。 もう言葉は取り返せない、取り消せない。
言った自分に、心の中で賞賛を称えるが、翔の顔を直視出来ないでいる。
暫くの沈黙の後、恐る恐るゆっくりと顔を上げて、翔の瞳を見ると、明らかに困惑が見て取れる様になっていた。
「困った顔をしていますね。 迷惑ですか?」
さらに翔に聞いてくる。
「う~ん。....」
どうした事か、翔の表情は明らかに困ったまま、変らない。
「あ....、それなら良いんです。気にしないでください」
「そんな事言ったら、気ならない方がおかしいだろう?」
「でも、困惑している表情なので」
満の顔を見つめて。
「いきなりなので、困惑していると言うのが、正直な感想なんだ」
困っていると言う訳ではないと思い、少安堵する満。
「それじゃあ、私とお付き合いを考えてくれますか?」
「それが、不思議なんだ」
今度は満が困惑した表情になる。
「どういう事なんですか?」
「だって、フェイクだろ? オレ達」
「そうなんですが。 偽装デートしているうちに、勝手に私が翔さんに、好意を持ってしまいました」
「........」
「そうですか、困りますか....」
無言だった事に、満は肯定と受け止めた。
それを聞いて、即座に返す。
「何て言うか、毎週のデートに、オレがそう言う感情が全く無かったので、さっきも言ったんだが、いきなり言われて驚いている状態なんだ」
満が、気にしている事を、正直に翔に問う。
「まさか、他の女の人の事が気になって、私の事は眼中にないと言う事なんですか?」
ハッキリ言って、心当たりがありすぎる翔は、少し目を泳がせた。
それに気が付いた、満が、さらに突いてきた。
「翔さん。その眼の動き、肯定と受け止めます。なので、さっきのは無かった事にしてください。 そして、この関係も、今日で終わりにしましょう。いいですよね?」
満の方から終息を言い出してくれたので、何処か安堵する翔だった。
この小説をお読み下さっている方々、ありがとうございます。 表現力・語彙力共に乏しい活字の羅列にお付き合い下さり、重ねて感謝しております。 この小説は全13話ですので、最後までお付き合いして頂くと、とても嬉しいです。 雅也