10話
10
カラオケ店の駐車場にはパトカーが来ていた。
時々店内を見回る店員が、わずかに見えるガラスドアから、争っているのを確認し、警察に連絡したのだった。
事情を聴かれた4人だが、女性たちの助言で、翔が被害者となり、加害者になった大輝は、詳しく事情を聴かれることになり、警察署に連れて行かれた。
カラオケ店に入店してから、翔と遥はスマホのボイスレコーダーを起動していた。 遥のスマホは壊れてしまったが、翔のスマホはその一部始終を録音していたので、その内容も警察に提出した。
解放された時には、午後8時を回っていて、3人は聴取で疲れきっていた。
「オレは男だからいいけど、特に美咲は、女性と言う立場で大変だっただろうな、DV絡みと言う事件が付いてくると」
「うん、結構色んな事を聞かれた。恥ずかしい事まで」
「事件にするのか? 美咲」
「う~~ん、どうしよう。 DV被害って、私だけじゃないみたいだから、ちゃんと弁護士を立てて、損害を請求しようかとは、思ってる」
「でもそうした方が良いと思う。 でなきゃ、アイツに行動範囲に制限を付けられないし、第一、大事な美咲の4~5年が、大輝のせいで、無駄になったんだからな」
「でもそうすると、大輝も、会社を追われる事になると思うわ」
と遥が言う。
男が職場を失うのって、とても精神的にも大きなダメージなので、相当なショックだろう。
「でも、美咲は当然被害者だけど、あなたも十分被害者なのよ? 美咲を略奪されたと言う十分な理由よ」
「ま、確かに当時は相当ショックで、それが元で今でも恋愛に障害が残り、女性を信じ辛いのは今でもあるが」
コレを聞いた、美咲が罪悪感に苛まれる。 実際の当事者からこの言葉を聞くのは、美咲にとっては、相当キツイ言葉だ。 しょげた感じになった。
「済まない、美咲。 美咲の前でオレがこんな事言うのは、いけなかったな、配慮が足りなかった、ごめんな」
「う....うん....」
(こんなに包容力があり、すぐに謝ってくれる。私はこんな優しい人を裏切ったのだ、だから何を言われても、我慢するしかないんだ)と、美咲は思った。
そうしているうちに、美咲の両親が警察署まで迎えに来た。
かつては良く会っていた両親だったが、今はほぼ他人なので、挨拶だけしてその場を遥と共に別れた。
◇
「翔、さっき痛かった?」
「ん~、あまりそうでもないかな?」
「え~、あんなに2回も強いのを当てられたのに」
普通なら、鳩尾に2発も拳を食らったら、のたうち回る程に苦しいが、翔には過去の習い事で、それほどまでに苦しくないダメージだった。
「あはは....」
「あ、何か隠してる~、翔、言いなさい、でないと~....」
遥が翔の両脇を後ろから擽った。
「あははは........あ~、参った~はるか、言うから言うから~」
「じゃ、教えて?」
擽るのを止めて翔の話を聞く。
「実はオレ、中高と、親の勧めで柔道をやってたんだ。 とは言っても、部活では無く、柔道場に、習い事で行ってたんだ。でも、真剣では無かったんだけど、そこそこ厳しかったんで、自然と強くなったみたいなんだ」
「わたし知らなかったな~、で、段位は?」
「あまり言いたくないんだけど、二段だよ。あ、でも、最後の一年は、昇段試験受けてないけど、四段の人と良く練習していたっけ、はは....」
「わ!翔、つよ~い」
「でも、普段は使ってはダメなんだよな」
「だよね~」
そんなことを言いながら、駐車場の車に二人乗り、今度は一条家に遥を送りに行く。
車中でも会話が続く。
「ねえ翔」
「なに?」
遥が、ニヤリとしながら。
「さっきカラオケ店で、美咲のパンツみたでしょ」
少しキョドりながら翔が。
「あ~....、あれか。 ちょうど見えちゃったんだな~...、でも、あの瞬間に閃いた事があって、あんな事をわざと言ったんだ」
「どういう事?」
遥が意味が分からないと言う顔をした。
「あの時、大輝がしっかりと美咲の腕を捕まえていただろ?」
遥が思い出して。
「そうね、確かにしっかりと、振りほどけないくらいに見えたわ」
「だから、あの一言を言ったんだ」
「?」
「はは、遥だって、自分のパンツが他の人に見えていたら、何が何でも振りほどくだろ?」
「そりゃ、恥ずかしいもん」
「そのバカ力と言うか、火事場の....って奴なんだよ」
「なるほど、確かにハズイもんね。私だってそうなったら、ものすごい勢いで、手を振りほどくな~」
「そう、それを利用したんだ。 手を離さないと、アイツに渾身の一撃を与えられなかったからな」
ははは、と笑う翔だったが、少し疑いの目で翔を見る遥が言った言葉は。
「でも、それ見て嬉しかったでしょ? 実際は」
「そ、そりゃまあ、オレも男だからな、嬉しいに決まってるだろ」
「も~、えっちなんだから~....、でも正直でそんなところも好きよ、翔」
好きよ、翔....。
その言葉に、翔は今までには無い程の、胸の鼓動を自覚した。
(コレって何なんだ?)
「あれ?........オレって....ひょっとして、遥の事........好きかも」
「え?........もう一度言って、翔」
「あ、いやいや........」
「ごまかさないで、もう一度言いなさい」
その時、信号が黄色になり、先頭で翔の車が止まった。
遥の首に翔の左手が回され、翔の方へ寄せられた。
と思ったら、翔の顔も遥に近づいていき、二人は短いキスをした。
いきなりの出来事に、遥の面持ちに恥じらいが映った。
当然、頬は真っ赤だ。
「ゴメン、遥が可愛かったから」
いきなり翔にキスだの、可愛いなどと、不意な攻撃に、遥は恥ずかしくて、下を向いてしまった。
信号は、赤から青になり、再び車は走り始めた。
遥の家までもうすぐだ、と翔が思った時、遥が翔に懇願する。
「翔、今夜ウチに泊ってって、お願い」
コレには翔がビックリした。
たしかに今までも、何度か遥の家には行った事はあるが、泊りは初めてなので、困惑してしまう。 着替えはこの車のバックドア内にある、スポーツバッグの中にあるが、兎に角 泊まってって の言葉に、遥の覚悟が見える。
「遥、いいのか?」
「うん、いいの、お願い....でね、翔........」
「待て!その先はオレから言わせろ、言わせてくれ、遥」
一呼吸置いて、遥の右手を握り、一気に言い放った。
「遥、オレの恋人になってくれ!」
この言葉は、数年も前から翔に言ってもらいたかった言葉だけに、嬉しさと共に遥は涙腺が崩壊した。
頬を伝う涙と共に、遥の返事は。
「はい。 コレから末永くよろしくお願いします」
「任せとけ!、一生大事にするからな」
ホッとした遥が。
「も~、翔、やっと言ってくれた、待ってたんだよ、ほんとにもう!」
「はは、ごめんな~ 待たせて。 さっきので、今までのトラウマが、一気に吹っ飛んだんだ、そうしたら、遥の事が一気に愛おしくなってしまって、もうコイツはオレの嫁にしたいって衝動に駆られた。 もう逃がさないからな,覚悟しろよ、はるか」
うれしくて、うれしくて。
「もうあなたから、離れないもん」
「はは、オレの方が覚悟が要るかもな」
「そうよ、何年も待ったんだから、すんなりとお縄になりなさい、一生」
「は~~い」
「もう! 何?その返事。わたし、真剣なのに~」
そう言っているうちに、一条家に到着した。
玄関に二人で入り
「こんばんは~」
と言い、挨拶すると、速足で20歳くらいの女の子が飛ぶように走って来て、翔と確認するなり、いきなり抱き着いてきた。
「お帰りお姉ちゃん、いらっしゃい翔さ~ん(だき!)」
こんな事はいくら妹でも許されないと思った遥は。
「里美 離れなさい!。翔は私の恋人なんだから、ダメよ!」
それを聞いた里美が、翔から離れ、今度は一気に玄関から奥へ消えて行った。
「どうしたのかな? 里美ちゃん。 でもいきなりビックリした~」
「もう!ホントに あの子は~」
遥がちょっと、ご立腹である。
「さ、上がってね」
と言った時、今度は奥から美形の40代半ばくらいの美人が出てきた。
「あら、翔くんいらっしゃい、遥もお帰り。 二人とも夕飯済んだの?」
「さっき電話で言った通り、やっと警察から解放されたから、まだなの、お腹空いた~」
「おばさん、今晩は。 お邪魔します」
「あら、いいのよ、いらっしゃい。 いま里美から聞いたんだけど、あなた達付き合い始めたんだってね、良かったわね遥。 翔くん、これから遥の事お願いね」
「はい、こちらこそ、コレからよろしくお願いします」
「あら、いい返事ね、ささ、上がって、主人がいま固まって、リビングで待ってるわ、うふふ」
(くそ~、里美のヤツめ、あの瞬間に父親にもバラしたな~(遥))
リビングに入ると、母親の言う通り、父親が固まっていた。
よほどさっきの美里の一言が、カウンターになってしまったのだろう。
一条 誠 遥の父親
一条 智子 遥の母親
一条 里美 遥の妹で、大学2年生の20歳
特に里美は、ここ数年来、翔の事が好きで好きでたまらず、たまに 翔にいちゃん なんて呼んでいる時がある。
リビングに入り、父の誠に挨拶をする。
「こんばんは、おじさん、遅くからすみません、お邪魔して」
そう言うと、現在絶賛解凍中の誠が、ぎこちないロボットな動き方で、翔の方を向いた。
「や、やあ、翔くん久しぶりだね、いらっしゃい。 さ、さっき里美から聞いたんだが、ふ、二人は、 つつつつ、付き合っているんだな」
「はい、遥さんとはお付き合いさせて頂いています」
「そそそ、そうか。 はは、これからも、遥の事をよろしく頼む」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
どうやら、父の誠は交際を許してくれたようだ、ショックだったみたいだが。
「お父さんありがとう、私達を許してくれて」
「ああ、良いから早く夕飯を食べて来なさい」
「ありがとうございます」
翔も礼を言って、二人でリビングを出た。
その時、父親の肩が少し落ち込んでいたのを、翔が感じた。
(お義父さんのために、しっかりと遥を支えて行こう)と思った翔だった。
キッチンに入ると、目をキラキラさせた母の智子と、妹の里美が、耳がダンボの状態で、テーブルの湯気が立つ夕飯の前で、待ち構えていた。
「さあ、食べてね翔くん、お代わりもしてね、うふ」
「翔にいちゃん、このスパゲッティサラダ、私が作ったんだよ、食べてね、うふ」
母娘揃っての、うふ、 だった。
いただきますを揃って言い、食事を始める。
以前からも、結構ココには来ていたが、彼氏になってこの家に来たと言う事で、自分も一条家の家族からも、翔をそう言う視点で見られているかと思うと、今後の事も考えて、将来をちゃんと見据えて行こうと、再認識する翔だった。
「....で、さぁさぁ、告ったのはどっちからなの?」
いきなりの智子の攻撃に、一瞬たじろいだが、その攻撃を受け止めた。
「オレからです」
「まあ! 良かったじゃない遥。 翔くんがやっとウチの婿になるって、約束してくれたのね、お母さん嬉しいわぁ~」
(あれ? 婿??)
わ~い息子が出来た~、なんて言っている母の智子に、遥の顔が、赤くなっている事に、気が付いてない母娘は珍しかった。
「お兄ちゃん、早くスパゲッティサラダ食べて? ねえねえ」
顔を赤くしながら、遥が里美に向かい。
「そんなに急かさないの、里美」
「だぁってぇ~....」
「里美ちゃんありがとう、ちゃんと食べるからね」
「わ~い、やっぱ優しいな、翔にいちゃんに惚れてしまいそう」
この発言に、遥は素早く反応した。
「翔はもう私のモノだから、ダ~メ~!」
「い~だ! お姉ちゃんなんか、知らない。いいもんね、そのうち私も優しい彼氏を作ってやるから」
こんなやり取りを聞いていた、智子が。
「もう、二人とも言いかげんにしなさいよ。 里美はさっさとお風呂に入ってきなさい」
「は~い」
「あ、里美が出たら、次々に入ってね、あなた達も。.....あ、もう付き合ってるんだし、何だったら、一緒に入ってもいいわよ、親からとしても許可するから」
「「な!!....」」
「うふふ、早く初孫の顔が見たいわ~....」
翔と遥の顔がこれ以上ないほど、赤くなってしまい、当然に箸も止まってしまった。 またそれ以上に、困った事が、今まさにキッチンにマグカップを持って入ろうとした父の誠が、キッチンに入る寸前で、固まってしまった。(どうやら聞いてしまった様だ)
父親も、このカップルも、解凍するには時間がかかりそうだ。




