2話
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「縣さん」
休憩スペースに入った途端、女性の声が掛かった。
大谷 満 だった。
「ああ、大谷さん、こんにちは、今休憩?」
そう翔が聞くと。
「そうなんですが、少し用事があって」
いつもは殆ど会話すらしていない満が、珍しく喋りかけてきたのだ。
「あ、そうなんだ。 え~っと、俺って邪魔かな?」
慌てて否定する満。
「いえいえ....、その...翔さん、今日の退社後って、時間あります?」
驚きだ。 今まで挨拶くらいにしか喋った事が無い彼女と、業務終了の後の都合を聞いてきたからだ。
少し目を潤ませて聞いてくる仕草に、翔が驚く。
「別段用事は無いけれど、オレ車で会社来てるから、アルコールは基本無しだよ、それでもいい?」
「はい、そう言う雰囲気で話す内容では無いので、喫茶店が良いと思うんです。だから、この会社の先の、喫茶店で良いんです。ご都合つきますか?」
断る理由が無いので、返事をする。
「いいよ、何時にする?」
「集合は5時半で」
「分かった」
そう言い、翔は自販機にコインを入れ、無糖のコーヒーのボタンを押した。
満は、カラになった空き缶を、ダストボックスに入れてから。
「じゃあ、後で」
そう言って、トラックの方に向けて、歩き去って行った。
(何だろう?)
翔は、今までに無い事が起きたので、不思議に思い、色々と思考を巡らせていたが、結局は、夕方行ってみれば分かる事さ と、考えるのをやめた。
△
個人的休憩が終わり、事務所に戻ってみると、ちょっとイラ付いた遥が、翔のデスクの前で待っていた。
「あのね、いつでも連絡がつくように、スマホは持っててくれる?」
いきなり怒られた。
「あ、スマン。ちょっと倉庫の自販機に行ってたからな、わるかった....、で、何かな?」
すると、遥は、相変わらず殆ど人気の無い事務所を一回り見てから、翔の耳元に近づき。
「今日の夕方、話があるの。時間空いてない?」
衝撃の一言だった。
先ほど満からの約束に、またココで夕方からの時間が被る様な事になりそうで、しかも、ココで遥への返事を了承したら、全くの被りになってしまうので、翔は正直に言った。
「スマン。 今日は夕方に約束が出来てしまっていて、遥とは約束できない。他の日ではダメなのか?」
提案してみると。
「じゃあ、その後で良いから、約束して」
「何時になるか分からないぞ」
その言葉に。
「じゃあ、終わったら、連絡してよ。それからで良いから....、ね?」
その言葉に、取りあえず翔は了承した。
△
一体何なんだ。
若い女性に、同じ日の夕方、予定を聞かれるなんて。
そう思いながら、翔は、午後からの業務を、坦々と始めた。
◇
知らなかったとはいえ、今回は不思議なくらいに早く作業が終わり、心配していた(忘れていた)残業の 、ざ、 の字も無く、見事に定時に会社を出ることが出来た。
(オレって、予定を組むと、殆どの確率で何かが被って来て、予定の相手に迷惑かけるんだよな~。でも今回は良いリズムで終れたので、この先は物事は順調に進むんだろうな)
何て、思いつつ、翔は会社近くの待ち合わせている喫茶店に、早めに着いた。
△
あれ?
店内に入ると、奥の方で、すでにテーブル席に座っている、満が居た。 近寄って行き、手でココ良いか?の指示を示すと、無言でどうぞの手での指示が来た。
席に座りながら。
「早かったんだね、大谷さん」
彼女は一言呟いた。
「はい」
それ以後言葉は無い。
注文を取りに来た女性店員に、アメリカンコーヒーを頼んだ。
注文の内容を、不思議そうにしている満の顔に、翔が先に口火をきった。
「今日は急に何の用事だったのかな?」
それに対して、満の動きが止まり(もともとあまり動いていない)、翔をじっと見て、言葉を放つ。
「先日はありがとうご、ございました」
すこし どもり ながらの、先日の車両からの、落下しかけ事件の、ちょっとした手助けの事である。
「あ~、あれはたまたま大谷さんのすぐそばに居た物だから、咄嗟に手が出て、偶然に助けられたんだと思う」
あの時は咄嗟に手が出たが、今にして考えてみると、良くタブレットを落とさずにいた物だと、自分なりに感心した。
すると、そう思っていた後すぐに、翔に対して満から辛辣な言葉が出てきた。
「実はあの時に、翔さんの手が....、手....、が」
話始めたが、途中で言葉が止まってしまった。
「なに? ハッキリ言ってくれない?、でないと、分からない」
そう言うが、しどろもどろで、何だか分からない。........、と、思っていた時に、翔が何かに気が付いた。
「も、もしかして、満ちゃん、オレやっちまった?」
思いだした事に、重大さを痛感し、つい名前で呼んでしまい、謝罪でしか無い状況になった。
思った通りに、満の顔がピンクに染まり、まるで そうだ と言っている様だ。
「ご、ごめん....、じゃあ済まないよな。でも、ゴメン」
お互いが言葉にしなくても理解したので、羞恥が絶えない。
「あの時は、トラックのキャビンから、真下に顔から落ちそうになったので、必死だったんだ。 ラッキースケベとは思って無いから」
翔の口から、ラッキースケベと言う単語が、言葉になった時に、満の顔は真っ赤っかになった。
「いえ、あの時、私、顔面から落ちそうになっていたので、たとえ胸を揉まれても、支えてくれた翔さんの行動に、今でも、とても感謝しています。怒っているなんて、微塵も思っていないですから」
満の言葉に、翔が安堵した。
二人暫く沈黙の時間が続く。
先ほど店員が置いて行った、アメリカンコーヒーを一口飲み、少し落ち着いたところで、翔から話を再び切り出す。
「満ちゃん。今日はこの話だったんだね。 恥ずかしいから、会社ではしなかったんだね」
そう言う翔に、満が違うと答えた。
「違うんです。本当の話はコレからなんです」
「?」
あれ? という顔をして、満を見る翔。
だが、満の次の言葉に、仰天した。
「私と付き合ってください。翔さん」